虹色アゲハ【完結】

よつば猫

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オオルリアゲハ2

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 そして偽誕生日、当日。
鷹巨は高級フレンチを予約していて……
揚羽はそこでお祝いをしてもらっていた。

「このスズキのポワレ、絶品ですねっ」

「でしょっ?
今が旬だし、僕のお気に入りなんですっ」
ほんとに楽しそうな笑顔をみせる鷹巨を前に。

 このあとその笑顔が絶望に塗り潰されるのかもしれないと、可哀想になる。

 だとしても、手加減はしないし。
鷹巨のためにも、現実を突きつけなきゃと思い直す。


 それから食事を終えると、リクエストしていたプレゼントが渡された。

「うそ、ひと通り揃えてくださったんですかっ?
どうしよう、感動です……
しかもチョイスセンスまで最高ですっ」

「喜んでもらえて良かったです。
実は、そうゆうのあんま分かんなくて。
気に入ってくれなかったらどうしようって、内心ドキドキしてたんで」

「いえもう気に入りすぎて、使うのが勿体ないくらいです。
お料理も本当に、びっくりするくらい美味しかったですし……
こんな素敵な誕生日は初めてです」

「ほんとですかっ?
うわそれ、僕の方が嬉しいですっ」


 そんなふうに、いい雰囲気で……
店を後にすると。

「あの、もう少しだけ一緒にいたいんですけど……
僕の家に寄ってもらってもいいですか?」

 仕掛けてきたわね。

「はい、私も一緒にいたいです」


 そうして……
2人ともワインを口にしていたため、タクシーで移動すると。

 もうすぐ着くという頃。
毒女が自宅から動く気配がないと、倫太郎からメッセージが届く。

 どういう事?
本命がいなきゃ意味ないじゃない……

 監視カメラが仕掛けられてるであろう部屋に、上がるつもりなど当然なく。
どうするかと、思考を走らせた時。

「運転手さん、すみません。
着いたらメーターを切らずに、少し待っててもらっていいですか?」

 不可解な発言をする鷹巨に、揚羽はますます困惑する。

 とりあえず、相手の出方を見る事にすると……
目的地に着くなり。

「じゃあちょっと、待っててください」
揚羽にまでそう言って、運転手にもぺこりとそれを促すと。

 鷹巨はマンションの中に消えて行った。


 なるほど、今から毒女を呼ぶつもりね?
それともカメラの起動でも?

 ひとまず、鷹巨が戻って来たらコンビニに誘導して、時間稼ぎをしようと目論む揚羽。


 ところが、戻って来た鷹巨は……

「改めて、誕生日おめでとうございます」
豪華なフラワーアレンジメントを差し出して来た。

 ふわりと、甘くて残酷な匂いが鼻をかすめる。

「ブッドレア、好きでしたよね?
だからプレゼントしたくて」

「え……
まさかそのためにここへ?」

「はい、サプライズしたくて」

 別の意味で驚いたわよ……
あんた復讐する気あんの!?

「すごく、嬉しいです……
泣きそうなくらい、嬉しいです」


 吐きそうなくらい、嫌気がさすわ。
鷹巨に見送られた後、その匂いが立ち込める車内でそう毒づく。

 結局、鷹巨の行動から……
毒女は来れないのかもしれないと判断した揚羽は、日曜に決着をつける事にしたのだ。
さすがに、何が仕掛けられてるかわからない毒女の家に、乗り込む気はさらさらなかった。

 偽装住居に着くと、すぐにそのフラワーアレンジメントを捨てようとした揚羽だったが……
あまりに豪華で目立つため。
そのマンションに聡子が住んでると思っている鷹巨が、何かのきっかけで通った時。
捨てたのがバレてしまうと考え、渋々次のダミーマンションまで持ち越す事にしたのだった。




 その週末。

 あ、嫌気がさす匂いの根源……
例のごとく店にやって来た久保井に、そう毒づく揚羽。

 もっとも、その男の匂いは抱きしめられなきゃわからないレベルだけど。
思ったと同時、その記憶に胸が潰される。


 再び憎しみが込み上げながらも、なんとかやり過ごして……
時間を迎えて帰ろうとしている久保井に、お見送りの言葉をかけると。

「じゃあ来週、また電話して?」
久保井は揚羽をスルーして、隣の柑愛にそう告げた。

 ふぅん、シカト。
でもありがとう。
これでもう嘘つけないわよね?

 久保井が毎日通ってたのは最初の一週間だけで、今は週末しか来ておらず。
その言葉から連絡先は、先週入手していた事が窺えた。

 なのに柑愛から報告されてない事を考えると。
睨んだ通り、名刺の件は嘘だったと確信する。


「連絡先、聞いてたんじゃない。
その様子じゃ名刺も、ちゃんともらってるわよね?
まぁ私としては、確認させてもらえばそれでいいけど……
じゃ、見せてくれる?」

「……ムリです。
誰にも教えるなって言われたんで」

「だから何?
私が漏らさなきゃバレないんだし、約束したわよね?」

「……すみません。
でもあたし、久保井さんの事が好きなんですっ。
だから、好きな人との約束を優先したいってゆうか……」

 久保井は筋金入りの結婚詐欺師だし、そうなるのも時間の問題だとは思ってたけど……
やっぱりそう来たかと、ため息を吐く揚羽。

「あのね柑愛ちゃん。
忠告したわよね?あの男は危険だって」

「……てゆうか、揚羽さんに何がわかるんですか?
そんなの、久保井さんを取られたくなくて言ってるだけでしょ?
だいたい、久保井さんの事ならあたしの方がたくさん接してわかってます!」

「……そう。
だったら好きにすればいいわ」

 こっちはあんたを隠れ蓑にして、情報はハッキングするまでよ。

 でもその前に。
明日の毒女から片付けなきゃねと、揚羽は苛立ちをそっちに向けた。

 その毒、たっぷりはね返してあげる。




 日曜。
揚羽は誕生日のお礼と称し、鷹巨を高級和食店に誘い出していた。

「聡子さん、さすがにここはお気持ちだけで。
ずっと来たいと思ってたんで、僕にご馳走させてください」

「それじゃお礼にならないですし、もうすぐ多額のボーナスが入るので気にしないでください。
それに……
私もサプライズを用意してるので、食事どころじゃなくなるかもしれませんよ?」

「そうなんですかっ?
うわなんだろ、すごく楽しみですっ」

 ごめんね鷹巨。
悪いけど、楽しいとは真逆になるわ。


 そうして、手配していた個室入ると。
鷹巨は目を大きくして固まった。

 目の前には毒女が座っていて。
この状況に怪訝な視線を向けていたが……

「はじめまして、石野聡子です」
揚羽がそう微笑むと。

 毒女の目も見開かれる。


 そう、鷹巨がアクセスした偽通販サイトには、ウイルスが仕込まれていて。
天才ハッカーによって、携帯を操作されていたのだ。

 それにより、メッセージで毒女をこの個室に呼び出し。
その送受信はすぐに消去され、やりとりの間は通知音も切られていたため。
鷹巨は気付く事なく、毒女も鷹巨からの連絡だと思い込んでいた。

 そして同じ手口で……
聡子の顔写真が手に入ったと、事前に別人の画像を送っていたため。
毒女は、知らない女が同行している状況を怪訝に思い。
名前を聞き、当然驚いたのだった。


「どういう事!?」
「いや俺もさっぱりっ……」

 揚羽は動揺する2人に「ご説明しますので」と、上座に並んで座らせた。
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