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第6話 想定外のヒーロー
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翌朝、サイトウは驚くほどスッキリとした目覚めを迎えた。昨日の体の重さや頭痛は嘘のように消え去り、吸い取ったはずの感情のデブリも感じられない。イズミの料理と睡眠のおかげだろうか。サイトウは体調が完全に回復していることに安堵しつつ、昨日の一件で会社がどうなっているか、少しだけ不安を感じながら出社した。
株式会社グッドヘルスサポートに出社し、自分の部署のフロアに足を踏み入れた瞬間、サイトウは異様な熱気に包まれていることに気づいた。皆がサイトウを見るなり、パッと顔を輝かせ、まるで何か凄いものを見るかのようにサイトウに注目している。
「サイトウさん、おはようございます!」
「サイトウ、昨日は本当にありがとう!」
「お疲れ様! 英雄だね!」
次々と声をかけられ、サイトウは困惑した。英雄? 何がだ?
「あ、あの……皆さん、どうしたんですか?」
サイトウが戸惑いながら尋ねると、先輩の一人が興奮気味にサイトウの肩を叩いた。
「どうしたのって、ナンデモフーズさんの件だよ! 澤田部長から聞いたよ! お前のおかげで、取引停止にならずに済んだんだってな!」
「え? あ、はい……まあ……」
サイトウは、自分がただ謝罪に行っただけで、何を「凄い」と思われているのか全く理解できなかった。確かに、田島部長は最後に落ち着いてくれて、取引も継続してくれることになった。でも、それはサイトウが何か特別なことをしたからではない、とサイトウは思っている。ただ、部長の話を聞いて、必死に謝罪しただけだ。それが、なぜこんなにも感謝され、英雄扱いされるのか?
「いやー、まさか、あのサイトウくんが、ナンデモフーズさんのあの部長を説得するなんてな! 俺たちが行っても、絶対無理だったぞ!」
別の同僚が感心したように言った。
「サイトウさん、あの時、どんな魔法を使ったんですか? 田中さんが言うには、サイトウさんが話を聞いてくれると、心がスッキリするらしいんですけど……」
新人の藤田くんまでが、目を輝かせながら尋ねてきた。藤田くんは、ナンデモフーズの一件の元凶であるため、サイトウに申し訳なさそうな顔をしながらも、サイトウの功績には純粋に感銘を受けているようだった。
「魔法なんて、使ってません……ただ、話を聞いただけで……」
サイトウは、自分が「話を聞くと心がスッキリする」という超能力(本人無自覚)を持っていることを知らないため、藤田くんの言葉にも困惑するばかりだ。
澤田部長がサイトウの席に近づいてきた。部長の顔は、昨日とは打って変わって晴れやかだった。
「サイトウくん! 大変だったな! 本当によくやってくれた! 君のおかげで、会社が救われたんだ!」
澤田部長はサイトウの手を両手で握り、ブンブンと振った。サイトウは、部長の溢れんばかりの感謝と称賛に、ただただ圧倒される。
「あのナンデモフーズの田島部長が、君のことを絶賛していたぞ! 『彼は素晴らしい人間だ』ってな! いやー、君には本当に驚かされるよ。あのコミュニケーションテストの結果は、間違いじゃなかった!」
澤田部長は上機嫌だ。サイトウは、頭の中で部長の言葉を反芻した。「素晴らしい人間」「コミュニケーションテストの結果は間違いじゃなかった」。自分の自己認識とはかけ離れた、周囲からの評価。
(どういうことだ……? 俺は、ただ謝りに行っただけなのに…なんでこんなに褒められるんだ? 魔法なんて使ってないし……ていうか、俺はコミュ障なのに……)
サイトウは、部署中の社員から向けられる尊敬と称賛の視線に、居心地の悪さでゾワゾワした。皆が、サイトウの中に「コミュ力MAXの英雄」を見ている。しかし、サイトウ自身が見ているのは、「コミュ障で、なんとか謝罪を終えただけの自分」だ。この、あまりにも大きなギャップに、サイトウは混乱していた。
休憩時間には、多くの同僚がサイトウの元に集まり、ナンデモフーズでの話を詳しく聞きたがった。サイトウは、自分が特別なことをしたと思っていないため、当たり障りのないことしか話せない。しかし、サイトウが淡々と語る「普通の」謝罪の様子を聞いても、同僚たちは「いや、それが凄いんだよ!」「サイトウさんにしかできない!」と盛り上がるばかりだ。
サイトウは、この状況から逃げ出したかった。英雄扱いされるのは、自分の自己認識とあまりにもかけ離れていて、偽善者になったような、あるいは詐欺師になったような、変な罪悪感すら感じた……。
コミュ障なのに、なぜかコミュ力MAXとして周囲から評価され、困っているサイトウ。今日の会社は、サイトウにとって、かつてないほど居心地の悪い場所になっていた。この「英雄」という名の困り事が、サイトウの日常に新たな波乱を巻き起こす予感を孕んでいた。
株式会社グッドヘルスサポートに出社し、自分の部署のフロアに足を踏み入れた瞬間、サイトウは異様な熱気に包まれていることに気づいた。皆がサイトウを見るなり、パッと顔を輝かせ、まるで何か凄いものを見るかのようにサイトウに注目している。
「サイトウさん、おはようございます!」
「サイトウ、昨日は本当にありがとう!」
「お疲れ様! 英雄だね!」
次々と声をかけられ、サイトウは困惑した。英雄? 何がだ?
「あ、あの……皆さん、どうしたんですか?」
サイトウが戸惑いながら尋ねると、先輩の一人が興奮気味にサイトウの肩を叩いた。
「どうしたのって、ナンデモフーズさんの件だよ! 澤田部長から聞いたよ! お前のおかげで、取引停止にならずに済んだんだってな!」
「え? あ、はい……まあ……」
サイトウは、自分がただ謝罪に行っただけで、何を「凄い」と思われているのか全く理解できなかった。確かに、田島部長は最後に落ち着いてくれて、取引も継続してくれることになった。でも、それはサイトウが何か特別なことをしたからではない、とサイトウは思っている。ただ、部長の話を聞いて、必死に謝罪しただけだ。それが、なぜこんなにも感謝され、英雄扱いされるのか?
「いやー、まさか、あのサイトウくんが、ナンデモフーズさんのあの部長を説得するなんてな! 俺たちが行っても、絶対無理だったぞ!」
別の同僚が感心したように言った。
「サイトウさん、あの時、どんな魔法を使ったんですか? 田中さんが言うには、サイトウさんが話を聞いてくれると、心がスッキリするらしいんですけど……」
新人の藤田くんまでが、目を輝かせながら尋ねてきた。藤田くんは、ナンデモフーズの一件の元凶であるため、サイトウに申し訳なさそうな顔をしながらも、サイトウの功績には純粋に感銘を受けているようだった。
「魔法なんて、使ってません……ただ、話を聞いただけで……」
サイトウは、自分が「話を聞くと心がスッキリする」という超能力(本人無自覚)を持っていることを知らないため、藤田くんの言葉にも困惑するばかりだ。
澤田部長がサイトウの席に近づいてきた。部長の顔は、昨日とは打って変わって晴れやかだった。
「サイトウくん! 大変だったな! 本当によくやってくれた! 君のおかげで、会社が救われたんだ!」
澤田部長はサイトウの手を両手で握り、ブンブンと振った。サイトウは、部長の溢れんばかりの感謝と称賛に、ただただ圧倒される。
「あのナンデモフーズの田島部長が、君のことを絶賛していたぞ! 『彼は素晴らしい人間だ』ってな! いやー、君には本当に驚かされるよ。あのコミュニケーションテストの結果は、間違いじゃなかった!」
澤田部長は上機嫌だ。サイトウは、頭の中で部長の言葉を反芻した。「素晴らしい人間」「コミュニケーションテストの結果は間違いじゃなかった」。自分の自己認識とはかけ離れた、周囲からの評価。
(どういうことだ……? 俺は、ただ謝りに行っただけなのに…なんでこんなに褒められるんだ? 魔法なんて使ってないし……ていうか、俺はコミュ障なのに……)
サイトウは、部署中の社員から向けられる尊敬と称賛の視線に、居心地の悪さでゾワゾワした。皆が、サイトウの中に「コミュ力MAXの英雄」を見ている。しかし、サイトウ自身が見ているのは、「コミュ障で、なんとか謝罪を終えただけの自分」だ。この、あまりにも大きなギャップに、サイトウは混乱していた。
休憩時間には、多くの同僚がサイトウの元に集まり、ナンデモフーズでの話を詳しく聞きたがった。サイトウは、自分が特別なことをしたと思っていないため、当たり障りのないことしか話せない。しかし、サイトウが淡々と語る「普通の」謝罪の様子を聞いても、同僚たちは「いや、それが凄いんだよ!」「サイトウさんにしかできない!」と盛り上がるばかりだ。
サイトウは、この状況から逃げ出したかった。英雄扱いされるのは、自分の自己認識とあまりにもかけ離れていて、偽善者になったような、あるいは詐欺師になったような、変な罪悪感すら感じた……。
コミュ障なのに、なぜかコミュ力MAXとして周囲から評価され、困っているサイトウ。今日の会社は、サイトウにとって、かつてないほど居心地の悪い場所になっていた。この「英雄」という名の困り事が、サイトウの日常に新たな波乱を巻き起こす予感を孕んでいた。
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