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水底に
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気がつけば月も高く上がり、杯を手にしたまま、そこいらで高鼾を立てる者達もちらほらと出てきている。
それでもまだ、持ち込まれた肉や魚の焼ける匂いと、そこかしこで歌われる歌は止まらない。
「……あの歌は……」
伴奏も歌詞もなく、ただLaLaLaだけで紡がれる歌は、アリアも何となく聞いたことがあった。
「……古い歌なのですよ」
それこそ、ハイランド王国を煌人族が統治し始めるよりも前の時代から、連綿と歌い継がれてきた庶民の曲なのだと光人の吟遊詩人は語る。
「【水底の舞踊歌】元は魚人族古王国から伝わったとも言われている古い民謡なのですよ」
陸上に暮らす種族とは発声が異なる魚人族の歌であったが故に、歌詞が無いとされていると。
「魚人族の方というと……」
宴の中心へと目を向けると、火のそばで大量の魚を焼いて振る舞っているのが見える。
戦人族と同じ程の長身。一見鉄鱗鎧を着込んでいるかの様だが、その鱗は自前であり、腰回り等を包むのは衣服ではなく変化したヒレだ。
定期的に水の魔術で作り出した水球に飛び込むのは、身体の乾燥を防ぐ為だろう。
この場に集った中では、おそらく最もディーゴに対して距離を保っている種族でもある。
その感じに、アリアは覚えがある。
慕ってはいる。だが、敬うとか、畏怖する、が先にたっているのだ。
「致し方ありますまい」
元宰相は苦笑する。
「彼等だけは、事情が違いましたからな」
魔神ガルナックによって穢された各地の神殿を奪還する為、また寄る辺を失った人々を束ねて生き残る為に設けられた『砦』
ディーゴもまた、各神殿を解放する拠点として滞在したし、怪我を癒したり、その地を衛る戦士達と訓練をしたりして交流を持った。
それ故に、今宵の宴と相成った訳である。
しかしその中でただ一つ、最初から最後まで砦が設けられなかった神殿がある。
【綿津見の神殿】
ハイランド王国の西南、スピアー海の海底に存在する、魚人族の長が住まう蒼の都の最奥に存在する神殿である。
魔神ガルナックは、この神殿を蒼の都ごと、氷に閉ざしたのだ。
凍結怪蛇竜シャベーラによって、蒼の都ごと氷漬けにされた魚人族には最早神殿奪還を望む事すら不可能だった。
「なにせ、たまたま都を離れていた者以外、種族の殆どが凍らされたのですから」
「その海底の神殿を、ディーゴはどうやって解放したのでしょう?」
「水中を進む船に乗ったと聞いています」
それは神代の時代にあったとされる遺物だ。
壊れたものや、使用方法が不明な物体等は時折発掘されたりするが、まともに動く様な話は聞いた事すらない代物である。
冷たく、暗い水底にその巨体を沈め、凍結怪蛇竜シャベーラは主たる魔神ガルナックに命じられた通り魚人族の都ごと海を凍らせる。
その理由を理解できるだけの知能は、この巨大な海蛇には存在しない。
呪術を使う蛇紋屍鬼や、群れを率いて狩りを愉しむ大髑髏魔犬
冷徹に最善手を選ぶ大怪甲虫
それらと同格であっても、個としての強さは比べ物にもならない。
故にだろうか
海蛇には、ろくすっぽ警戒心なんてものは存在していなかったのだ。
気が付いた時、ソレはすぐ目の前にまで来ていた。
身体の大きさはほぼ互角。
心臓の音は聞こえず、体温も周りの氷水と変わりない。
氷結怪蛇竜は数少ない知識から、鯨の死骸か大きめの氷塊だと判断した。
その異物が大きく口を開け、その口腔に真っ赤な光が収束されていくまでは。
異変に気付き、威嚇しようとした氷結怪蛇竜は、次の瞬間発射された光線に真正面から撃ち抜かれ、未知の感覚に激しく身悶え、動揺した。
自然に生まれた生命ならば、これ程までに育つ過程で当然知りえたその感覚は痛み
だが、魔神によって障気から生み出された魔物は、初めから完成されていた。
故に
経験の無い痛みにのたうち、混乱した氷結怪蛇竜は、必死に逃げ出した。
ゴゴゴゴゴゴゴ……
振動と共に水面が浪立ち、幾つもの渦が生じる。
綿津見の神殿最下層
暗く冷たい巨大な空間に満ちた障気を取り込み、傷付いた身体を癒そうとした氷結怪蛇竜は奇妙な音に気付いて海へと続く穴を警戒した。あの赤い光を放つモノが追ってきたら大変だと思いながら。
La…La L a……LaLa LaLa …La La La La La La ……
神殿の最下層
穢れた水が淀む空間で、剣光人は白銀の槍を構える。
否、魚人族に古くより伝わるソレである三ツ又の槍は、しかし、単なる槍ではない。
施された波形は単なる装飾ではなく、剣光人が口を当て、息を吹き込むとソプラノの歌声めいた音を奏でた。
La…La L a……LaLa LaLa …La La La La La La ……
……La…La L a……LaLa LaLa …La La La La La La ……
ドーム状の天井から光が筋となって壁を走る。
昏い壁面に描かれたのは煌人、光人、草人、鉱人、魚人、戦人、樹人、そして……
動き出した古の機構によって穢れた水と闇が排出され、代わりに流れ込んだ温かな海流が、凍てついた蒼の都と魚人族を包み込む。
「氷漬けから解放された魚人族の戦士達が神殿の最下層に駆け付けた時、そこにディーゴの姿は無く、ただ床に突き刺さった海鳴りの祝槍だけが残されていたそうです」
「では、どうして解放したのがディーゴだと?」
疑う訳では無いが、あのディーゴが自分の功績を自分で語るとは思えない。
アリアの問いに、イヴァルディはもっともな話だと苦笑する。
「魚人族の姫巫女はご存じでしょう?」
「勿論です……そう、ヒューリアの夢見ですか」
魚人族の姫巫女は夢と現の間に魂を遊ばせ、時に様々な事を見通すのだという。自身もまた似たような能力を持つ故に、納得出来る話であった。
「姫巫女は凍らされ仮死状態でありながら、夢見の力でディーゴと凍結怪蛇竜との死闘を見たのだと。
姫巫女はその事を一族に広く報せましたが、直接見た者が居なかった分だけ、より大袈裟に伝わった様ですな。いまや魚人族にとってディーゴは偉大な祖先が遣わした英雄なのでしょう」
故に、直接肩を並べて戦った者達とは、少しばかり扱いが異なるのだと、肩をすくめた。
それでも
剣士が両手に持った串焼き魚にかぶりつくのを、嬉しげに眺める魚人族の姿に煌人のアリアは顔を綻ばせた。
それでもまだ、持ち込まれた肉や魚の焼ける匂いと、そこかしこで歌われる歌は止まらない。
「……あの歌は……」
伴奏も歌詞もなく、ただLaLaLaだけで紡がれる歌は、アリアも何となく聞いたことがあった。
「……古い歌なのですよ」
それこそ、ハイランド王国を煌人族が統治し始めるよりも前の時代から、連綿と歌い継がれてきた庶民の曲なのだと光人の吟遊詩人は語る。
「【水底の舞踊歌】元は魚人族古王国から伝わったとも言われている古い民謡なのですよ」
陸上に暮らす種族とは発声が異なる魚人族の歌であったが故に、歌詞が無いとされていると。
「魚人族の方というと……」
宴の中心へと目を向けると、火のそばで大量の魚を焼いて振る舞っているのが見える。
戦人族と同じ程の長身。一見鉄鱗鎧を着込んでいるかの様だが、その鱗は自前であり、腰回り等を包むのは衣服ではなく変化したヒレだ。
定期的に水の魔術で作り出した水球に飛び込むのは、身体の乾燥を防ぐ為だろう。
この場に集った中では、おそらく最もディーゴに対して距離を保っている種族でもある。
その感じに、アリアは覚えがある。
慕ってはいる。だが、敬うとか、畏怖する、が先にたっているのだ。
「致し方ありますまい」
元宰相は苦笑する。
「彼等だけは、事情が違いましたからな」
魔神ガルナックによって穢された各地の神殿を奪還する為、また寄る辺を失った人々を束ねて生き残る為に設けられた『砦』
ディーゴもまた、各神殿を解放する拠点として滞在したし、怪我を癒したり、その地を衛る戦士達と訓練をしたりして交流を持った。
それ故に、今宵の宴と相成った訳である。
しかしその中でただ一つ、最初から最後まで砦が設けられなかった神殿がある。
【綿津見の神殿】
ハイランド王国の西南、スピアー海の海底に存在する、魚人族の長が住まう蒼の都の最奥に存在する神殿である。
魔神ガルナックは、この神殿を蒼の都ごと、氷に閉ざしたのだ。
凍結怪蛇竜シャベーラによって、蒼の都ごと氷漬けにされた魚人族には最早神殿奪還を望む事すら不可能だった。
「なにせ、たまたま都を離れていた者以外、種族の殆どが凍らされたのですから」
「その海底の神殿を、ディーゴはどうやって解放したのでしょう?」
「水中を進む船に乗ったと聞いています」
それは神代の時代にあったとされる遺物だ。
壊れたものや、使用方法が不明な物体等は時折発掘されたりするが、まともに動く様な話は聞いた事すらない代物である。
冷たく、暗い水底にその巨体を沈め、凍結怪蛇竜シャベーラは主たる魔神ガルナックに命じられた通り魚人族の都ごと海を凍らせる。
その理由を理解できるだけの知能は、この巨大な海蛇には存在しない。
呪術を使う蛇紋屍鬼や、群れを率いて狩りを愉しむ大髑髏魔犬
冷徹に最善手を選ぶ大怪甲虫
それらと同格であっても、個としての強さは比べ物にもならない。
故にだろうか
海蛇には、ろくすっぽ警戒心なんてものは存在していなかったのだ。
気が付いた時、ソレはすぐ目の前にまで来ていた。
身体の大きさはほぼ互角。
心臓の音は聞こえず、体温も周りの氷水と変わりない。
氷結怪蛇竜は数少ない知識から、鯨の死骸か大きめの氷塊だと判断した。
その異物が大きく口を開け、その口腔に真っ赤な光が収束されていくまでは。
異変に気付き、威嚇しようとした氷結怪蛇竜は、次の瞬間発射された光線に真正面から撃ち抜かれ、未知の感覚に激しく身悶え、動揺した。
自然に生まれた生命ならば、これ程までに育つ過程で当然知りえたその感覚は痛み
だが、魔神によって障気から生み出された魔物は、初めから完成されていた。
故に
経験の無い痛みにのたうち、混乱した氷結怪蛇竜は、必死に逃げ出した。
ゴゴゴゴゴゴゴ……
振動と共に水面が浪立ち、幾つもの渦が生じる。
綿津見の神殿最下層
暗く冷たい巨大な空間に満ちた障気を取り込み、傷付いた身体を癒そうとした氷結怪蛇竜は奇妙な音に気付いて海へと続く穴を警戒した。あの赤い光を放つモノが追ってきたら大変だと思いながら。
La…La L a……LaLa LaLa …La La La La La La ……
神殿の最下層
穢れた水が淀む空間で、剣光人は白銀の槍を構える。
否、魚人族に古くより伝わるソレである三ツ又の槍は、しかし、単なる槍ではない。
施された波形は単なる装飾ではなく、剣光人が口を当て、息を吹き込むとソプラノの歌声めいた音を奏でた。
La…La L a……LaLa LaLa …La La La La La La ……
……La…La L a……LaLa LaLa …La La La La La La ……
ドーム状の天井から光が筋となって壁を走る。
昏い壁面に描かれたのは煌人、光人、草人、鉱人、魚人、戦人、樹人、そして……
動き出した古の機構によって穢れた水と闇が排出され、代わりに流れ込んだ温かな海流が、凍てついた蒼の都と魚人族を包み込む。
「氷漬けから解放された魚人族の戦士達が神殿の最下層に駆け付けた時、そこにディーゴの姿は無く、ただ床に突き刺さった海鳴りの祝槍だけが残されていたそうです」
「では、どうして解放したのがディーゴだと?」
疑う訳では無いが、あのディーゴが自分の功績を自分で語るとは思えない。
アリアの問いに、イヴァルディはもっともな話だと苦笑する。
「魚人族の姫巫女はご存じでしょう?」
「勿論です……そう、ヒューリアの夢見ですか」
魚人族の姫巫女は夢と現の間に魂を遊ばせ、時に様々な事を見通すのだという。自身もまた似たような能力を持つ故に、納得出来る話であった。
「姫巫女は凍らされ仮死状態でありながら、夢見の力でディーゴと凍結怪蛇竜との死闘を見たのだと。
姫巫女はその事を一族に広く報せましたが、直接見た者が居なかった分だけ、より大袈裟に伝わった様ですな。いまや魚人族にとってディーゴは偉大な祖先が遣わした英雄なのでしょう」
故に、直接肩を並べて戦った者達とは、少しばかり扱いが異なるのだと、肩をすくめた。
それでも
剣士が両手に持った串焼き魚にかぶりつくのを、嬉しげに眺める魚人族の姿に煌人のアリアは顔を綻ばせた。
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