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第5話 親友という名のアンカー
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ナンデモフーズのビルから少し離れたベンチで、サイトウはイズミにもたれかかるように座っていた。体は鉛のように重く、頭はズキズキと痛む。ナンデモフーズの田島部長から吸い取った負の感情が、サイトウの心身に重くのしかかっていた。
「ったく、無茶しやがって」
イズミはそう言いながら、サイトウの肩を支えている。彼の声には、呆れと同時に、サイトウを気遣う色が滲んでいた。イズミはサイトウの携帯を取り上げると、会社の営業部長に電話をかけ始めた。
「もしもし、営業部の澤田部長でいらっしゃいますか?」
イズミは冷静な声で相手を確認した。他部署の部長相手でも、イズミは普段通りの落ち着いたトーンだ。サイトウは、イズミのそういう物事に動じないところをいつも凄いと思っている。
「あ、技術部のイズミですが。サイトウの携帯からお電話させていただいています。サイトウが、ナンデモフーズさんでの対応を終えて出てきたところで、どうも体調を崩してしまったようで……」
イズミは冷静に状況を説明している。サイトウは、イズミが「どうも体調を崩したようで」とぼかしていることに気づいた。イズミは、サイトウのこの体調不良が、単なる疲れではなく、彼の能力によるものだと知っている。それを会社にそのまま報告するわけにはいかないのだろう。
「ええ、謝罪については、ナンデモフーズの田島部長から直接、『取引継続の方向で検討する』との確約をいただけました。……はい、サイトウが、粘り強く、誠心誠意謝罪した結果です。……はい。ですが、その反動か、かなり消耗が激しいようで、とても一人で帰れる状態ではありません。今日はこのまま私が家まで連れて帰ります」
イズミは、サイトウの功績をきちんと伝えつつ、サイトウの体調不良と帰宅の旨をテキパキと澤田部長に報告した。サイトウは、イズミが自分の手柄をきちんと伝えてくれていることに、心の中で小さく感謝した。自分で報告するなんて、とても無理だった。
電話を終えたイズミは、サイトウに向き直る。
「澤田部長、相当喜んでたぞ。『サイトウくんがやってくれたのか!』って、声が裏返ってた。取引継続の方向でいけるらしい。お前の働きのおかげだ」
「……俺は、何も……」
「はいはい、分かってるって。お前はただ謝りに行っただけで、後は体が勝手にやったんだろ」
イズミはサイトウの言葉を遮るように言った。サイトウの能力によるものだと理解しているイズミは、サイトウのこの謙遜とも取れる言葉が、能力を自覚していないゆえの素直な感想であることを知っている。
「よし、帰るぞ。立てるか?」
サイトウは、イズミに支えられながらゆっくりと立ち上がった。足元がおぼつかない。イズミはサイトウの腕を取り、自分の肩に担ぐようにして歩き始めた。サイトウは、イズミの意外な力強さに驚いた。イズミはSEだが、体を動かすのが好きなタイプらしい。
駅までの道のりは、サイトウにとってひどく長く感じられた。イズミにほとんど体を預け、半ば引きずられるように歩く。イズミは何も言わず、ただ黙々とサイトウを運んでくれた。イズミの体温が、サイトウの冷え切った体に伝わってくる。
ようやく最寄りの駅に着き、そこから家まではさらに数分。イズミはサイトウを担いだまま、階段を上り、玄関を開け、リビングのソファまで連れて行ってくれた。サイトウはソファに崩れ落ちるように横たわった。
「サンキュー、イズミ……」
サイトウは掠れた声で感謝を伝えた。イズミはサイトウに毛布をかけ、額にそっと触れた。
「熱はないみたいだな。ちょっと顔色悪いけど。腹減っただろ? なんか食えるか?」
サイトウは首を振る。今は何も喉を通る気がしない。胃がムカムカする。吸い取った負の感情が、胃の中で重く澱んでいるかのようだ。
「食欲ないか……無理もないか。よし、なんか消化に良いもん作るわ。ちょっと待ってろ」
イズミはそう言うと、キッチンに向かった。サイトウは毛布にくるまりながら、イズミの背中を見ていた。フライパンの音、包丁の音。イズミの料理は、サイトウにとって最高の癒しだ。特に、体調が悪い時や疲れている時には、その温かさと優しさが心に染み渡る。
しばらくして、キッチンから湯気を立てたお椀が運ばれてきた。ネギとおかかの、シンプルなおかゆだ。
「はい、口開けろ。食える分だけでいいから」
イズミは、サイトウの頭を起こし、お椀をスプーンで掬って差し出した。サイトウは、まるで子供のようにイズミに食べさせてもらう。おかゆの優しい味が、弱った体にじんわりと染み込んだ。温かいものが胃に入るだけで、心のもやもやが少し晴れる気がした。
「うまい……」
「そりゃどうも」
イズミはフッと笑った。
「お前の体に溜まった感情のデブリ、これでちょっとはクレンジングされるだろ」
クレンジング。またSEっぽい表現だ。でも、イズミの言葉は、サイトウの感覚に妙にフィットする。まるで、イズミだけが、サイトウのこの体質のことを、サイトウ自身よりも深く理解しているかのようだ。そして、イズミにはサイトウの能力が効かないからこそ、サイトウはイズミの前でだけは、完全に力を抜いて、弱音を吐くことができるのだ。
「……ごめん、いつも迷惑かけて」
サイトウはスプーンで次のひと口を待ちながら言った。
「別に。お前が外で勝手に人の感情吸い取ってオーバーヒートしてくる分、俺がお前をメンテナンスする。それが俺たちのルームシェアの契約内容だ」
イズミは真顔でそう言ったが、その目は優しかった。
サイトウは、イズミの冗談とも本気ともつかない言葉に、心が温かくなるのを感じた。コミュ障で、人付き合いが苦手で、なぜか変な能力まで持っている自分。それでも、イズミだけは、そんな自分を当たり前のように受け入れ、支えてくれる。
おかゆを少し食べただけで、サイトウはもう限界だった。しかし、体は少し楽になっていた。イズミの料理と、イズミの存在そのものが、サイトウの心を癒していく。
「寝れそうか? 寝た方が早いぞ」
イズミは食べ終えたお椀を下げながら言った。サイトウは頷く。イズミがいる。それだけで安心できた。
毛布にくるまり、サイトウは目を閉じた。イズミが片付けをする音が聞こえる。会社の澤田部長に褒められたこと、田島部長に気に入られたこと、そして自分の体の異変。色々なことが頭の中を駆け巡るが、イズミの気配を感じながら、サイトウはゆっくりと眠りに落ちていった。
明日は、また会社に行かなければならない。そして、きっと今日の出来事で、また何か面倒なことが待っているだろう。しかし、イズミがいる。それだけを思って、サイトウは深い眠りについた。
「ったく、無茶しやがって」
イズミはそう言いながら、サイトウの肩を支えている。彼の声には、呆れと同時に、サイトウを気遣う色が滲んでいた。イズミはサイトウの携帯を取り上げると、会社の営業部長に電話をかけ始めた。
「もしもし、営業部の澤田部長でいらっしゃいますか?」
イズミは冷静な声で相手を確認した。他部署の部長相手でも、イズミは普段通りの落ち着いたトーンだ。サイトウは、イズミのそういう物事に動じないところをいつも凄いと思っている。
「あ、技術部のイズミですが。サイトウの携帯からお電話させていただいています。サイトウが、ナンデモフーズさんでの対応を終えて出てきたところで、どうも体調を崩してしまったようで……」
イズミは冷静に状況を説明している。サイトウは、イズミが「どうも体調を崩したようで」とぼかしていることに気づいた。イズミは、サイトウのこの体調不良が、単なる疲れではなく、彼の能力によるものだと知っている。それを会社にそのまま報告するわけにはいかないのだろう。
「ええ、謝罪については、ナンデモフーズの田島部長から直接、『取引継続の方向で検討する』との確約をいただけました。……はい、サイトウが、粘り強く、誠心誠意謝罪した結果です。……はい。ですが、その反動か、かなり消耗が激しいようで、とても一人で帰れる状態ではありません。今日はこのまま私が家まで連れて帰ります」
イズミは、サイトウの功績をきちんと伝えつつ、サイトウの体調不良と帰宅の旨をテキパキと澤田部長に報告した。サイトウは、イズミが自分の手柄をきちんと伝えてくれていることに、心の中で小さく感謝した。自分で報告するなんて、とても無理だった。
電話を終えたイズミは、サイトウに向き直る。
「澤田部長、相当喜んでたぞ。『サイトウくんがやってくれたのか!』って、声が裏返ってた。取引継続の方向でいけるらしい。お前の働きのおかげだ」
「……俺は、何も……」
「はいはい、分かってるって。お前はただ謝りに行っただけで、後は体が勝手にやったんだろ」
イズミはサイトウの言葉を遮るように言った。サイトウの能力によるものだと理解しているイズミは、サイトウのこの謙遜とも取れる言葉が、能力を自覚していないゆえの素直な感想であることを知っている。
「よし、帰るぞ。立てるか?」
サイトウは、イズミに支えられながらゆっくりと立ち上がった。足元がおぼつかない。イズミはサイトウの腕を取り、自分の肩に担ぐようにして歩き始めた。サイトウは、イズミの意外な力強さに驚いた。イズミはSEだが、体を動かすのが好きなタイプらしい。
駅までの道のりは、サイトウにとってひどく長く感じられた。イズミにほとんど体を預け、半ば引きずられるように歩く。イズミは何も言わず、ただ黙々とサイトウを運んでくれた。イズミの体温が、サイトウの冷え切った体に伝わってくる。
ようやく最寄りの駅に着き、そこから家まではさらに数分。イズミはサイトウを担いだまま、階段を上り、玄関を開け、リビングのソファまで連れて行ってくれた。サイトウはソファに崩れ落ちるように横たわった。
「サンキュー、イズミ……」
サイトウは掠れた声で感謝を伝えた。イズミはサイトウに毛布をかけ、額にそっと触れた。
「熱はないみたいだな。ちょっと顔色悪いけど。腹減っただろ? なんか食えるか?」
サイトウは首を振る。今は何も喉を通る気がしない。胃がムカムカする。吸い取った負の感情が、胃の中で重く澱んでいるかのようだ。
「食欲ないか……無理もないか。よし、なんか消化に良いもん作るわ。ちょっと待ってろ」
イズミはそう言うと、キッチンに向かった。サイトウは毛布にくるまりながら、イズミの背中を見ていた。フライパンの音、包丁の音。イズミの料理は、サイトウにとって最高の癒しだ。特に、体調が悪い時や疲れている時には、その温かさと優しさが心に染み渡る。
しばらくして、キッチンから湯気を立てたお椀が運ばれてきた。ネギとおかかの、シンプルなおかゆだ。
「はい、口開けろ。食える分だけでいいから」
イズミは、サイトウの頭を起こし、お椀をスプーンで掬って差し出した。サイトウは、まるで子供のようにイズミに食べさせてもらう。おかゆの優しい味が、弱った体にじんわりと染み込んだ。温かいものが胃に入るだけで、心のもやもやが少し晴れる気がした。
「うまい……」
「そりゃどうも」
イズミはフッと笑った。
「お前の体に溜まった感情のデブリ、これでちょっとはクレンジングされるだろ」
クレンジング。またSEっぽい表現だ。でも、イズミの言葉は、サイトウの感覚に妙にフィットする。まるで、イズミだけが、サイトウのこの体質のことを、サイトウ自身よりも深く理解しているかのようだ。そして、イズミにはサイトウの能力が効かないからこそ、サイトウはイズミの前でだけは、完全に力を抜いて、弱音を吐くことができるのだ。
「……ごめん、いつも迷惑かけて」
サイトウはスプーンで次のひと口を待ちながら言った。
「別に。お前が外で勝手に人の感情吸い取ってオーバーヒートしてくる分、俺がお前をメンテナンスする。それが俺たちのルームシェアの契約内容だ」
イズミは真顔でそう言ったが、その目は優しかった。
サイトウは、イズミの冗談とも本気ともつかない言葉に、心が温かくなるのを感じた。コミュ障で、人付き合いが苦手で、なぜか変な能力まで持っている自分。それでも、イズミだけは、そんな自分を当たり前のように受け入れ、支えてくれる。
おかゆを少し食べただけで、サイトウはもう限界だった。しかし、体は少し楽になっていた。イズミの料理と、イズミの存在そのものが、サイトウの心を癒していく。
「寝れそうか? 寝た方が早いぞ」
イズミは食べ終えたお椀を下げながら言った。サイトウは頷く。イズミがいる。それだけで安心できた。
毛布にくるまり、サイトウは目を閉じた。イズミが片付けをする音が聞こえる。会社の澤田部長に褒められたこと、田島部長に気に入られたこと、そして自分の体の異変。色々なことが頭の中を駆け巡るが、イズミの気配を感じながら、サイトウはゆっくりと眠りに落ちていった。
明日は、また会社に行かなければならない。そして、きっと今日の出来事で、また何か面倒なことが待っているだろう。しかし、イズミがいる。それだけを思って、サイトウは深い眠りについた。
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