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連れだつ 友の お道化た 調子も
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「だいじょうぶかな? 変じゃない? やっぱ、わたし、こんな格好は似合ってないんじゃない?」
「だいじょうぶだって! 沙月ちゃんはいつもカッコいいけど、今日は特別にカッコいいから!」
沙月ちゃんは蝶ネクタイをいじりながら、わたしの顔を覗き込んできます。いじりすぎで、せっかくの蝶ネクタイの形が崩れてしまいそうです。既に斜めに歪んでいます。
いくらか猫背になって、せっかくのスーツ姿が台無しです。わたしは蝶ネクタイから沙月ちゃんの手をはずし、そっと両手で包み込みました。ハッとしたように、沙月ちゃんは手をひこうとします。わたしはそれにあらがうように、力を込めて握りしめました。
「もっと自信を持って。沙月ちゃんが一番素敵だから」
実際のところ、バトラー役の生徒は数人いるのですが、一番似合っているのは贔屓目に見ても、やはり沙月ちゃんでした。小麦色が残る素肌、陸上部を引退してから伸ばし始めた髪、なによりも運動で鍛え上げられた身体と、スラリと伸びた手足、スーツをピシッと着こなしています。背筋を伸ばせば、もう完璧です。が、多少ホストに見えないこともないような……。
わたしは沙月ちゃんの蝶ネクタイを直しながら、励まし続けます。
文化祭が始まります。土曜、日曜と二日間にわたって開催されます。
わたしたちの教室はすっかりアンティークな喫茶店へと変わっていました。プロデュースはもちろん美也乃さんです。曰く、英国ティーサロンだそうです。
わたしもこの日のために、クッキーやフィナンシェ、スコーンなど、数種類の焼き菓子を用意しました。ドリンクもコーヒー、紅茶、オレンジジュースなど、定番を揃えています。
「開店十五分前!」
委員長の声が響きます。「すごいよ! もう十人以上待っているから!」
おお、というどよめきがあがります。一気に緊張感が増してきました。
情報によると、陸上部の後輩たちが、沙月ちゃん目当てに押し寄せてきたようです。
「あの子たち、絶対わたしをからかいにきたんだ」
「そんなことないって、沙月ちゃんは後輩にモテモテだったじゃない。きっと憧れの先輩を見にきたんだよ」
頭をかかえる沙月ちゃんをなだめます。今日の沙月ちゃんは、カッコいいけど、カワイイ、そんな表現がぴったりです。
「ところで、わたしも変じゃない?」
わたしは沙月ちゃんから一歩距離をあけて立ちました。自信がないのは、沙月ちゃん同様、わたしもです。
美也乃さんのプロデュースは徹底していました。なんと接客をしないわたしたちに、メイド服を着せたのでした。
もちろんメイド服を着るのは初めてです。普段、こんなにレースのついた服や、ふんわりと膨らんだスカート、ニーハイソックスなど、身につける機会もないので、まったく落ち着きません。
ちなみに、このカフェに関わっている生徒全員が、スーツかメイド服を身につけています。みんなでコスプレ(?)をすれば、多少は抵抗感も薄れるだろうという考えらしいのです。
美也乃さんはスーツ姿、記録係も兼ねているので、首から一眼レフのカメラをぶら下げています。雪穂はメイド服、なぜかカチューシャが猫耳になっています。
わたしはスカートをつまんでみたり、カチューシャを直してみたり、沙月ちゃんの返事を待っていました。
わたしが視線を向けると、慌てて顔をそむけました。どうしたのかと思って、重ねて尋ねてみました。
「開店準備でバタバタしてたから、崩れたりしてないかな?」
「ダイジョウブ! 変じゃないし、ばっちり着こなせてるし、似合ってるよ」
沙月ちゃんは顔をそむけたままです。そんな状態で言われてもと思いました。
緊張して、落ち着かなくなっているのは、沙月ちゃんもわたしも同じです。
似合っていると言ってもらえただけでも、嬉しいものです。
「沙月ちゃんが似合ってるって言ってくれるなら、自信持っちゃおうかな」
わたしは若干頬を緩ませながら、その場で、くるりとターンをしてみせました。スカートの裾がふんわりと広がって、気分を高揚させます。
「自信を持って、いいと思う。日向が、一番かわいい——……と思う……」
沙月ちゃんの顔は今までにないくらい、真っ赤に染まっていました。
わたしは突然の告白に、大きく破顔していました。
ホームルームで、わたしがお菓子作りの担当に決まった時も、美也乃さんがメイド服を提案した時も、正直気乗りしないままでした。
毎年お手伝い感覚でしか参加してこなかった文化祭です。いきなり中心になって働けと言われても、戸惑いしかありませんでした。
それでも他の生徒たちと、ああでもないこうでもないと、意見を交わしながらなにかを作り上げていくというのは、思いのほか楽しいものでした。高校三年の文化祭という気持ちもあるのでしょう。最後の思い出という感傷も含まれるでしょう。
それでも、先ほどの沙月ちゃんの告白は、思い切ってやってよかったと、前向きに捉えることができるようでした。
「ありがとう、沙月ちゃん……!」
沙月ちゃんは今度こそ顔を合わせようとしてくれませんでした。本人にとっても大胆な告白だったようです。もちろん、わたしにとっても、面と向かって可愛いなんて言われたのは、生まれて初めてのことで、面映ゆいのはお互い様です。
気持ちも高まり、あとはやり切るだけです。
でも、たった一つ心残りが——。
わたしは出入り口の方をそっと見つめます。なるべく、誰にも気が付かれないように、そっと……。
開店前だから当たり前じゃなく、開店前にこそ、その扉が開いてほしい——。
「はい、そこのふたり。いつまでもイチャついてちゃだめニャン」
突然、猫耳メイドがわたしたちの間に入ってきました。
「ニャンじゃないよ。なんで雪穂だけ猫耳つけてんだよ?」
沙月ちゃんはごまかすように、少し強い口調でした。
「可愛いからニャン!」
めげない雪穂に、沙月ちゃんは憮然とした表情を浮かべます。
「それよりも、もうすぐ開店なんだから、ちゃんとスタンバイはできてるの?」
美也乃さんが取りなすように、話しかけてきます。そして、不貞腐れた顔をした沙月ちゃんをカメラでパシャリと撮影しました。
「美也乃も勝手に撮るなよ」
「執事がそんなにカリカリするべきではありませんよ。もうすぐお嬢様やご主人様がご帰宅されます。笑顔でお迎えしてください」
にっこりと微笑む美也乃さんには、執事長の貫禄すら垣間見えるようでした。
『おかえりなさいませ、お嬢様。お帰りをお待ちしておりました。お疲れではありませんか。お席をご用意してありますので、まずはお寛ぎくださいませ』
お出迎えからのセリフを復習している間に、開店時間が訪れます。
委員長を中心に円陣を組み、掛け声一発、執事カフェが開店しました。
結果から言うと、カフェは大成功でした。
予想を超える数のお嬢様やご主人様のご帰宅にわたしたちは忙殺されることになりました。
お目当ては、もちろん我らが沙月ちゃんです。特にお嬢様方からの受けは大変なものでした。握手をしてもらってはキャー、肩を組んでもらってはキャー、腕を組んでもらってはキャー、いっしょに写真を撮ってもらってはキャー、極め付けは微笑んでもらえたからキャー、そこらへんのアイドルにも、勝るとも劣らない黄色い歓声が上がるのでした。
しかし、沙月ちゃんも最初のうちはセリフも棒読みで、イヤイヤやっているのがうかがえましたが、一日目の午後にもなると調子が出てきたのか、執事が板についてきて、余裕と貫禄が垣間見えるようになりました。あれだけ歓声を浴びれば、その気にもなろうというものです。
沙月ちゃん以外の執事たちも概ね好評でした。
美也乃さんも数人のファンができていました。こちらは最初からノリノリで執事を演じていたので、どんなリクエストにも柔軟に対応していました。
予想外だったのが、私たちメイド役にも握手や撮影を求めるお嬢様方がいたことでした。
雪穂はいつもの軽いノリで、リクエストに応えていきます。
でも、わたしは完全に裏方に徹するつもりでいたので、対処の仕方に四苦八苦していました。初対面の人にいきなり話しかけられるわけですから、それだけで軽いパニックです。まともな受け答えなどできるはずもなく、意味もなくあははと笑っているだけでした。
それよりも、入ってきたオーダーをこなさなければなりません。忙しくなった時を想定して、シミュレーションをし、それなりに練習もしたつもりでした。しかし、想定を上回る忙しさに、所詮付け焼き刃でしかなかったことを、思い知らされました。
提供が遅かったり、オーダーを間違えていたり、持っていくテーブルを間違えていたり、ちょっとしたハプニングはありましたが、特別大きな問題もなく、やりおおせたと思います。
高校三年生、最後の文化祭としては大成功だったと思います。
わたし自身、お菓子担当という役割を、しかもリーダー的な存在として、文化祭に関わってきました。学校行事に積極的に関わるのは、まさに初めてのことでした。いつもなら、買い出しだったり、ポスターに色を塗るだけだったり、誰かの指示のもとで、ちょこちょこと動き回っているだけでした。逆に、他の人の邪魔にならないように、隅の方で突っ立っているだけなんていう時もありました。
そんなわたしにでも、成しとげられるのだと、自信がついたような気がします。
楽しかったと、素直に笑える充足感があります。
自分のクラスのカフェだけでなく、他のクラスの出し物も、今までになく楽しめました。
カフェの休憩時間を利用して、文化祭巡りをします。沙月ちゃん、美也乃さん、雪穂、いつものメンバーで、もちろん執事、メイドの服装はそのままで、いつにないハイテンションで学校中を闊歩します。
焼きそば、フライドポテト、フランクフルト、チュロス、チョコバナナ、かき氷を食べて、ラムネを飲んで、お化け屋敷に占いの館、絵画の展示、体育館でのダンスバトル、バンドライブ、校庭では様々なストリートパフォーマンスがおこなわれ、巨大迷路まで出現していました。
全部回りたいけれど、休憩時間はあまりにも短すぎました。まだまだ美味しそうな屋台や、興味を惹かれるパフォーマンスが目白押しでした。
わたしたちは笑い転げながら学校中を歩きまわっていました。しかも、服装が服装だけに、かなり目立っていたようです。時折、すれ違う人たちが、振り返ったりするのです。
慣れというものは恐ろしいもので、わたし自身はメイド服にほとんど抵抗をなくしていました。最初の気恥ずかしさもなくなり、逆に振り返られることに、心地よさすら感じ始めていました。
「みんなで写真撮ろ!」
雪穂の提案に、誰もがためらうことなく賛成します。美也乃さんのカメラで、クラスの生徒に頼んで四人それぞれのポーズで写真におさまります。当初、他人に見られることすら嫌がっていたのが嘘のように、執事やメイドになりきっていました。
休憩を終えて、教室に戻ると、順番待ちの列が、さらに伸びていました。
忙しさは最後まで続き、疲労困憊でした。疲れ果てて、ぐったりしているはずなのに、充実感があふれ出し、自然と笑みがこぼれるのでした。
明日は日曜日なので、更なる忙しさも予想されます。それを考えると、お菓子の在庫も気になって、追加で作っておいたほうがいいんじゃないかと思えてきます。幸い、材料は少しですが残っています。クッキーの生地だけでも仕込んでおけば、明日の朝一でオーブンに入れれば開店には間に合います。
クッキー生地を仕込むだけなら、わたしだけですぐにできてしまいます。手伝おうかという、沙月ちゃんたちの言葉に感謝しながら、だいじょうぶだと伝えます。
教室のほうの後片付けもまだ残っています。それに明日のセッティングもしなければなりません。それらをみんなにまかせて、わたしはひとり、調理実習室に向かいました。
扉を開けて、誰もいない実習室は、やけに広く感じられました。中に入り、扉を閉めると、それまでの喧騒が、遠くに聞こえるようでした。
ようやく、ひとりきりになれた、そんな安堵にも似た気持ちが訪れます。さっきまでみんなとはしゃぎまわっていたのが嘘のようでした。
とりあえず、手近にある椅子に腰を降ろすと、自然と溜息のようなものがもれていました。
スマホを取り出し、写真アプリを開きます。さっき撮ったばかりの写真が映し出されます。
沙月ちゃん、美也乃さん、雪穂、委員長もいます。クラスメイトみんないます。細川先生だっています。他校の知らない生徒もいます。小さな子供もいます。おじさんおばさん、おじいさんおばあさん、たくさんいます。
ほんと、楽しかった——!
そのはずでした。
でも、気づいてしまいました。たくさん撮った写真の中に、たったひとりだけいません。
ぽっかりと抜け落ちたように、まるで忘れ去られたように、その人だけいません。
なのに、笑っています。写真の中のわたしは笑っています。
なにが楽しいのか、なにが嬉しいのか、そこに映るわたしは確かに笑っていました。
こんな気持ちの中でも、わたしは笑っていられるのだと、つくづく思い知らされました。
あの人の不在のままで、わたし一人楽しんでいた……。
アプリを閉じて、スマホを机の上に置きました。頬杖をついて、窓の外を見るともなく見て、再度、溜息。
茜色に染まり始めた空、遠くに聞こえる喧騒、今日一日の出来事が嘘のようで、そして、明日もまた繰り返されるというのが、それも嘘のようで、明日もやっぱり姿を現さないのだろうと、それだけが重い真実のように、のしかかってきます。
雨森さんの不在は、改めて心を空虚にさせました。
あの、初めて挨拶を返してくれた朝以来、わたしたちは挨拶を交わすようになりました。ただし、それは「おはよう」と「さようなら」、それだけです。休み時間や放課後に会話を交わすこともありませんでした。美也乃さんたちが常に周りにいたことも、雨森さんに話しかけにくい要因でした。特に沙月ちゃんは休み時間になると、必ずわたしの席にやってくるのでした。まるで雨森さんとわたしが言葉を交わすのを阻止するようでもありました。沙月ちゃんはかなり雨森さんに反感を抱いているようでした。
当の雨森さんはまったく気にする様子もなく、文庫本を読んだり、ふらりと教室を出て姿を消したりと、変わらず孤高を貫くのでした。
当然ながら、雨森さんは文化祭の準備期間にも、手伝うどころか、一度も顔を出すことすらしませんでした。
そんな人が文化祭当日に、現れるなんて、到底考えられないことです。逆に、顔を出されても、あまりにも自分勝手な、厚顔無恥ともいえる振る舞いに、クラスのみんなはさらに悪印象を持つことでしょう。
それでも、わたしは文化祭にきてくれることを望みました。バトラーカフェで働くことはできなくても、いっしょに出し物を回るくらいはできるのじゃないかと、淡い期待を持ったのです。
それは透き通って見えるほど薄っぺらで儚く、わたしの空虚な笑い声に吹き飛ばされてしまいました。
なんとなく再びスマホを手に取り、写真アプリを開きます。今日一日だけで、何十枚と、撮ったり撮られたりしたなかで、いくらスクロールしても、雨森さんはいないのです。
どんなに探してもいない。そして、わたしは笑っている。
現実と心の中のギャップに激しく落ち込みかけていました。まさに溜息しか出ない状態です。
もう、数えられないくらいのため息をつこうとしたとき、調理実習室の扉が勢いよく開きました。
「はーい、日向! 手伝いに来たよ!」
テンション高く入ってきたのは、沙月ちゃんでした。バトラーの衣装のまま、手を振りながら、わたしのほうへ近づいてきます。そして手近にあった椅子を引き寄せ、わたしの正面に座りました。
「どうしたの? 教室の方の片付けは終わったの?」
なんでもないふうを装いながら、内心溜息をついたりしていたのを見られたのではないかと、ドキドキしていました。
「もう少しかかりそうだけど、あっち人手もたくさんあるし、大丈夫かなって」
沙月ちゃんはニカッと笑いかけてくれます。「それにやっぱ日向ひとりじゃ大変でしょ?」
沙月ちゃんはいつもこんなふうに優しいのです。わたしのことを気にかけてくれます。そして、言葉だけでなく行動に移してくれるのです。
少なくとも、ため息を忘れさせてれるほどには、その優しさが感じられます。
でも、もう少し、ひとりの時間が欲しかったというのも、本音でした。
そこは押し隠して、いつものようにふにゃっと笑い返します。
「ありがとう、助かるよ」
「元気ないみたいだけど、だいじょうぶか?」
「うん、慣れないことしたから、疲れちゃったみたい。それにはしゃぎすぎちゃったかな」
「最初は嫌々やってたくせに」
「それは、沙月ちゃんも、でしょ」
「あー、まあ、人のことは言えないか」
沙月ちゃんは苦笑いを浮かべます。
「ホントに最初は嫌々だったんだよね。でも、やってるうちに楽しくなってきちゃって。お菓子を作るのは元々好きだし、みんなでワイワイやってるのも楽しかった」
わたしはいったん言葉を切って、メイド服のスカートの端をつまみ上げました。
「このメイド服も、着たくなかったはずなのに、似合ってるとか、かわいいとか言われていると、だんだんその気になっちゃって、今じゃお気に入りになりかけているもんね。実際、このメイド服ってかわいいしね」
「わたしも、あんだけ乗せられたら、その気にもなるよね。かっこいいとかって言われて、写真やら握手やら、悪い気はしないな」
「でも、ホントに沙月ちゃんはカッコよかったよ。クラスの中でいちばん素敵だった」
沙月ちゃんは顔を伏せて、おもいっきり照れてしまいました。バトラーの服装のままなので、かっこいい男子が照れているようで、お嬢様方が魅了されるのも無理はありません。
「やめてくれ。日向に言われると、よけい恥ずかしくなる……」
「えー、なんで? わたし、同じクラスじゃなきゃ、沙月ちゃんに接客してもらいたいなって、思ったのに。『おかえりなさいませ、日向お嬢様』なんて沙月ちゃんに言われたら、好きになっちゃうかもだなあ」
わたしは、自分の言葉に、言いすぎたかと、恥ずかしくなってしまいました。「ごめん、ちょっと調子にのっちゃった」
沙月ちゃんは相変わらず顔を伏せたままでした。しばらくふたりとも無言の時間がすぎていきました。
「よし!」
沙月ちゃんは唐突に、椅子を鳴らして立ち上がりました。その顔には、まだ赤みが残っていました。それでも、何かを決心したように、唇を引き結んでいました。
「今から、わたしは日向のバトラーになる! できないこと叶えてあげる」
「え、で、でも——」
「でもじゃないよ。わたしがやりたいの」
沙月ちゃんは柔らかく微笑みます。そうして、右手を差し出し——。
「さ、日向も立って」
わたしの手をとって、ごく自然な動作で立ち上がらせました。あまりにも自然すぎて、戸惑うひまもありません。
「これじゃあ、まるで王子様みたいだな。役柄を間違えるところだった」
わたしの手を握る沙月ちゃんの手は温かくて、冷静そうに聞こえる言葉とは裏腹に、心なしか小刻みに震えているようでした。
沙月ちゃんの右手が静かに離れていきます。わたしの右手は行き場を失ったように、宙に漂っていました。
「じゃあ、もう一回やり直し」
沙月ちゃんの笑顔がより優しく、柔らかなものになりました。なんだか、本当にお嬢様を見守るバトラーのようです。
沙月ちゃんの右手が自身の胸のあたりに添えられて、きっちり四十五度のお辞儀をします。
「先程は失礼いたしました、お嬢様。改めまして、おかえりなさいませ、日向お嬢様」
顔を上げると満面の笑顔を送ってくれます。本当に我が家に帰ってきたような、包み込む笑顔です。
「今日はいつになくお疲れのようですね。まずはそちらの椅子に座って、お寛ぎください。すぐにお飲み物をご用意いたします。なにかご希望のものはございますか?」
わたしが椅子に座ると、沙月ちゃんはすかさず片膝をついてしゃがみ込み、わたしと視線を合わせてくれます。さすがにカフェではここまでの演出はなく、沙月ちゃんなりのわたしだけの特別な演出でした。
「では、コーヒーをお願いします」
わたしも沙月ちゃんに合わせてお嬢様モードで答えます。
「コーヒーでございますね。すぐにご用意いたします」
沙月ちゃんは立ち上がると、一礼をしてわたしに背中を向けて、立ち去るそぶりをしました。けれどそのまま立ち去ることはなく、踏み出した足を止めると、くるりと優雅にわたしに向き直りました、
「そうそう、本日はメイド長の日向が作ったクッキーがございます。ご一緒にお持ちいたします。わたくしもひとつ頂きましたが、それは絶品でございます。きっとお嬢様にもご満足いただけるかと」
「まあ、それは楽しみね。では、いっしょにお願いするわ」
言い終わるか終わらないかのところで、思わず吹き出してしまいました。「あーもームリ! メイド長の日向って、わたしは二役なの?」
「やっぱ、設定に無理があったかな。でも、実際日向のクッキーは美味しいから、ついお勧めしたくなっちゃった」
今の沙月ちゃんは役柄が抜け切っていないのか、やけにかっこよくて、普段口にしないようなセリフも当たり前のように口にします。
そんな沙月ちゃんが妙に照れくさくて、わたしは素知らぬふりで笑い続けていました。
「いいな」
沙月ちゃんがぽつりと呟きます。「日向は笑ってたほうがいいな」
「なに? 突然」
それじゃあ、まるで王子様だよ。
わたしはそんな言葉を飲み込みます。
わたしは今度こそ本気の照れ笑いを浮かべます。まともに沙月ちゃんの顔が見れませんでした。
「教室を出て行く時から、日向が元気がないように見えて、ちょっと心配してたんだ。疲れているだけならいいんだけど、他にもなにかあるのかなって。いつも日向は笑っているから、いつだって、笑っててほしいから」
そんな時から、わたしのことを気にかけてくれていたなんて、いつも気を使われっぱなしです。わたし自身はうまく隠していたつもりだったのです。沙月ちゃんには敵わないなと素直に思います。
だからといって、理由を説明することはできません。雨森さんの話題は沙月ちゃんの前では御法度です。
沙月ちゃんはしばらく無言のままでした。
気まずいような、甘酸っぱいような、奇妙な静寂でした。
「わたしは——」
沙月ちゃんが言葉を繋ぎます。わたしは笑顔を忘れて、沙月ちゃんの顔を見上げます。そこには、照れも気負いもない、自然な微笑みがありました。
「わたしは、日向の笑顔が好きだから。笑っている日向が好きだから」
わたしとしては、軽い遊びのつもりでいました。それなのにいつのまにか、遊びを飛び越えて、今まで経験したことのない、不思議な空気が漂っていました。心臓だけが異様に跳ね上がり、微熱に冒されたように、顔が紅潮していくのを感じます。
沙月ちゃんは本心を話してくれている。
真摯に誠実に、わたしになにかを訴えかけるように。
沙月ちゃんの微笑みは温かい真綿のようにわたしを包み込みます。わたしはその温かさに応えなければならないと感じました。
けれど、わたしには沙月ちゃんが訴えようとしているものの正体がわかりません。それでも、わたしはなにかを言おうとして、唇を開きかけるのです。
「あ——!」
沙月ちゃんが我に返ったような声をあげました。わたしの開きかけた唇がそのままの形でとどまります。沙月ちゃんの顔が見る見る朱に染まっていきました。そしてそれを覆い隠すように、口元に手を当てて、顔を逸らすのでした。
「ごめん…! なんか変なこと口走った——」
その表情は複雑でした。恥ずかしがっているのは手に取るようにわかります。でも、それ以外に、後悔? 焦り? 諦め? そんな負の感情が見え隠れするのです。
「その変なことって、変な意味じゃなくて、変なのはわたしのほうで——。あー、わたしなに言ってるんだろう。——つまり、日向は笑っていたほうがいい、と、言いたいわけで」
最後の方は尻すぼみで、まるで自分で自分に言い訳をしているようでした。
沙月ちゃんの慌てぶりに、わたしは逆に冷静になることができました。いつもの、ふにゃっとした笑顔を取り戻せました。
「そうだよね。わたし、あまり真剣な顔は似合わないから、うん、沙月ちゃんの言うとおり笑ってたほうが似合ってるよね」
「そういう意味で言ったんじゃなくて、わたしはただ日向の笑顔が——」
今度は尻すぼみではなくて、それ以上言葉を続けることができないようでした。
一度ほぐれかけた空気がまた固まってしまうようでした。
沙月ちゃんは顔を赤くしたまま、わたしはあいまいな笑顔を浮かべたまま、どう対処すればいいのかわからない時間が過ぎていきます。
どのくらいそうしていたのでしょうか。気分を変えるためなのか、沙月ちゃんが窓の外に視線を向けました。
「もう、暗くなってきちゃったよ」
つられてわたしも窓の外を見ます。確かにさっきまで茜色だった空は薄紫色に染め変えられようとしていました。心なしか喧騒も小さくなっているようでした。
「いけない。仕込みがなんにも終わってない」
わたしは慌てて椅子から立ち上がりました。若干、わざとらしく、この空気を払拭するように。
「そうだ、わたしも手伝いにきたんだった」
沙月ちゃんも慌てたふうに、わたしに合わせます。
「ちょっと遊びすぎちゃったね」
わたしが反省を込めて言うと、沙月ちゃんは一瞬固まって、それからハハハと笑いました。
「遊びか…」
乾いた笑いと口調。
また微妙な空気になりそうだったので、つとめて明るく振る舞い続けることにしました。
「早く終わらせないと、下校時間になっちゃうよ」
「うん、じゃあわたしはなにをしたらいい?」
「そうだな、とりあえずバターを計量してもらっていい」
「オッケー」
ウインクでもしかねないくらい軽快な答えでした。さっそくスーツを脱いで、シャツの袖をまくり上げます。
一連の所作は颯爽として、かっこよくて、やっぱり沙月ちゃんは王子様のようでした。胸が高鳴り、見惚れてしまいそうになります。
きっと、お客様もこんな気持ちになったのかと、実感しました。
でも今は、クッキーの生地を仕込まなければなりません。本当なら焼くところまで終わらせたいのですが、そんな時間もありません。
わたしは沙月ちゃんに指示を出しつつ、自分の作業を進めていきます。
合間にたわいもない会話を挟みながら、仕込みをしていきます。
「そういえば、雪穂が明日は猫耳じゃなくて、ウサ耳にしようかなって言ってた」
「え、バニーちゃん⁉︎」
「メイド服じゃなくて、バニーガールの格好でもしてくるんじゃないか」
「それじゃあ、違うお店になっちゃうよ」
わたしたちはおかしな妄想をふくらませて、笑い転げます。
こんな日がいつまでも続く、そう信じられる瞬間でした、
でも、あの時、唇を開きかけたわたしは、なにを言おうとしていたのでしょうか。沙月ちゃんに言葉を遮られなければ、なにを伝えようとしたのでしょうか。
「だいじょうぶだって! 沙月ちゃんはいつもカッコいいけど、今日は特別にカッコいいから!」
沙月ちゃんは蝶ネクタイをいじりながら、わたしの顔を覗き込んできます。いじりすぎで、せっかくの蝶ネクタイの形が崩れてしまいそうです。既に斜めに歪んでいます。
いくらか猫背になって、せっかくのスーツ姿が台無しです。わたしは蝶ネクタイから沙月ちゃんの手をはずし、そっと両手で包み込みました。ハッとしたように、沙月ちゃんは手をひこうとします。わたしはそれにあらがうように、力を込めて握りしめました。
「もっと自信を持って。沙月ちゃんが一番素敵だから」
実際のところ、バトラー役の生徒は数人いるのですが、一番似合っているのは贔屓目に見ても、やはり沙月ちゃんでした。小麦色が残る素肌、陸上部を引退してから伸ばし始めた髪、なによりも運動で鍛え上げられた身体と、スラリと伸びた手足、スーツをピシッと着こなしています。背筋を伸ばせば、もう完璧です。が、多少ホストに見えないこともないような……。
わたしは沙月ちゃんの蝶ネクタイを直しながら、励まし続けます。
文化祭が始まります。土曜、日曜と二日間にわたって開催されます。
わたしたちの教室はすっかりアンティークな喫茶店へと変わっていました。プロデュースはもちろん美也乃さんです。曰く、英国ティーサロンだそうです。
わたしもこの日のために、クッキーやフィナンシェ、スコーンなど、数種類の焼き菓子を用意しました。ドリンクもコーヒー、紅茶、オレンジジュースなど、定番を揃えています。
「開店十五分前!」
委員長の声が響きます。「すごいよ! もう十人以上待っているから!」
おお、というどよめきがあがります。一気に緊張感が増してきました。
情報によると、陸上部の後輩たちが、沙月ちゃん目当てに押し寄せてきたようです。
「あの子たち、絶対わたしをからかいにきたんだ」
「そんなことないって、沙月ちゃんは後輩にモテモテだったじゃない。きっと憧れの先輩を見にきたんだよ」
頭をかかえる沙月ちゃんをなだめます。今日の沙月ちゃんは、カッコいいけど、カワイイ、そんな表現がぴったりです。
「ところで、わたしも変じゃない?」
わたしは沙月ちゃんから一歩距離をあけて立ちました。自信がないのは、沙月ちゃん同様、わたしもです。
美也乃さんのプロデュースは徹底していました。なんと接客をしないわたしたちに、メイド服を着せたのでした。
もちろんメイド服を着るのは初めてです。普段、こんなにレースのついた服や、ふんわりと膨らんだスカート、ニーハイソックスなど、身につける機会もないので、まったく落ち着きません。
ちなみに、このカフェに関わっている生徒全員が、スーツかメイド服を身につけています。みんなでコスプレ(?)をすれば、多少は抵抗感も薄れるだろうという考えらしいのです。
美也乃さんはスーツ姿、記録係も兼ねているので、首から一眼レフのカメラをぶら下げています。雪穂はメイド服、なぜかカチューシャが猫耳になっています。
わたしはスカートをつまんでみたり、カチューシャを直してみたり、沙月ちゃんの返事を待っていました。
わたしが視線を向けると、慌てて顔をそむけました。どうしたのかと思って、重ねて尋ねてみました。
「開店準備でバタバタしてたから、崩れたりしてないかな?」
「ダイジョウブ! 変じゃないし、ばっちり着こなせてるし、似合ってるよ」
沙月ちゃんは顔をそむけたままです。そんな状態で言われてもと思いました。
緊張して、落ち着かなくなっているのは、沙月ちゃんもわたしも同じです。
似合っていると言ってもらえただけでも、嬉しいものです。
「沙月ちゃんが似合ってるって言ってくれるなら、自信持っちゃおうかな」
わたしは若干頬を緩ませながら、その場で、くるりとターンをしてみせました。スカートの裾がふんわりと広がって、気分を高揚させます。
「自信を持って、いいと思う。日向が、一番かわいい——……と思う……」
沙月ちゃんの顔は今までにないくらい、真っ赤に染まっていました。
わたしは突然の告白に、大きく破顔していました。
ホームルームで、わたしがお菓子作りの担当に決まった時も、美也乃さんがメイド服を提案した時も、正直気乗りしないままでした。
毎年お手伝い感覚でしか参加してこなかった文化祭です。いきなり中心になって働けと言われても、戸惑いしかありませんでした。
それでも他の生徒たちと、ああでもないこうでもないと、意見を交わしながらなにかを作り上げていくというのは、思いのほか楽しいものでした。高校三年の文化祭という気持ちもあるのでしょう。最後の思い出という感傷も含まれるでしょう。
それでも、先ほどの沙月ちゃんの告白は、思い切ってやってよかったと、前向きに捉えることができるようでした。
「ありがとう、沙月ちゃん……!」
沙月ちゃんは今度こそ顔を合わせようとしてくれませんでした。本人にとっても大胆な告白だったようです。もちろん、わたしにとっても、面と向かって可愛いなんて言われたのは、生まれて初めてのことで、面映ゆいのはお互い様です。
気持ちも高まり、あとはやり切るだけです。
でも、たった一つ心残りが——。
わたしは出入り口の方をそっと見つめます。なるべく、誰にも気が付かれないように、そっと……。
開店前だから当たり前じゃなく、開店前にこそ、その扉が開いてほしい——。
「はい、そこのふたり。いつまでもイチャついてちゃだめニャン」
突然、猫耳メイドがわたしたちの間に入ってきました。
「ニャンじゃないよ。なんで雪穂だけ猫耳つけてんだよ?」
沙月ちゃんはごまかすように、少し強い口調でした。
「可愛いからニャン!」
めげない雪穂に、沙月ちゃんは憮然とした表情を浮かべます。
「それよりも、もうすぐ開店なんだから、ちゃんとスタンバイはできてるの?」
美也乃さんが取りなすように、話しかけてきます。そして、不貞腐れた顔をした沙月ちゃんをカメラでパシャリと撮影しました。
「美也乃も勝手に撮るなよ」
「執事がそんなにカリカリするべきではありませんよ。もうすぐお嬢様やご主人様がご帰宅されます。笑顔でお迎えしてください」
にっこりと微笑む美也乃さんには、執事長の貫禄すら垣間見えるようでした。
『おかえりなさいませ、お嬢様。お帰りをお待ちしておりました。お疲れではありませんか。お席をご用意してありますので、まずはお寛ぎくださいませ』
お出迎えからのセリフを復習している間に、開店時間が訪れます。
委員長を中心に円陣を組み、掛け声一発、執事カフェが開店しました。
結果から言うと、カフェは大成功でした。
予想を超える数のお嬢様やご主人様のご帰宅にわたしたちは忙殺されることになりました。
お目当ては、もちろん我らが沙月ちゃんです。特にお嬢様方からの受けは大変なものでした。握手をしてもらってはキャー、肩を組んでもらってはキャー、腕を組んでもらってはキャー、いっしょに写真を撮ってもらってはキャー、極め付けは微笑んでもらえたからキャー、そこらへんのアイドルにも、勝るとも劣らない黄色い歓声が上がるのでした。
しかし、沙月ちゃんも最初のうちはセリフも棒読みで、イヤイヤやっているのがうかがえましたが、一日目の午後にもなると調子が出てきたのか、執事が板についてきて、余裕と貫禄が垣間見えるようになりました。あれだけ歓声を浴びれば、その気にもなろうというものです。
沙月ちゃん以外の執事たちも概ね好評でした。
美也乃さんも数人のファンができていました。こちらは最初からノリノリで執事を演じていたので、どんなリクエストにも柔軟に対応していました。
予想外だったのが、私たちメイド役にも握手や撮影を求めるお嬢様方がいたことでした。
雪穂はいつもの軽いノリで、リクエストに応えていきます。
でも、わたしは完全に裏方に徹するつもりでいたので、対処の仕方に四苦八苦していました。初対面の人にいきなり話しかけられるわけですから、それだけで軽いパニックです。まともな受け答えなどできるはずもなく、意味もなくあははと笑っているだけでした。
それよりも、入ってきたオーダーをこなさなければなりません。忙しくなった時を想定して、シミュレーションをし、それなりに練習もしたつもりでした。しかし、想定を上回る忙しさに、所詮付け焼き刃でしかなかったことを、思い知らされました。
提供が遅かったり、オーダーを間違えていたり、持っていくテーブルを間違えていたり、ちょっとしたハプニングはありましたが、特別大きな問題もなく、やりおおせたと思います。
高校三年生、最後の文化祭としては大成功だったと思います。
わたし自身、お菓子担当という役割を、しかもリーダー的な存在として、文化祭に関わってきました。学校行事に積極的に関わるのは、まさに初めてのことでした。いつもなら、買い出しだったり、ポスターに色を塗るだけだったり、誰かの指示のもとで、ちょこちょこと動き回っているだけでした。逆に、他の人の邪魔にならないように、隅の方で突っ立っているだけなんていう時もありました。
そんなわたしにでも、成しとげられるのだと、自信がついたような気がします。
楽しかったと、素直に笑える充足感があります。
自分のクラスのカフェだけでなく、他のクラスの出し物も、今までになく楽しめました。
カフェの休憩時間を利用して、文化祭巡りをします。沙月ちゃん、美也乃さん、雪穂、いつものメンバーで、もちろん執事、メイドの服装はそのままで、いつにないハイテンションで学校中を闊歩します。
焼きそば、フライドポテト、フランクフルト、チュロス、チョコバナナ、かき氷を食べて、ラムネを飲んで、お化け屋敷に占いの館、絵画の展示、体育館でのダンスバトル、バンドライブ、校庭では様々なストリートパフォーマンスがおこなわれ、巨大迷路まで出現していました。
全部回りたいけれど、休憩時間はあまりにも短すぎました。まだまだ美味しそうな屋台や、興味を惹かれるパフォーマンスが目白押しでした。
わたしたちは笑い転げながら学校中を歩きまわっていました。しかも、服装が服装だけに、かなり目立っていたようです。時折、すれ違う人たちが、振り返ったりするのです。
慣れというものは恐ろしいもので、わたし自身はメイド服にほとんど抵抗をなくしていました。最初の気恥ずかしさもなくなり、逆に振り返られることに、心地よさすら感じ始めていました。
「みんなで写真撮ろ!」
雪穂の提案に、誰もがためらうことなく賛成します。美也乃さんのカメラで、クラスの生徒に頼んで四人それぞれのポーズで写真におさまります。当初、他人に見られることすら嫌がっていたのが嘘のように、執事やメイドになりきっていました。
休憩を終えて、教室に戻ると、順番待ちの列が、さらに伸びていました。
忙しさは最後まで続き、疲労困憊でした。疲れ果てて、ぐったりしているはずなのに、充実感があふれ出し、自然と笑みがこぼれるのでした。
明日は日曜日なので、更なる忙しさも予想されます。それを考えると、お菓子の在庫も気になって、追加で作っておいたほうがいいんじゃないかと思えてきます。幸い、材料は少しですが残っています。クッキーの生地だけでも仕込んでおけば、明日の朝一でオーブンに入れれば開店には間に合います。
クッキー生地を仕込むだけなら、わたしだけですぐにできてしまいます。手伝おうかという、沙月ちゃんたちの言葉に感謝しながら、だいじょうぶだと伝えます。
教室のほうの後片付けもまだ残っています。それに明日のセッティングもしなければなりません。それらをみんなにまかせて、わたしはひとり、調理実習室に向かいました。
扉を開けて、誰もいない実習室は、やけに広く感じられました。中に入り、扉を閉めると、それまでの喧騒が、遠くに聞こえるようでした。
ようやく、ひとりきりになれた、そんな安堵にも似た気持ちが訪れます。さっきまでみんなとはしゃぎまわっていたのが嘘のようでした。
とりあえず、手近にある椅子に腰を降ろすと、自然と溜息のようなものがもれていました。
スマホを取り出し、写真アプリを開きます。さっき撮ったばかりの写真が映し出されます。
沙月ちゃん、美也乃さん、雪穂、委員長もいます。クラスメイトみんないます。細川先生だっています。他校の知らない生徒もいます。小さな子供もいます。おじさんおばさん、おじいさんおばあさん、たくさんいます。
ほんと、楽しかった——!
そのはずでした。
でも、気づいてしまいました。たくさん撮った写真の中に、たったひとりだけいません。
ぽっかりと抜け落ちたように、まるで忘れ去られたように、その人だけいません。
なのに、笑っています。写真の中のわたしは笑っています。
なにが楽しいのか、なにが嬉しいのか、そこに映るわたしは確かに笑っていました。
こんな気持ちの中でも、わたしは笑っていられるのだと、つくづく思い知らされました。
あの人の不在のままで、わたし一人楽しんでいた……。
アプリを閉じて、スマホを机の上に置きました。頬杖をついて、窓の外を見るともなく見て、再度、溜息。
茜色に染まり始めた空、遠くに聞こえる喧騒、今日一日の出来事が嘘のようで、そして、明日もまた繰り返されるというのが、それも嘘のようで、明日もやっぱり姿を現さないのだろうと、それだけが重い真実のように、のしかかってきます。
雨森さんの不在は、改めて心を空虚にさせました。
あの、初めて挨拶を返してくれた朝以来、わたしたちは挨拶を交わすようになりました。ただし、それは「おはよう」と「さようなら」、それだけです。休み時間や放課後に会話を交わすこともありませんでした。美也乃さんたちが常に周りにいたことも、雨森さんに話しかけにくい要因でした。特に沙月ちゃんは休み時間になると、必ずわたしの席にやってくるのでした。まるで雨森さんとわたしが言葉を交わすのを阻止するようでもありました。沙月ちゃんはかなり雨森さんに反感を抱いているようでした。
当の雨森さんはまったく気にする様子もなく、文庫本を読んだり、ふらりと教室を出て姿を消したりと、変わらず孤高を貫くのでした。
当然ながら、雨森さんは文化祭の準備期間にも、手伝うどころか、一度も顔を出すことすらしませんでした。
そんな人が文化祭当日に、現れるなんて、到底考えられないことです。逆に、顔を出されても、あまりにも自分勝手な、厚顔無恥ともいえる振る舞いに、クラスのみんなはさらに悪印象を持つことでしょう。
それでも、わたしは文化祭にきてくれることを望みました。バトラーカフェで働くことはできなくても、いっしょに出し物を回るくらいはできるのじゃないかと、淡い期待を持ったのです。
それは透き通って見えるほど薄っぺらで儚く、わたしの空虚な笑い声に吹き飛ばされてしまいました。
なんとなく再びスマホを手に取り、写真アプリを開きます。今日一日だけで、何十枚と、撮ったり撮られたりしたなかで、いくらスクロールしても、雨森さんはいないのです。
どんなに探してもいない。そして、わたしは笑っている。
現実と心の中のギャップに激しく落ち込みかけていました。まさに溜息しか出ない状態です。
もう、数えられないくらいのため息をつこうとしたとき、調理実習室の扉が勢いよく開きました。
「はーい、日向! 手伝いに来たよ!」
テンション高く入ってきたのは、沙月ちゃんでした。バトラーの衣装のまま、手を振りながら、わたしのほうへ近づいてきます。そして手近にあった椅子を引き寄せ、わたしの正面に座りました。
「どうしたの? 教室の方の片付けは終わったの?」
なんでもないふうを装いながら、内心溜息をついたりしていたのを見られたのではないかと、ドキドキしていました。
「もう少しかかりそうだけど、あっち人手もたくさんあるし、大丈夫かなって」
沙月ちゃんはニカッと笑いかけてくれます。「それにやっぱ日向ひとりじゃ大変でしょ?」
沙月ちゃんはいつもこんなふうに優しいのです。わたしのことを気にかけてくれます。そして、言葉だけでなく行動に移してくれるのです。
少なくとも、ため息を忘れさせてれるほどには、その優しさが感じられます。
でも、もう少し、ひとりの時間が欲しかったというのも、本音でした。
そこは押し隠して、いつものようにふにゃっと笑い返します。
「ありがとう、助かるよ」
「元気ないみたいだけど、だいじょうぶか?」
「うん、慣れないことしたから、疲れちゃったみたい。それにはしゃぎすぎちゃったかな」
「最初は嫌々やってたくせに」
「それは、沙月ちゃんも、でしょ」
「あー、まあ、人のことは言えないか」
沙月ちゃんは苦笑いを浮かべます。
「ホントに最初は嫌々だったんだよね。でも、やってるうちに楽しくなってきちゃって。お菓子を作るのは元々好きだし、みんなでワイワイやってるのも楽しかった」
わたしはいったん言葉を切って、メイド服のスカートの端をつまみ上げました。
「このメイド服も、着たくなかったはずなのに、似合ってるとか、かわいいとか言われていると、だんだんその気になっちゃって、今じゃお気に入りになりかけているもんね。実際、このメイド服ってかわいいしね」
「わたしも、あんだけ乗せられたら、その気にもなるよね。かっこいいとかって言われて、写真やら握手やら、悪い気はしないな」
「でも、ホントに沙月ちゃんはカッコよかったよ。クラスの中でいちばん素敵だった」
沙月ちゃんは顔を伏せて、おもいっきり照れてしまいました。バトラーの服装のままなので、かっこいい男子が照れているようで、お嬢様方が魅了されるのも無理はありません。
「やめてくれ。日向に言われると、よけい恥ずかしくなる……」
「えー、なんで? わたし、同じクラスじゃなきゃ、沙月ちゃんに接客してもらいたいなって、思ったのに。『おかえりなさいませ、日向お嬢様』なんて沙月ちゃんに言われたら、好きになっちゃうかもだなあ」
わたしは、自分の言葉に、言いすぎたかと、恥ずかしくなってしまいました。「ごめん、ちょっと調子にのっちゃった」
沙月ちゃんは相変わらず顔を伏せたままでした。しばらくふたりとも無言の時間がすぎていきました。
「よし!」
沙月ちゃんは唐突に、椅子を鳴らして立ち上がりました。その顔には、まだ赤みが残っていました。それでも、何かを決心したように、唇を引き結んでいました。
「今から、わたしは日向のバトラーになる! できないこと叶えてあげる」
「え、で、でも——」
「でもじゃないよ。わたしがやりたいの」
沙月ちゃんは柔らかく微笑みます。そうして、右手を差し出し——。
「さ、日向も立って」
わたしの手をとって、ごく自然な動作で立ち上がらせました。あまりにも自然すぎて、戸惑うひまもありません。
「これじゃあ、まるで王子様みたいだな。役柄を間違えるところだった」
わたしの手を握る沙月ちゃんの手は温かくて、冷静そうに聞こえる言葉とは裏腹に、心なしか小刻みに震えているようでした。
沙月ちゃんの右手が静かに離れていきます。わたしの右手は行き場を失ったように、宙に漂っていました。
「じゃあ、もう一回やり直し」
沙月ちゃんの笑顔がより優しく、柔らかなものになりました。なんだか、本当にお嬢様を見守るバトラーのようです。
沙月ちゃんの右手が自身の胸のあたりに添えられて、きっちり四十五度のお辞儀をします。
「先程は失礼いたしました、お嬢様。改めまして、おかえりなさいませ、日向お嬢様」
顔を上げると満面の笑顔を送ってくれます。本当に我が家に帰ってきたような、包み込む笑顔です。
「今日はいつになくお疲れのようですね。まずはそちらの椅子に座って、お寛ぎください。すぐにお飲み物をご用意いたします。なにかご希望のものはございますか?」
わたしが椅子に座ると、沙月ちゃんはすかさず片膝をついてしゃがみ込み、わたしと視線を合わせてくれます。さすがにカフェではここまでの演出はなく、沙月ちゃんなりのわたしだけの特別な演出でした。
「では、コーヒーをお願いします」
わたしも沙月ちゃんに合わせてお嬢様モードで答えます。
「コーヒーでございますね。すぐにご用意いたします」
沙月ちゃんは立ち上がると、一礼をしてわたしに背中を向けて、立ち去るそぶりをしました。けれどそのまま立ち去ることはなく、踏み出した足を止めると、くるりと優雅にわたしに向き直りました、
「そうそう、本日はメイド長の日向が作ったクッキーがございます。ご一緒にお持ちいたします。わたくしもひとつ頂きましたが、それは絶品でございます。きっとお嬢様にもご満足いただけるかと」
「まあ、それは楽しみね。では、いっしょにお願いするわ」
言い終わるか終わらないかのところで、思わず吹き出してしまいました。「あーもームリ! メイド長の日向って、わたしは二役なの?」
「やっぱ、設定に無理があったかな。でも、実際日向のクッキーは美味しいから、ついお勧めしたくなっちゃった」
今の沙月ちゃんは役柄が抜け切っていないのか、やけにかっこよくて、普段口にしないようなセリフも当たり前のように口にします。
そんな沙月ちゃんが妙に照れくさくて、わたしは素知らぬふりで笑い続けていました。
「いいな」
沙月ちゃんがぽつりと呟きます。「日向は笑ってたほうがいいな」
「なに? 突然」
それじゃあ、まるで王子様だよ。
わたしはそんな言葉を飲み込みます。
わたしは今度こそ本気の照れ笑いを浮かべます。まともに沙月ちゃんの顔が見れませんでした。
「教室を出て行く時から、日向が元気がないように見えて、ちょっと心配してたんだ。疲れているだけならいいんだけど、他にもなにかあるのかなって。いつも日向は笑っているから、いつだって、笑っててほしいから」
そんな時から、わたしのことを気にかけてくれていたなんて、いつも気を使われっぱなしです。わたし自身はうまく隠していたつもりだったのです。沙月ちゃんには敵わないなと素直に思います。
だからといって、理由を説明することはできません。雨森さんの話題は沙月ちゃんの前では御法度です。
沙月ちゃんはしばらく無言のままでした。
気まずいような、甘酸っぱいような、奇妙な静寂でした。
「わたしは——」
沙月ちゃんが言葉を繋ぎます。わたしは笑顔を忘れて、沙月ちゃんの顔を見上げます。そこには、照れも気負いもない、自然な微笑みがありました。
「わたしは、日向の笑顔が好きだから。笑っている日向が好きだから」
わたしとしては、軽い遊びのつもりでいました。それなのにいつのまにか、遊びを飛び越えて、今まで経験したことのない、不思議な空気が漂っていました。心臓だけが異様に跳ね上がり、微熱に冒されたように、顔が紅潮していくのを感じます。
沙月ちゃんは本心を話してくれている。
真摯に誠実に、わたしになにかを訴えかけるように。
沙月ちゃんの微笑みは温かい真綿のようにわたしを包み込みます。わたしはその温かさに応えなければならないと感じました。
けれど、わたしには沙月ちゃんが訴えようとしているものの正体がわかりません。それでも、わたしはなにかを言おうとして、唇を開きかけるのです。
「あ——!」
沙月ちゃんが我に返ったような声をあげました。わたしの開きかけた唇がそのままの形でとどまります。沙月ちゃんの顔が見る見る朱に染まっていきました。そしてそれを覆い隠すように、口元に手を当てて、顔を逸らすのでした。
「ごめん…! なんか変なこと口走った——」
その表情は複雑でした。恥ずかしがっているのは手に取るようにわかります。でも、それ以外に、後悔? 焦り? 諦め? そんな負の感情が見え隠れするのです。
「その変なことって、変な意味じゃなくて、変なのはわたしのほうで——。あー、わたしなに言ってるんだろう。——つまり、日向は笑っていたほうがいい、と、言いたいわけで」
最後の方は尻すぼみで、まるで自分で自分に言い訳をしているようでした。
沙月ちゃんの慌てぶりに、わたしは逆に冷静になることができました。いつもの、ふにゃっとした笑顔を取り戻せました。
「そうだよね。わたし、あまり真剣な顔は似合わないから、うん、沙月ちゃんの言うとおり笑ってたほうが似合ってるよね」
「そういう意味で言ったんじゃなくて、わたしはただ日向の笑顔が——」
今度は尻すぼみではなくて、それ以上言葉を続けることができないようでした。
一度ほぐれかけた空気がまた固まってしまうようでした。
沙月ちゃんは顔を赤くしたまま、わたしはあいまいな笑顔を浮かべたまま、どう対処すればいいのかわからない時間が過ぎていきます。
どのくらいそうしていたのでしょうか。気分を変えるためなのか、沙月ちゃんが窓の外に視線を向けました。
「もう、暗くなってきちゃったよ」
つられてわたしも窓の外を見ます。確かにさっきまで茜色だった空は薄紫色に染め変えられようとしていました。心なしか喧騒も小さくなっているようでした。
「いけない。仕込みがなんにも終わってない」
わたしは慌てて椅子から立ち上がりました。若干、わざとらしく、この空気を払拭するように。
「そうだ、わたしも手伝いにきたんだった」
沙月ちゃんも慌てたふうに、わたしに合わせます。
「ちょっと遊びすぎちゃったね」
わたしが反省を込めて言うと、沙月ちゃんは一瞬固まって、それからハハハと笑いました。
「遊びか…」
乾いた笑いと口調。
また微妙な空気になりそうだったので、つとめて明るく振る舞い続けることにしました。
「早く終わらせないと、下校時間になっちゃうよ」
「うん、じゃあわたしはなにをしたらいい?」
「そうだな、とりあえずバターを計量してもらっていい」
「オッケー」
ウインクでもしかねないくらい軽快な答えでした。さっそくスーツを脱いで、シャツの袖をまくり上げます。
一連の所作は颯爽として、かっこよくて、やっぱり沙月ちゃんは王子様のようでした。胸が高鳴り、見惚れてしまいそうになります。
きっと、お客様もこんな気持ちになったのかと、実感しました。
でも今は、クッキーの生地を仕込まなければなりません。本当なら焼くところまで終わらせたいのですが、そんな時間もありません。
わたしは沙月ちゃんに指示を出しつつ、自分の作業を進めていきます。
合間にたわいもない会話を挟みながら、仕込みをしていきます。
「そういえば、雪穂が明日は猫耳じゃなくて、ウサ耳にしようかなって言ってた」
「え、バニーちゃん⁉︎」
「メイド服じゃなくて、バニーガールの格好でもしてくるんじゃないか」
「それじゃあ、違うお店になっちゃうよ」
わたしたちはおかしな妄想をふくらませて、笑い転げます。
こんな日がいつまでも続く、そう信じられる瞬間でした、
でも、あの時、唇を開きかけたわたしは、なにを言おうとしていたのでしょうか。沙月ちゃんに言葉を遮られなければ、なにを伝えようとしたのでしょうか。
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