コミュ障なのにコミュ力MAXで困ってます

西東キリム

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第18話 親友探偵、尾行を開始する

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 イズミの「俺、彼女いないとか言ったっけ?」という言葉が、サイトウの頭の中で木霊していた。あれから数日。サイトウは、まるで呪いのように、イズミに彼女がいるかもしれないという可能性にモンモンとしていた。

 確かにイズミは、サイトウが知る限り、恋愛の話を一切しない男だ。サイトウ自身もコミュ障ゆえに、他人のプライベートに深く立ち入ることはしないし、イズミもサイトウのプライベートを詮索しない。しかし、冷静に考えてみれば、イズミは顔立ちも整っているし、物腰も落ち着いている。サイトウのようなコミュ障ではないのだから、彼女がいたっておかしくない。いや、むしろいない方がおかしいのかもしれない。そう思うと、サイトウの胸のあたりが、なぜかザワザワした。

 別に、イズミに彼女がいようがいまいが、サイトウには関係ない。それは分かっている。イズミは親友だし、イズミが幸せなら、サイトウだって嬉しい。そう思うはずだ。しかし、なぜか気になってしまうのだ。あれ以来、仕事中も上の空になりがちで、簡単な入力ミスをしたり、澤田部長に話しかけられても上の空で返事をしてしまったりと、集中できないでいた。

(なんでこんなに気になるんだ……? 別に、イズミに彼女がいたって、俺たちの関係が変わるわけじゃないのに……)

 サイトウは、自分のこのモンモンとした気持ちの正体が分からなかった。親友のプライベートが気になるのは、友達として当たり前のことなのだろうか? それとも、もっと別の何か……?

 そんなある土曜日。いつも通りイズミと二人で家でダラダラと過ごしていた。イズミはリビングで本を読み、サイトウはソファでスマホをいじっている。平和な週末の午後だ。

「あ、サイトウ」

 イズミが急にサイトウに声をかけた。

「ん?」
「今日、ちょっと出かける用事ができたわ」
「へえ……」

 サイトウは、何気なく返事をした。イズミが週末に出かけるのは珍しくない。

「帰りは遅くなるから、悪いけど、夕飯は一人で食べてくれ」
「あ、うん、分かった」

 サイトウは頷いた。しかし、イズミの「出かける用事」という言葉が、サイトウの脳裏に、「俺、彼女いないとか言ったっけ?」という言葉から受けた衝撃をフラッシュバックさせた。彼女。イズミに、彼女ができたのかもしれない。今日の外出は、もしかして彼女に会うためなのでは……?
 イズミは立ち上がり、身支度を始めた。いつもより、少しだけ小綺麗にしているような気がする。普段着ではないシャツを選んでいる。髪型も、少し整えているように見える。サイトウの目には、イズミのその一つ一つの行動が、「これはデート服だ!」「彼女に会うための準備だ!」と映った。

 イズミが玄関で靴を履き、ドアに手をかけた。

「んじゃ、行ってくるわ」
「あ、うん……いってらっしゃい……」

 サイトウは、イズミの背中を見送った。ドアが閉まる音。静かになった部屋に、サイトウは一人残された。
 イズミに、彼女がいるかもしれない。そして、今、その彼女に会うために外出している。
 サイトウの心の中で、抑えきれない衝動が湧き上がってきた。知りたい。イズミの「用事」の正体を。イズミの彼女かもしれない相手を。なぜ自分はこんなにも気になるのだろう。それは分からない。しかし、今、この場でイズミを問い詰めることも、後で直接「彼女いるの?」と聞くことも、コミュ障のサイトウにはハードルが高すぎる。

(どうする……? このまま家で待ってるのか……? それとも……)

 サイトウは、意を決した。

(……追うか)

 衝動的で、後先考えない、サイトウにしては珍しい行動だった。しかし、イズミへの好奇心と、モンモンとした気持ちが、サイトウを突き動かしたのだ。

 イズミが出かけてから、ほんの数分後。サイトウは、イズミに気づかれないように、そっと家を出た。変装なんてしていない。普段着のままだ。尾行の経験なんて皆無だ。どうすればバレないのかも分からない。ただ、イズミの姿を見失わないように、後をつけるしかない。
 サイトウは、数メートル離れてイズミの後ろをついていった。イズミは普段通りに歩いている。サイトウは、電柱の陰に隠れたり、ショーウィンドウを覗くふりをしたりと、必死で怪しまれないように努めた。しかし、全身から「尾行してます!」というオーラが出ているような気がして、冷や汗が止まらない。

 イズミは、駅へと向かっているようだ。サイトウは、イズミに続いて駅の構内へ。自動改札を通り抜け、ホームへ。サイトウは、イズミと同じ車両には乗らず、一つ離れた車両に乗り込んだ。窓越しに、イズミの姿が見える。
 電車は動き出した。サイトウは、窓に映るイズミの姿を、息を潜めて見守る。イズミはスマホを見ているようだ。サイトウは、イズミがどの駅で降りるのか、注意深く見張っていた。

 数駅先の大きな駅で、イズミは電車を降りた。サイトウも慌てて電車を降り、イズミの姿を追う。イズミは改札を出て、駅前のロータリーへと向かっている。待ち合わせか? やはり彼女と会うのか? サイトウは、イズミから距離を置きながら、イズミの行方を見守る。イズミは、ロータリーの端に立って、辺りを見回している。誰かを待っているようだ。サイトウは、近くの柱の陰に隠れ、イズミの様子を伺った。心臓が高鳴る。イズミの彼女と、今、ここで対面するのかもしれない。一体、どんな人だろう? サイトウの勝手な想像が膨らむ。
 イズミは、誰かを見つけたようだ。小さく手を振っている。そして、その人物の方へ歩き出した。サイトウは、息を呑んでその人物を見た。
 イズミが向かっていった先で、イズミを待っていた人物は──
 それは、サイトウが予想していた通り、綺麗な女性だった。
 サイトウは、その光景を見て、心臓がドクンと鳴った。やはり、イズミには彼女がいたのだ。それも、モデルのようにスタイルの良い、とても綺麗な女性だ。二人は笑顔で言葉を交わし、肩を並べて歩き始めた。まるで絵になるような二人だ。
 サイトウは、柱の陰で息を潜め、二人の後ろ姿を見守っていた。やはり、イズミには彼女がいた。自分には関係ないはずなのに、なぜか胸の奥がざわつく。モンモンとした気持ちが、再びサイトウの中に渦巻き始めていた。

(イズミに……彼女……)

 サイトウは、その事実を目の当たりにし、複雑な気持ちを抱えながら、二人の後をつけるのだった。イズミの「用事」の正体を知ってしまったサイトウの、新たな困惑が、今、始まる。
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