恋愛図書館

恋愛図書館３

　数年後。


「ね、クレープ食べて帰ろー？」

「だったら恋れんカフェっしょ！
てかパスタも食べたくなっちゃったなぁ。
だってあそこの料理、中毒的に美味しんだもんっ」

「だよねー。
この前も雑誌に取り上げられてなかった？
あっ、アンタも行ってみない？
今日部活休みでしょー？」

「うん、行ってみたいんだけどさ。
本屋寄りたいんだよね。
もうすぐ彼氏の誕生日でさ、なんか本とか贈りたいなって」

「だったらよけー恋カフェだよ！
ブックカフェだし、セレクトが最高だから絶対オススメ！
しかもオーナーシェフの愛の歴史とも言えるメッセージが、それぞれの本に綴られててさぁ！
それだけ読んでも恋愛小説読んでる気分になるし、色んなヒントにもなっちゃうんだよっ？」



◇

　俺は夢を実現してた。

　桜菜が寂しくないように、店舗兼の自宅を建てて……
そこでブックカフェを開いてた。

「いらっしゃいませー！」
店内に入って来た女子高生たちに、オープンキッチンから声掛ける。

　ディナーメニューでは、高めのコース料理とかも扱ってるけど。
ランチ＆カフェメニューは手軽な価格帯に設定してて。
特に夕方限定で出してるクレープには、学生達が集まってた。


「ほら！
これなんか誕生日にピッタリじゃない！？」

「うん……
てゆうか、メッセージほんといいね。
なんか参考になる。
みんなはどのメッセージが好き？」

　ブックコーナーに移った女子高生達が、メッセージ本で盛り上がる。
ここではそれと同じ本の販売もしてた。

「んー？
まー全部読んだワケじゃないし、誕プレの参考にはなんないと思うけどさー。
あたしは断然コレかな」

　それは、俺の１番大切なメッセージだった。


《再会の愛冊(あいさつ)に、私の大好きな本を贈ります。

長い長い時間から、帰って来たら……
目の前に愛が見えたよ。

迎えに来てくれて、ありがとう。
ただいま》

　いびつな文字で綴られたそれは……
長い昏睡で自由に動かなくなった身体で、一生懸命記されたものだった。


　そう、あのあと俺は……
無我夢中で結歌にキスした。

　愛を注ぐように……
命を掴まえるように。

　それはどれくらいの時間だったのか……
だけどバイタルは乱れなくて。

　ふいに、僅かな反応を感じて。
恐る恐る確かめると……

　キミの瞳が、ゆっくりと光を灯した。


　ゆらゆらと眩い水宝が集まって……
弾けたそれが、キミから零れるのを初めて見つけて。

　頬に添えてた俺の手に、ストンと繋がったその涙跡は……
愛を繋ぐ道に見えた。


　俺はもう、胸が燃えるように熱くなって。
あまりの嬉しすぎる衝撃に、魂を揺さぶられて。
今度はこっちが気絶しそうだった。


　後で知った話。
唇は特に敏感に刺激を感じ取るらしい。
それだけじゃなく、こういった奇跡はごく稀に起きてるようで。
原因は解明されてないけど……
生命維持装置を外した事が、何らかの刺激になったと考えられてるらしい。

　だけど俺は……
頑張ったキミと信じた俺の、愛の力なんじゃないかと思ってる。


「……うん。
短いけど、すごくいいね。
私もこの本も好きだし、メッセージとも何気に合ってるし」

　その本は……
時間を盗まれた所為で、余裕や楽しむ事を失ってしまった人々に、その時間を取り戻してくれた不思議な少女の話。

　ファンタジックな設定だけど、どこかリンクしてて。
俺達も心の余裕や掛けがえのない時間を失ってたから、その内容に深く感銘を受けたし。
取り戻した愛しい時間に、あの頃感謝で埋め尽くされてた。


「このメッセージ、あの笑顔が素敵なクレープのお姉さんが書いたの？」

「そう！
オーナーシェフの奥さんで、ここのパティシエールなのっ。
すごいんだよ～。
ここのケーキ、昼過ぎにはほとんど売り切れちゃうんだって！」

「へぇ、食べてみたいな……
って、あれ？
この本メッセージがないよ？」

　その手元には、俺にとって１番可愛いメッセージ本。

「あー、ソレね？
見返し書くとこないから、ほら。
仕掛けのラブレターに仕込まれてるワケ」

　絵本の仕掛けで登場するラブレターの封筒には、本来のカードとは別にうさぎの便箋が入ってた。


《お父さん、お母さん、けっこんしきおめでとう！
サナもこれからけっこん記ねん日に本をおくります。

お父さん、いつもサナとお母さんをいっぱいだきしめてくれてありがとう。
お母さん、いつもサナとお父さんにいっぱいえがおをくれてありがとう。

そして２人とも、いつもおいしいごはんとおやつを作ってくれてありがとう。
桜菜もべん強がんばるよ！》

　その絵本は……
正しく俺達みたいな気持ちの２人が、ラストに結婚する内容で。
楽しくなる色んな仕掛けと配色に、桜菜のメッセージが合わさって。
ほんとにもう、悶えるほど可愛くて堪らない！

「うわ、可愛い！
メッセージもだけど、この本めちゃくちゃキュンキュンするっ。
これ買お」

「え、それに決めちゃうのっ？
こっちもいいよっ？」

　そう勧められたのは……
結歌が好きそうだと思ってチョイスした、動物達の愛や奇跡の心温まる写真＆ストーリー。
キミは興味津々に食い付いて、感動してたっけ。


《XX年７月の刊

いよいよ明日の栞日、俺達の夢が始まるね。
なんだか今日までの日々が巡ります。

出会って世界が鮮やかに変わった日。
図書館が始まった日。
夢が重なった日。
キミと離れてたモノクロの日々。
桜菜と出会った日。
再会に涙した日。
桜菜の入学に備えて籍だけ入れた日。
苛酷なリハビリの日々。
キミのドレス姿に発狂しそうだった挙式の日(笑)

新婚旅行は桜めぐりのプチ旅行になっちゃったけど。
勇敢に咲き誇る、写真集の桜にも会いに行けたし。
一緒に見たＧ公園の絶景は、感覚が破壊されそうなくらい綺麗だったね。

だけどほんとは、結歌を散々甘やかすつもりでいたのに……
一緒に居られるだけで特別だからって。
新婚旅行も、当初は結婚式までも節約しようとしてただろ？

だから俺は、その分もお釣りがくるくらい。
明日からの頑張りに変えたいと思います。
桜菜をしっかり守りながら、ここからまた新しい俺達を始めよう！

俺はここで、最高の美味しさと沢山の楽しさを生み出して。
料理だけじゃなく。
お客さんの笑顔はもちろん、もっともっと結歌の笑顔を作りたい。

そんな笑顔あふれる日々を誓って。
可愛いパティシエールさん、よろしくお願いします》

　キミは笑顔を弾けさせて……

「なっが！
でもそのぶん気持ちを感じますっ。
セクシーでカッコいいシェフさんっ？
こちらこそよろしくです！」
そう頬っぺにキスしてくれたっけ。

　なんて、思わずその本人に視線を向けると。
パチっと繋がって、ん？っと可愛い笑顔が向けられた。

　俺は何でもないよと、首を横に振りながらも。
そんな事すら愛しくて、幸せが胸にくる。


　ちなみに女子高生は、結局仕掛け絵本の方を買ってくれたみたいだけど。
また遊びに来てくれるそうだ。




◇

　そうして今日も……

「おはよっ」
愛しい声が、心地よく鼓膜を揺らして。

「……ん、おはよ」
朝だけは甘えたい俺は、寝ぼけながらキミを抱き寄せる。

　どっちからともなく、おはようのキスを交わすと……
時々。

「……んんっ、長いよっ？」

「もう少しだけ」
止まんなくて、キミを腕の中に閉じ込める。

「もうっ、桜菜はとっくに起きてるよっ？
道哉も頑張って下さーい」
だけど大体、愛娘とゆう急所を出されてかわされる。


「あ、今日の麻里ちゃんトコのお祝いディナーだけど。
幼児食の準備はバッチリですかっ？」

「当たり前だろ？
最高のディナーにするよ」

「さっすが道哉っ！もぉ大好きっ」
不意に、キミから熱烈なキスが少しだけ再開されて……

　あぁもう、たまにこんなサプライズがあるから堪らない。

　よし、頑張ろ。
今日はどんな楽しさと、笑顔を作れるかな？



　そんな風に俺達は、ずっと恋愛してくんだと思う。

　そして……
繋ぎ合った愛を綴って。
何でも心の内を綴って。
色んな思い出を綴って。
他愛ない日常を綴って。

　俺達の図書館は、これからも愛の軌跡を増やしてく。


　けどそれは、俺達だけじゃなくて。
きっと誰もが心の中に、図書館を持ってて。
恋愛の鮮やかな時間や報われない思い出、その時々の気持ちを綴ったストーリーが入ってる。

　俺達はただ、それを形にしただけで……


「いらっしゃいませ～！
恋愛図書館にようこそっ」



　目に映る景色はいつも、鮮やかな笑顔で溢れてた。








完