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ミカドアゲハ3
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その夜、仕事を終えると。
心がボロボロに疲れ果てた揚羽は、倫太郎に甘えたかったが……
同じ局面で拒絶された手前、出来なくて。
かといって他に甘えられる場所もなく。
でも独りにはなりたくなくて……
以前のように、店の近くの公園に向かった。
その時。
「聡子さんっ」
例の天然記念物男に、腕を掴まれて引き止められる。
「よかった会えて~。
前にここで会った時、すごいサマになってたから。
もしかして夜の仕事が本職じゃないかなって、この辺ウロついてたんだ。
ほら、マンションには来るなって言われてたからさ」
「……でもその後に、しつこい男は嫌いとも言ったはずだけど?」
「言ったね」
鷹巨はふっと吹き出した。
「でも好きと嫌いは紙一重だから。
嫌われても会いに来なきゃ、何も始まらないかなって」
「いや来られても何も始まらないから」
「だとしても、やれるだけやってみたいんだ」
「だからって、やり手営業マンが聞いて呆れるわ。
毎週ストーカーするとか、あんた暇人?」
思わず倫太郎の口調を真似て突っ込むと、ますますその本人に甘えたくなった揚羽だったが……
何かと理由をつけて家にも来てくれないほど、一線引かれてる関係だと。
改めてその感情を押し潰す。
「まさかっ、これでも多忙だよ?
でも聡子さんのためならいくらでも時間作るし。
前みたいに、元気がない時はいくらでも慰めるよ?」
そう言われて……
そういえば人の表情を逃さない男だったと、思ったと同時。
甘えどころを見つけて、だったらまた利用させてもらおうと思い立つ。
「ふぅん、じゃあ楽しませてよ。
楽しくなかったら速攻帰るからね?」
「あははっ、仰せの通りに。
では女王様、お手をどうぞ」
「……バカなの?
指名客に彼氏と思われたら、って……
ちょっと!」
鷹巨は強引に揚羽の手を取り、走り出した。
「走ったらわかんないよっ」
「余計目立つわよバカ!
しかもヒールなんだから考えなさいよっ」
「あそっか、じゃあ」
くるりと体を翻した鷹巨は、ひょいと揚羽を抱き上げた。
「ちょっ……
やめてよ!下ろしなさいよっ」
「暴れると余計目立つよ?
俺に抱き付いて、顔隠してた方がいんじゃない?」
こんっの策士!
後で覚えてなさいよっ?
そう思いながらも、その温もりに癒しを感じてしまうと……
「……うん、いい子」
「はああ!?
誰に向かって言ってんのっ?」
「ほらっ、顔隠さなきゃ」
ああもう!
もどかしい思いで、再びぎゅっと抱きつく揚羽。
そんな調子で、連れて行かれた場所は……
「うそ、インコがいる」
「そう、夜の鳥カフェなんだ」
そこは普通席の他に、天井から吊られた鳥籠のある席が2つあり。
希望者は予約順に、20分単位で座れるシステムだった。
「おう鷹巨、いらっしゃい。
こんな綺麗なお姉さん連れて~。
見せびらかしに来たのかぁ?」
「まぁね。
ソラの席、座れる?」
「おう!電話予約してくれてたよなっ?
あと10分待ってくれよ~」
そう目配せしたマスターは、鷹巨の友人だそうで。
電話予約してた事にして、優遇してくれたのだった。
その席に座ると、早速。
「ワ~、カワイイ、カワイイネ」
青いインコが揚羽に声掛けてきた。
「ふふ、キミの方が可愛いわよ」
「このコ、ソラって言うんだ。
オスだから、やっぱ綺麗な女性には目がないのかなっ」
「ナンダコイツ、ウケル~。
ナンダコイツ、ウケル~」
「馬鹿にされてるわよ、鷹巨」
思わずそう吹き出す揚羽。
「こいつ、鳥のくせにっ」
「やっぱり動物の本能でバカは見抜けるんじゃない?」
「うわ、辛口。
まぁそんなストレートなとこも好きだけどさ」
甘い視線を向ける鷹巨に。
「ウケル~、ウケル~」
再びそう突っ込むソラ。
揚羽は言葉を失くして、クスクスと笑い崩れた。
「いや笑いすぎっ。
あぁも、ソラ!
ちょっとは援護しろって」
「ソラチャン、カシコイネ。
ソラチャン、カシコ~イネ」
「いや賢いならもっとさぁ、」
「コンナジカンナノニ、ネムクナイノ?」
「眠くないよっ、そうじゃなくてっ……」
「もうやめて鷹巨っ、お腹痛いっ」
恐らく、普段掛けられてる言葉を反復しているだけなのだろう。
それでも揚羽は、こんなに笑ったのは記憶にないくらい久しぶりだった。
そして鷹巨は、そんな揚羽を嬉しそうに見守っていた。
「けっこう楽しめたわ。
じゃあ帰るわね」
「楽しめたのに帰るんだ?」
「あんまり夜更かしすると、お肌に悪いからね」
というのは口実で。
自分が帰らないと、その動向を見守ってくれてる倫太郎が眠れないからだった。
「そっか、じゃあ送るよ。
そのために飲まなかったし」
「結構よ。
もう乗らなきゃいけない理由はないし、あんたを信用してるわけじゃないからね」
「そっか……
じゃあ今度お店に行っていいっ?
指名するよ」
「それも、間に合ってるから結構よ」
「そっかぁ……」
しゅんとする鷹巨。
「でも……
また元気を失くしたら、ソラちゃんのとこなら付き合ってあげてもいいわよ」
「ほんとにっ!?
よっしゃ!ありがとうっ」
子供みたいに喜ぶ姿を、ため息混じりに微笑みながらも……
自分の方がありがとうだと。
久保井の事を一時でも忘れさせてくれた鷹巨に、内心感謝する揚羽だった。
◇
「どう?
名義の女の事、何かわかった?」
その日揚羽は倫太郎に電話して、事の経過を確認していた。
2対2同伴の際、久保井にもウイルス付きの同伴場所を柑愛経由で送っていたが……
それは完全に詐欺用携帯で、得られたのは位置情報くらいだった。
『あぁ、まだ調査中だけど……
その女は詐欺師だった』
「詐欺師?
って事は、久保井のバディ?」
どうして自分じゃ駄目だったんだろう。
そんなくだらない考えが、ふいに脳裏をよぎった。
信頼されるバディと騙された自分は、一体何が違ったんだろうと。
『……おい、聞いてんのか?』
「あぁごめん、なんだった?」
『や、引き続き調べとくっつったんだけど。
返事ねぇから』
「ごめんごめん、こっちも他の情報集めてみるわ」
『……ん、じゃあな』
揚羽の様子を心配しながらも。
相変わらず何も出来ずに切ろうとすると。
「待って倫太郎っ、お腹空いてない?
何か作ってあげようか?」
思わず引き止めてしまう揚羽。
『は?
まぁ作ってくれんなら、喜んで食うけど……』
本当は食べたばかりだったが、そんな嬉しい申し出を断るはずがなかった。
そうして、倫太郎の家を訪れた揚羽は……
食事の最中。
「ねぇ倫太郎。
私って、バディとして使えない?」
「は?
だったらこんな長く一緒にいねぇだろ。
なに気にしてんだよ」
「ん……
なんとなく、自信喪失?」
「バカじゃねぇの?
まぁ、怖いもの知らずで心配んなる事はあるけど。
最高のバディじゃね?」
当然だとでもいうように、鼻で笑う倫太郎。
途端、瞳がじわりとして……
下唇を噛む揚羽。
「……ありがと。
生意気版ソラちゃんね」
「は?
誰だよそれ」
「ふふ、ちょっとね」
その夜の鷹巨との接触は、また倫太郎が心配して駆けつけるかもしれないと思い、盗聴器をオンにしなかったのだ。
「……つかなに弱気んなってんだよ、更年期?」
「はあ!?
まだそんな歳じゃないわよっ。
あんたマジで殺されたいの?」
「ははっ、やってみろよ。
お前のためならいくらでも死んでやるよ」
思わず口走って。
マズい!と焦る倫太郎。
「なに本気にしてんだよ、自意識過剰っ?」
目を大きくしている揚羽に、慌てて突っ込む。
「誰も本気にしてないわよ……
ほんっと減らず口ね」
そう返しながらも。
揚羽もまた、ドキリとした胸を誤魔化していた。
心がボロボロに疲れ果てた揚羽は、倫太郎に甘えたかったが……
同じ局面で拒絶された手前、出来なくて。
かといって他に甘えられる場所もなく。
でも独りにはなりたくなくて……
以前のように、店の近くの公園に向かった。
その時。
「聡子さんっ」
例の天然記念物男に、腕を掴まれて引き止められる。
「よかった会えて~。
前にここで会った時、すごいサマになってたから。
もしかして夜の仕事が本職じゃないかなって、この辺ウロついてたんだ。
ほら、マンションには来るなって言われてたからさ」
「……でもその後に、しつこい男は嫌いとも言ったはずだけど?」
「言ったね」
鷹巨はふっと吹き出した。
「でも好きと嫌いは紙一重だから。
嫌われても会いに来なきゃ、何も始まらないかなって」
「いや来られても何も始まらないから」
「だとしても、やれるだけやってみたいんだ」
「だからって、やり手営業マンが聞いて呆れるわ。
毎週ストーカーするとか、あんた暇人?」
思わず倫太郎の口調を真似て突っ込むと、ますますその本人に甘えたくなった揚羽だったが……
何かと理由をつけて家にも来てくれないほど、一線引かれてる関係だと。
改めてその感情を押し潰す。
「まさかっ、これでも多忙だよ?
でも聡子さんのためならいくらでも時間作るし。
前みたいに、元気がない時はいくらでも慰めるよ?」
そう言われて……
そういえば人の表情を逃さない男だったと、思ったと同時。
甘えどころを見つけて、だったらまた利用させてもらおうと思い立つ。
「ふぅん、じゃあ楽しませてよ。
楽しくなかったら速攻帰るからね?」
「あははっ、仰せの通りに。
では女王様、お手をどうぞ」
「……バカなの?
指名客に彼氏と思われたら、って……
ちょっと!」
鷹巨は強引に揚羽の手を取り、走り出した。
「走ったらわかんないよっ」
「余計目立つわよバカ!
しかもヒールなんだから考えなさいよっ」
「あそっか、じゃあ」
くるりと体を翻した鷹巨は、ひょいと揚羽を抱き上げた。
「ちょっ……
やめてよ!下ろしなさいよっ」
「暴れると余計目立つよ?
俺に抱き付いて、顔隠してた方がいんじゃない?」
こんっの策士!
後で覚えてなさいよっ?
そう思いながらも、その温もりに癒しを感じてしまうと……
「……うん、いい子」
「はああ!?
誰に向かって言ってんのっ?」
「ほらっ、顔隠さなきゃ」
ああもう!
もどかしい思いで、再びぎゅっと抱きつく揚羽。
そんな調子で、連れて行かれた場所は……
「うそ、インコがいる」
「そう、夜の鳥カフェなんだ」
そこは普通席の他に、天井から吊られた鳥籠のある席が2つあり。
希望者は予約順に、20分単位で座れるシステムだった。
「おう鷹巨、いらっしゃい。
こんな綺麗なお姉さん連れて~。
見せびらかしに来たのかぁ?」
「まぁね。
ソラの席、座れる?」
「おう!電話予約してくれてたよなっ?
あと10分待ってくれよ~」
そう目配せしたマスターは、鷹巨の友人だそうで。
電話予約してた事にして、優遇してくれたのだった。
その席に座ると、早速。
「ワ~、カワイイ、カワイイネ」
青いインコが揚羽に声掛けてきた。
「ふふ、キミの方が可愛いわよ」
「このコ、ソラって言うんだ。
オスだから、やっぱ綺麗な女性には目がないのかなっ」
「ナンダコイツ、ウケル~。
ナンダコイツ、ウケル~」
「馬鹿にされてるわよ、鷹巨」
思わずそう吹き出す揚羽。
「こいつ、鳥のくせにっ」
「やっぱり動物の本能でバカは見抜けるんじゃない?」
「うわ、辛口。
まぁそんなストレートなとこも好きだけどさ」
甘い視線を向ける鷹巨に。
「ウケル~、ウケル~」
再びそう突っ込むソラ。
揚羽は言葉を失くして、クスクスと笑い崩れた。
「いや笑いすぎっ。
あぁも、ソラ!
ちょっとは援護しろって」
「ソラチャン、カシコイネ。
ソラチャン、カシコ~イネ」
「いや賢いならもっとさぁ、」
「コンナジカンナノニ、ネムクナイノ?」
「眠くないよっ、そうじゃなくてっ……」
「もうやめて鷹巨っ、お腹痛いっ」
恐らく、普段掛けられてる言葉を反復しているだけなのだろう。
それでも揚羽は、こんなに笑ったのは記憶にないくらい久しぶりだった。
そして鷹巨は、そんな揚羽を嬉しそうに見守っていた。
「けっこう楽しめたわ。
じゃあ帰るわね」
「楽しめたのに帰るんだ?」
「あんまり夜更かしすると、お肌に悪いからね」
というのは口実で。
自分が帰らないと、その動向を見守ってくれてる倫太郎が眠れないからだった。
「そっか、じゃあ送るよ。
そのために飲まなかったし」
「結構よ。
もう乗らなきゃいけない理由はないし、あんたを信用してるわけじゃないからね」
「そっか……
じゃあ今度お店に行っていいっ?
指名するよ」
「それも、間に合ってるから結構よ」
「そっかぁ……」
しゅんとする鷹巨。
「でも……
また元気を失くしたら、ソラちゃんのとこなら付き合ってあげてもいいわよ」
「ほんとにっ!?
よっしゃ!ありがとうっ」
子供みたいに喜ぶ姿を、ため息混じりに微笑みながらも……
自分の方がありがとうだと。
久保井の事を一時でも忘れさせてくれた鷹巨に、内心感謝する揚羽だった。
◇
「どう?
名義の女の事、何かわかった?」
その日揚羽は倫太郎に電話して、事の経過を確認していた。
2対2同伴の際、久保井にもウイルス付きの同伴場所を柑愛経由で送っていたが……
それは完全に詐欺用携帯で、得られたのは位置情報くらいだった。
『あぁ、まだ調査中だけど……
その女は詐欺師だった』
「詐欺師?
って事は、久保井のバディ?」
どうして自分じゃ駄目だったんだろう。
そんなくだらない考えが、ふいに脳裏をよぎった。
信頼されるバディと騙された自分は、一体何が違ったんだろうと。
『……おい、聞いてんのか?』
「あぁごめん、なんだった?」
『や、引き続き調べとくっつったんだけど。
返事ねぇから』
「ごめんごめん、こっちも他の情報集めてみるわ」
『……ん、じゃあな』
揚羽の様子を心配しながらも。
相変わらず何も出来ずに切ろうとすると。
「待って倫太郎っ、お腹空いてない?
何か作ってあげようか?」
思わず引き止めてしまう揚羽。
『は?
まぁ作ってくれんなら、喜んで食うけど……』
本当は食べたばかりだったが、そんな嬉しい申し出を断るはずがなかった。
そうして、倫太郎の家を訪れた揚羽は……
食事の最中。
「ねぇ倫太郎。
私って、バディとして使えない?」
「は?
だったらこんな長く一緒にいねぇだろ。
なに気にしてんだよ」
「ん……
なんとなく、自信喪失?」
「バカじゃねぇの?
まぁ、怖いもの知らずで心配んなる事はあるけど。
最高のバディじゃね?」
当然だとでもいうように、鼻で笑う倫太郎。
途端、瞳がじわりとして……
下唇を噛む揚羽。
「……ありがと。
生意気版ソラちゃんね」
「は?
誰だよそれ」
「ふふ、ちょっとね」
その夜の鷹巨との接触は、また倫太郎が心配して駆けつけるかもしれないと思い、盗聴器をオンにしなかったのだ。
「……つかなに弱気んなってんだよ、更年期?」
「はあ!?
まだそんな歳じゃないわよっ。
あんたマジで殺されたいの?」
「ははっ、やってみろよ。
お前のためならいくらでも死んでやるよ」
思わず口走って。
マズい!と焦る倫太郎。
「なに本気にしてんだよ、自意識過剰っ?」
目を大きくしている揚羽に、慌てて突っ込む。
「誰も本気にしてないわよ……
ほんっと減らず口ね」
そう返しながらも。
揚羽もまた、ドキリとした胸を誤魔化していた。
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