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第2話 1日目午前 異世界に転移しました

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 まさかの想定外の展開だけど、ひとまず経緯を順を追って話してみよう。

 10日前のことだ。
 そろそろ帰ろうかなとスマホで時間を確認した、午後3時50分の事だった。
 場所は僕の通う市立高校の3階の教室。

 突如教室の床が光り始めた緊急事態にびっくりして、反射的に席から立ち上がって、それから呆然と立ち尽くした。

 床いっぱいに描かれた奇妙で禍々しい発光する文字と円形。
 まるでオカルトじみた魔法陣の出現。

 教室は光に溶けていく。逃げ出す暇なんて与えられず、脱出なんて到底無理だった。

 僕と同じように立ち上がったクラスメイトが4人。
 それぞれにスポットライトがあてられたように光り、放課後に突入したばかりの教室に残っていた他のクラスメイトたちは、異変に気づいた様子はなくゆっくりとかき消されていく。

 眉を寄せて固まっているのはクラスナンバーワンの爽やかイケメン、綾小路幸人。その腕に縋り付いて不安げにキョロキョロと首を振る茶髪のショートカットのかわいい系女子は、各務ハル。

 二人の近くで目を見開いている黒髪ロングの美少女、立花なお。

 少し離れた窓際で、ワナワナとデブい身体を震わせているのはオタクの佐藤だ。

《異世界の選ばれし方々》

 どこからともなく、全方向から聞こえてくる女性の声に、一層不安を掻き立てられる。

《どうか、世界をお救いください》

「……え? スケール大きすぎない?」

 驚愕が一周回って落ち着いちゃった。

 ここは学校とはいえ特殊な訓練なんて授業にない、ごくごく一般的な市立の普通科しかない、ただの高等学校なんだけど?
 救世主をお捜しならお門違いも甚だしいと思う。

 悪夢に魘されている自分を疑っている真っ最中に、拍車をかける妄想じみた無理難題を押しつけられるのかという疑いまで加算されて血の気が引く。

 少し待つ。固唾を呑んで続きを待つ。
 だけど、声はそれきり途絶えてしまった。

 説明、終わり?
 そんなアバウトな……。

「えーと、声の人! もう少し具体的に、そうだ、5W1Hで話してくれませんか?」

《………………え》

 あ、あれ? なにか沈黙と気の抜けた声が返ってきちゃったぞ?
 そんなに突飛な発言じゃなかったよね? なんとなく目が合ったクラスメイトたちに同意を求めると、皆で揃ってそっと目を逸らされた! この薄情者!

 想定外の質問? もしかしてアドリブに弱い人なの?
 それとも声の人の周囲には、5W1Hって存在しないとか?

 誰が、いつ、どこで、何故、どうやって、世界を救えばいいのか教えてほしかっただけなんだけど……。

《選ばれし方々のこの世界での時間は止めています。世界を救っていただけましたら、帰還をお約束しましょう》

 無かった事にされて、続きが始まっちゃった。台本でもあるのかな?

《ご助力として、ささやかながら皆様には神よりギフトを授けさせていただきます》

 どうしてこっちが頼まれる側なのに、ささやかな贈り物なんだろう? そこは大枚叩いてでも最大限の能力を差し出すところじゃないの!?

 身体の中に熱い流れみたいなものを感じる。
 これが、ギフト?

《どうか、世界をお救いください》

 〆られちやった!?

「ちょっ、説明が足りないんだけど!」

 声に合わせるように世界は一度グレーに染められて、ノイズ混じりの模様に変わり、またたく間に古臭い街並みに書き換えられた。

 まるでイリュージョン。
 周囲の変化に視覚がついていけなくて、クラっと目眩がして膝をつく。

 視界は石畳と噴水が綺麗な憩いの場に変化する。
 教室に居た時と同じ距離感で4人が同じように膝をついていた。

 これはやっぱり、アレかな?

「きたきたきたでござる! 異世界召喚キタでござるよ!」

 佐藤が巨体を踊らせて飛び上がった。
 両手をバンザイの形にして、奇声に近い裏返った大声を上げる。

 言葉にすると厨二病を疑われて負けかなって考えて黙っていたのに、オタクはやっぱり強いなぁ。

 つまりこれは異世界召喚。ラノベやアニメでよくあるやつに、まさか自分が巻き込まれる運命が待ち構えていたなんて驚きだよ。

「ねぇ、幸人、なにこれ」
「……」
「分かんねぇよ、おい、オタク、分かるように説明しろよ!」

 あ。自分より戸惑っている人を見ると逆に落ち着いてくるなぁ。

「周到なる準備のできていない凡人には、あえて言わせてもらうでござる。見てわからないなら、聞いてもわからんでござるよ」

 水を得た魚のごとく元気溌剌の佐藤はこれでもかと、リア充でリアルハーレムを地で行く綾小路を煽る煽る。

 水と油な関係だからね。

「ふざけてないで、説明してよ!」

 少々ヒステリックに各務は怒鳴った。
 誰かにこの不安をぶつけたい気持ちは理解できるけど、それ逆効果だから。

「ビッチの声は拙者の耳には届かないでござるよ!」

 また、煽るなぁ。
 佐藤から見たら綾小路と公認の恋人関係にある各務はヤリマンビッチの類なんだろう。
 オタクには処女厨が多いし、人の好みは千差万別。

「は? 何よビッチって!? キモいしゃべりかたすんなし!」
「ハル……ケンカしないで」

 無口でも話さないわけじゃない立花が激昂している各務の服を摘んで止めている。もしかすると声を聞いたのは初めてかも。

「おい、オタク! ふざけてないでちゃんと答えろって!」

 綾小路も頭に血を上らせて同調してしまったぞ。
 不味いな、そろそろ止めないと。ここがどこであれ、周囲から浮いている学生服という格好的にも異邦人丸出しなので注目されるのは出来れば避けたい。

「綾小路、少し落ち着いて。人が見てるよ」
「ちっ、えーと」

 名前が出てこないみたい。地味にショック。
 目立たないキャラでごめんなさい。

「狭間、何か知ってんの?」

 各務には名前を覚えてもらっていたみたいで、少しだけ気持ちは回復できた。

「そうだ、狭間だ、何だよこれは、ここはどこで、俺達はどうなった?」

 普通そういう反応だよね。ありがとう。綾小路たちに余裕がない分だけ、僕に冷静になれという余裕が流れ込んできたよ。
 
「僕にもわかんないよ。だから落ち着こうよ。変に目立って目を付けられたりしたら困るから」

 綾小路は、道行く人々が奇異の眼差しを向けている事に気づいて舌打ちを繰り返した。

「諸君らも聞いたでござろう? あれは世界の言葉でござるよ!」

 面白ワードが出てきたぞ。

「拙者たちは選ばれし者、神より与えられたギフトを用いて世界を救うのでござるよ!」

 リア充組の綾小路と各務は、こいつ何言ってんだ馬鹿じゃないの? と言いたげに目を細めた。
 立花は気不味そうに目を伏せるリアクションだ。

 オタクにもリア充にもなれない、水でも油でもない僕はどういう顔をしているんだろう?
 男だというのに手鏡がほしくなった。

 でもすぐに否定する。僕が手鏡を眺めている姿を想像する。外見的に似合いすぎて吐き気がした。

 いや、待てよ?
 昔から低身長で華奢で童顔、しかも女顔は僕のコンプレックス。姉に妹だと弄られ続けてきた17年に終止符を打つチャンスじゃないの? この状況は!

 そうだ、漢だ。僕は漢になれる!
 この異世界転移という一種のふざけた特異点を、僕が漢を見せる為のチャンスと捉えるなら、馬鹿馬鹿しい出来事も前向きに受け入れられるんじゃない?

「おい佐藤、分かるように言えって」
「……これ以上噛み砕くのは難しいでござるよ」

 ギスギスした会話は収まる気配がない。
 水と油をくっつける卵黄に含まれている成分ってなんていうんだっけ?

「ちょっと、2人とも……とりあえず仲良く……は無理か、ここはお互いに意見を合わせ……無理か」

「ふうむ。愚鈍なリア充とは、一緒にいられないでござるな……ここは、別行動を提案するでござるが、如何なものか?」
「は? おい、何勝手に仕切ってんだよ、こっちもお前みたいなキモオタと、一緒なんてゴメンだけどな!」
「ふむ。交渉成立……いや、決裂でござるな、さらば、幸運を祈るでござるよ!」

 佐藤は片手を上げると踵を返し、巨体を揺らして悠然と歩いていく。
 行動に淀みがないし未練もない。
 自分の世界を確立している奴は強いなぁ。ある意味漢な部分は見習いたい。

 仲違いをしそうな2人をくっつけるなんて、大それた大役は僕には無理だった。
 クラスメイト程度の関係で一致団結はハードルが高かった。

「ちょ、なんなの、あの勝手なやつ!」

 各務の言いたいこともまぁ分かるよ。危機的状況に手を取り合えないなんて下の下だよね。
 だけど、ゴーイングマイウェイのオタク佐藤に協調性を求めるのも酷なんだよ。

 波長が合わない人と一緒にいると気が病むものだし。

「佐藤の事はともかく、まずは色々と確認しない?」

 浮足立っている3人に声をかけて落ち着かせる。
 佐藤の背中を睨みつけている綾小路を宥めつつ、ポケットを探る。

「まずは、持ち物」

 転移前からの持ち込みは禁止されているらしく見事に私物は無し。
 スマホも財布も教室に置き去りだけど、この馬鹿げた話を信じるなら元の世界は時間が止まっている。この出来事が終わってしまえば瞬く間の夢みたいなものだから心配無用。

 代わりに1枚のカードがポケットに入っていた。

「なに、これ?」

 各務と立花がカードを手にして顔を見合わせている。
 カードには滞在許可証と記されていた。市民カードみたいなものかな。
 手で触れると名刺サイズのカードに文字が浮かぶ。

「……滞在可能日数は3日だって」

 意外なテクノロジーに違和感が拭えない。街並は中世の洋風を模した時代を想起させるのに、未来的な不思議カードとの組合わせは、異世界という異文化を際立たせた。

 あ、所持金も表示できるんだ。指でタッチすると数字がならぶ。

「1、10,100……百万円!?」

 今まで見たこともない金額だった。異世界転移のご祝儀かな?
 電子マネーまであるみたい。世界観の崩壊がちょっと心配。いやいや異世界考証を気にする輩はすでに去ったから無視しておこう。

 ラノベで出てくる金貨とか銀貨とか重そうな硬貨の持ち歩きは不便だからちょっと嬉しい。
 物価がどの程度なのか不明だから、金額ほども価値があるかはわからないけど、超インフレでもない限り食べていくのに不自由はない額だと思う。

 ただし、気になる文字が浮かび上がって気分は盛大に萎えることになった。

『滞在期間をチャージしますか? 1日/10万円』

「って、高っ!」

 滞在するのに税金みたいなものがいるらしい。それにしても法外すぎない?
 街にいるだけで10万円かかるとか、どれだけセレブな街なんだよ。

「はぁ? 何だよこれは」
「10日でお金なくなっちゃうじゃん」
「…………」

 今の金額なら、最大13日まで延長は出来る。だけど、ご飯や寝床にもお金は掛かるから日数は減る。
 つまり僕たちに提示されているのは二者択一。

 残り滞在期間で世界を救うか、延長するためにお金を稼ぐか。
 街の外がどういう世界なのか不明だし、放り出されるのは勘弁して欲しい。

 それに、意味もなく街の中に転移なんてさせないだろうから、ヒントも答もこの街にあると考えたほうがしっくりくる。

 身ひとつで異世界で世界を救うか金を稼げって無理ゲーが過ぎるよ、神様。

 一応、世界を救うために請われてここにいるんだからさ、もう少しハードルを下げるとか、サービスがあるとかならなかったの?
 
 現実的に考えると、実質10日の異世界生活になるみたいだ。
 残された日数で世界を救う? 無理無理。
 何から救えばいいのかも不明で手探り状態だもん。

 もちろん、顔には出さない。情緒が安定しない綾小路たちを無駄に不安にさせて、自暴自棄になられても困るから。

「あとは、ギフトだね」 

 これもカードに記されていた。恐るべきオールマイティなカードだなぁ。
 世界を救うくらいの強烈な強さか、お金儲けになる能力があるといいな。

 僕に与えられた能力はフィット。
 なにそれ?
 ガードをタッチすると説明が浮かび上がる。

『フィットします』

 説明になってないよ!?

 それぞれ3人も真似をしてカードを見て首を傾げていた。似たようなギフトだったらしい。
 ここは敢えて聞かないようにしよう。
 いいギフトだったら腹が立つし、くだらないギフトだったら絶望感しか生まれないから。

「それで、これからどうすんだよ、狭間」

 綾小路が顰めづらで聞いてくる。
 うーん。この上から目線は結構胃に響くな。元々人付き合いが得意じゃないし、リア充の知り合いは皆無だし。

 知らない世界でボッチは辛いけど、まことしやかに囁かれている噂では、公認の二股疑惑があるリア充3人組と一緒に行動するのは腰が引ける。
 両手の華を咲き乱されて、眼の前で3人でいちゃつかれたりしたら目も当てられない。

 せめて、緩衝材の佐藤がいたら別だったけど、水でも油でもないただの液体には荷が重いよ……。

 漢になるためには、必要な事だと自分に言い聞かせる。

「協力したいのは山々なんだけど、僕も単独で挑んでみるよ、なにか分かったら連絡するね」

 連絡先なんて知らないけど。

「はぁ? わかったわかった、勝手にしろ!」

 悪態をつく綾小路、まだ憤慨している各務、不安げな立花の姿に少し胸が痛むのは、外見も中身も中途半端な僕にお似合いだと自嘲する。

 溜息しか漏れない異世界喜劇の始まりだった。
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