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西瓜畑で捕まえた。

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『此より、罪人ルシーダ・ヘルファラムの処刑を執行する』
宣言する宰相閣下。
わき起こる歓声。
食事どころか、満足に水も与えられなかった為に、既に木乃伊の様に痩せ細った身体。
元から美貌で社交界の華と呼ばれるどころか、居るか居ないかすら判らないと言われ続けた醜女。
処刑前に、わざわざ着せられた豪奢なドレスに、濃い化粧が余りにもアンバランスで、むしろ滑稽であった。
目は虚ろにして、頬は痩け、唇はカサカサに乾いている。
係官に引き摺られる様に処刑台に引き上げられたルシーダは、実のところ既に意識朦朧としており、視界は霞み、聞こえる音より頭の中で響く耳鳴りで頭が割れそうだった。
断頭台に首を嵌められたルシーダは、その事にすら気がついて居なかったが、ただ、その目にあるものが、はっきりと映った。
だからだろうか。
傲慢な笑みを浮かべる男と、薄ら笑いを浮かべて寄り添う女の言葉に、奇妙な言葉を返した。
「これでサッパリする。その地味な顔を二度と見ないで済むのだからな!」
「さようなら。地味顔ルシーダ様♪感謝してよね、その地味な顔を頭ごと切り離してあげるんだから♪」
「…顔が…頭が無ければ、西瓜を乗せれば良いじゃない」
「はぁ?」
次の瞬間。
執行人は固定用の綱を切り、滑り落ちた刃がルシーダの首を切断。
固定が甘かったのか、それとも痩せすぎて枷に隙間があった為か。
反動で首の無いドレス姿の身体と、切り離された頭は其々が大きく跳ね飛び、西瓜畑に落ちた。
歓声!

ヘルファラム伯爵家のルシーダ・ヘルファラムは、美しい姉や、博識な兄に対して余りにも出来が悪かった。
かつて地味顔伯爵と言われていた祖父に似た地味顔。性格は温厚だが、貴族としてはとてもやっていけない位、裏表が無かった。
社交界デビューはしていたが、茶会や夜会に参加するより、趣味の園芸で薔薇やら菫やらを育てている方が余程好きという有り様。
その代わり、そちら方面では知る人ぞ知る有名人だった。
特に薔薇に関しては齢十二の時から四年間、コンクールで最優秀賞を取り続け、王家献上の誉を得た程。
もっとも、それが不幸の原因であったが。
最優秀賞の栄冠を求め続けながら、常に優秀賞止まりの令嬢がいた。
権勢を誇る宰相ブライズ侯爵家の次女、ファリーナ・ブライズである。
第三王子の婚約者であり、社交界の華。
夜会では、自らの荘園で育てさせた薔薇をその美貌に添えて、更なる美しさを追求する事でも有名だった。
外国産の花の種を集め、一流の庭師に管理させた薔薇園は、彼女の自慢の一つ。
だが、その薔薇をもってしても、年に一度のコンクールでは、常に二位。
とは言え、最優秀賞に輝く薔薇の美しさは、彼女をして素直に敗けを認めるものだったのだ。
ある茶会で、場違いな地味女がその薔薇を身に着けているのを見るまでは。
見事な薔薇を、まったく活かせない地味な顔立ち。自信無さげな風情。
それでも、単に偶然手に入れられたというなら、その幸運をほんの少し羨ましく思っただけで済んだだろう。
しかし。
『お気に召されたなら、差し上げます。私が趣味で育てているので、よろしければ株で差し上げますよ?』
ルシーダにしてみれば、単なる厚意。
だが、ファリーナにとっては耐え難い屈辱であった。
格下の、しかも見るからにパッとしない娘に、情けを掛けられたとしか思えなかったのだ。
それでも、その時は淑女として礼を失する様な事は無かった。
後日贈られた株が、枯れなければ。
そしてそれが添えられていた栽培方を、熟練の庭師の判断で守らなかったせいでなければ。
庭師の判断ミスと言えば、そうだろう。
常識的にあり得ない量の肥料に、光を当てる時間に、水を与える時間、風に当てる時間、一株に使う面積…
庭師がデタラメと判断したのも、無理はない育て方だったのだ。
だから最初は何故枯れたのか判らず、てっきりルシーダの悪意だと思った。思おうとした。
同じ日に、同じ様に株を貰った他の人物が、見事に咲かせなければ。
結局、そちらから改めて分けて貰った物を育て直せば、キチンと咲いた。
いわば自業自得。
それを突き付けられた時、ルシーダに殺意が湧いた。

それからファリーナは、ルシーダを茶会に、夜会に誘う様になる。
友人に引き合わせ、ルシーダの薔薇を誉めそやし、婚約者である第三王子にすら紹介した。
あたかも、親しい友人の如く。
そして、一年が過ぎる頃。
ルシーダは第三王子毒殺未遂犯として捕らえられたのだ。
ある日の茶会で王子と、ファリーナが口にする筈のカップに、毒を入れた所を入れた所を目撃され、その場で捕らえられた。
ルシーダは否定したが、目撃したのは王子の側近であり、護衛筆頭のバクサラン侯爵子息。いつの間にか持っていた事になっていた小瓶からは、虫を殺す為の薬が見つかり、牢に放り込まれ、誰の尋問も訪問も、それどころか食事も水も与えられず、裁判も無いまま斬首が決まってしまう。
牢から引き出された時には既にまともな意識も無く、牢番に裸に剥かれ、バケツで水を掛けられても呻くのが精一杯。
ずかずか入ってきたブライズ侯爵家のメイドによって、髪を整えられ、化粧を施され、ドレスを着せられ、処刑場に指定された西瓜畑に引き出されたのだ。
その時に伯爵家はルシーダを庇う事無く、切り捨てたと伝えられていた。
もっともルシーダの意識は半ば以上混濁していたので、せっかく嫌みたっぷりに言ったメイドは詰まらなさそうであったが。

この国では、西瓜は人間の食べ物ではない。実ればそのまま腐らせて、畑にすき込むのだ。
希に貧乏人が種を乾煎して、食べることもあるが、つまりはその程度。そこが処刑場として選ばれたのは、まともな刑場で刑に処される価値もない、という意味だ。
ルシーダの遺体は打ち捨てられたまま、そのうちに放される豚の餌になる。
筈、だった。
血にまみれたドレス姿の痩身が、むっくりと起き上がるまでは。
首の無い死体は、手に丁度『人の頭』程の西瓜を持っていた。
周囲が声を失い固唾を飲んで見る中、白い腕がゆっくりと西瓜を持ち上げ、首の断面に押し付ける。
その途端、処刑場に居る全ての者は、底知れぬ恐怖を感じ、逃げ出そうとした。
しかし、それは叶わない。
いつの間にか伸びてきていた西瓜の蔓に、足を絡め取られていたのだ。
無論、護衛は帯剣していたし、護身用のナイフを振るおうとする者は多かった。
だが、蔓は切る端から伸びて足を、腰を、腹を、腕を絡め取る。
抵抗しようとした者達が緑色のボールにされるまで、いくらも掛からなかった。
                                                                      
王宮は、非常時以外は何人も駆け足など許されるものではない。
しかし、今、王宮を全力で駆け抜ける人物を押し留める事は、近衛騎士にも不可能だった。
否、近衛だからこそだ。
「急げ!絶対に止めろ!」
「お待ち下さい!陛下!!」
馬房へと走るのは国王。カーク五世その人である。
午前の会議後、午後の執務に宰相が不在であった事を不思議に思った彼は、なんの気もなくその行き先を近侍に問うた。
「罪人の処刑?聞いておらんぞ」
「些事ですので、お耳に入れなかったのでは?」
「死罪に処するなら、そんな筈はあるまい。罪状はなんだ?」
「…それは…」
言いよどむ近侍であったが、主君に嘘偽りを言う訳にもいかない。
罪人の罪状は第三王子暗殺未遂である事を白状する。
「…聞いておらん…それで、罪人の身元は?」
「…その…ルシーダという、伯爵家の令嬢です…」
「伯爵家だと?重大事ではないか!何故、余に黙っていた!!」
上位貴族である伯爵家の人間が、王子暗殺を目論んだのだ。未遂であれ、王に一言も無いなど、ある筈は無い。
何処の家の者か。
その問いに、近侍が渋々答えた。
その途端、王は執務室を飛び出し、指示を飛ばしながら馬房に向かって走り出す。
そこにあるのは焦り。
「急げ!国が、滅ぶ!!」







                                                                                                                           






    
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