恋愛図書館

よつば猫

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裏図書館2

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 そんな思いを抱えて、数日後。

「では早坂さん。
少し遅くなるかもしれませんが、桜菜をお願いします」
その夜、広部さんは医師妻の食事会に参加するらしく。

「はい。
明日は休みなので、ゆっくりして来て下さい」
喜んでその役目を引き受けてた俺は、結歌の家の鍵を預かった。



「じゃあ桜菜、晩ご飯は何が食べたいっ?」

「ハンバーグっ!
でもパパ、ほんとにおりょーりつくれるのっ?
うんどーかいのおべんとうも、パパがつくるんでしょ?」

「うん、パパは料理が得意なんだ。
けど今日は、桜菜も手伝ってくれたら嬉しんだけど……
まずは買い物から手伝ってくれるかな?」

 元気な返事をスイッチに、憂いた心が楽しさで騒ぎ出す。


 そうして、スーパーではしゃぎながら買い物を終えると。
今度は別の騒ぎが訪れる。

 いよいよ結歌の部屋が見れる!
そんなドキドキ感を引き連れて、桜菜に案内されたその部屋を訪れると……
そこは、こじんまりとした6畳ほどの1Kで。

 結歌らしい雰囲気に懐かしさを感じたり。
本人がいない状況や、俺の居場所がない現実に、切なくなったり。
狭い部屋から豊かではない生活を想像して、申し訳なくなったり。
いろんな思いが交錯する。

 それも束の間。
「パパおなかすいたぁ!はやくつくろ~?
まずは てをあらうんだよっ?」
しっかりした可愛い桜菜に絆される。


 そして一緒に作り始めると……
俺の料理の手捌きに、興奮の声が沸き起こって。

 食べ始めるとそれは、感動の声に変わって。
俺の心を嬉しさでどうしょうもなくくすぐった。


 それから、あっとゆう間に就寝時間が訪れて。

「じゃあパパ、えほんよんで~?」
照れくさいリクエストを受ける事に。

 本棚にズラリと並んだ、口がバッテンのうさぎの本を取って、表紙を開いた。

「–––––っっ!」

「……どーしたの?パパ」

「っ、いや、何でもないよっ」
そう誤魔化して、絵本を読み始めたら……

 はしゃぎ疲れてた桜菜は、早々と眠りに就いた。

 俺はすぐにページを見返しに戻して。
胸を震わせながら、視線を這わせた。


《XX年8月の、メッセージ本をおくります。

今日は海デビューをしたね!
はじめての波をこわがるどころか、ともだちになってた桜菜は、きっとお魚さんみたいにおよげるよ!
そしたらママにおしえてね?

かわりにママは、しあわせのビーチをおしえます。
そこで、ハッピーアイテムのかいがらを2つ見つけたら~?
ゆうきがもらえるかもしれません!
いつか行けるといいねっ》

 空と海の青を纏って、はしゃいでる桜菜のイメージとか……
もう辿り着けないそこを、しあわせのビーチと記してる事とか。

思い出の貝殻の事だとか、会いに来てくれる未来があったかもしれない事とか……
痛いくらい胸が詰まって。

 すかさず、全てのメッセージを読もうと。
1番右上の本から手に取った。

 それは、他の絵本と違って特別なもので。
赤ちゃん日記、とサブタイトルされたその本は……
妊娠や出産の思い出を写真や言葉でアレンジした、世界でたったひとつの絵本だった。

 よくわからない状態から形になっていく、何枚ものエコー写真。
大きなお腹で、鮮やかな眩しい笑顔を向ける可愛い妊婦さんの写真。

 生まれたばかりの愛くるしい桜菜の写真。
あちこちに散りばめられたコメント。
そして、桜菜への1stメッセージ……


《奇跡の宝物に、はじめましての本を贈ります。

あなたに「桜菜」とゆう名前をプレゼントさせて下さい。
臨月のウォーキングで桜と菜の花の公園を訪れた時、いつもお腹の中ではしゃいでたからです。

そしてママもその景色に、桜菜と会うための頑張るエネルギーをもらってたからです。

それだけじゃありません!
何度でも頑張る負けない強さと、どんな時でも楽しむ元気を持てますようにと、願いを込めてます。

桜菜との出会いは、最高の奇跡で……
あなたがいるだけで、ママは心から幸せです。

なのに桜菜には、寂しい思いをさせてしまうかもしれません。
でもこれだけは忘れないで下さい。

桜菜は、パパとママがとてもとても愛し合って生まれて来たとゆう事を。
だから桜菜は、愛されて生まれて来た宝物なんです!

生まれて来てくれて、本当にありがとう》

 ポタッ、ポタタと。
例えようもない激情が込み上げて、不可抗力に溢れ出して……
しばらく俺は、その激しい感情に飲まれてた。

 だけど、なんとかそれを落ち着けると。
次の本、次の本へと……
桜菜に贈られた、桜菜図書館のメッセージ本を読み進めた。

 それらは成長記録のように、日々の思い出や節目行事の様子が綴られてて……
まるで俺までその成長を見守って来たかのような、錯覚に包まれる。

 そして一通り読み終えた所で、ハッとする。

 写真集や大人向けの本がズラリと並ぶ、隣の本棚を映して。
まさかとゆう思いで……
1番右上にある、続編のような道の写真集を手に取ると。
見返しを開いて、愕然とした。


《XX年10月、愛する道哉へ

本当に、本当に、ごめんなさい。
それでも私は、この先もずっと……
道哉への想いを、断ち切る事は出来ません。

迷惑なのはわかってるけど……
ちゃんと心に閉じ込めておくので、どうか許して下さい。

そしてこれからも、毎月メッセージ本を贈ります。
といっても直接贈れないので。
道哉へのメッセージ本を、自分に贈りたいと思います。

意味ないですか?
はい、自己満です。
ほんとは道哉図書館を作りたかった私の、裏図書館です。
勝手だけど願わくは、ここでだけ繋がらせて下さい》


 胸が、火傷したみたいに熱くなって……

 突き動かされるように、今度はその裏図書館のメッセージ本を次々と読み漁った。
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