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お菓子が食べたいです……

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クッキーをボリボリ食べながら、ため息をついている悪役令嬢がいる。

「美味しいですけど、これじゃないのよね」

悪役令嬢こと、ティアが嘆いている。
自分がこのクソゲー過ぎる乙女ゲームの悪役令嬢だと気がついたのは約4年前の5歳の時。何が何でも死ぬしかない自分の未来に絶望し、泣きじゃくってた私に声を掛けてくれた料理長の息子ウィルを思い出し、またため息が出た。

「ウィルはいつになったら帰ってくるんですの……もう1年経つのですよ」

そう、ウィルはもう1年以上帰って来てない。まぁ、元々は私が悪いのですよね…

泣きじゃくってた5歳の私に当時7歳のウィルは『初めて作ったから、ボロボロでごめんなさい。良かったらどうぞ』ってサイズがバラバラのシンプルなクッキーを渡してくれた。もう、そのクッキーがすっごく美味しくて…余りにも美味しいもんだから、その場でウィルを褒めまり『ウィルが作ったクッキー以外は食べない』って料理長とお父様に言いに行ったのよね…我ながら何て我がままな子なんでしょう…
『三食クッキーは流石に体に悪いから、おやつだけで我慢しなさい』ってお父様に言われたんだけど、おやつはウィルが作ったクッキーにしてもいいって言ってくれた。
本人の意思関係なく私のおやつ係に任命されたのにも関わらず、ウィルは毎日毎日クッキーを作ってくれた。クッキー以外にも私の前世の記憶にあった、プリンやパフェ、ホットケーキにドーナツなど様々な物を作ってくれた。
そんなウィルだけど、どうしても作れない物があった。それは、煎餅やお団子、お汁粉にぜんざいなどの元日本人の私がよく食べていた物達。そもそも私が現在住んでいるグーロブ王国は米を食べる文化も小豆を食べる文化も無いし、そもそも日本に馴染みのあるものは殆ど育ててない。
材料が無いし、仕方ない無いから諦めてたんだけど……
たまたま『ワの国』と呼ばれる所に視察のために行った大臣が米をお土産として持ってきてからウィルのやる気スイッチが入っちゃったみたいで、米をお土産に貰ってから1週間もしない内にウィルは修行&材料調達のためワの国に行ってしまった…それから1年以上全く連絡も無ければ、帰っても来ない。

「ウィル……ウィルの作ったお菓子が食べたいよぉ…」

「君はいつもそれを言ってるね」

自分の家の庭でメイドの子達とお菓子を食べていた私の耳に、憎き相手の声が聞こえた。

「…あら、グーケン大臣お父様でしたら執務室にいらっしゃいますよ」

「いいや、君とお話ししようと思って来ただけさ」

私はグーケン大臣に向けて表面上は淑女の笑顔を向けながら、内心キレていた。
ウィルが行ってしまった原因の1つ、米を持ち帰って来た大臣は、目の前のグーケン大臣なのだ。
それに日頃の感謝を伝えると言う名目で、仲の良いメイド達と同じ席につき楽しくお菓子パーティーをしてたのに、大臣が来たせいでメイド達が席に付けなくなってしまった。

「残念ながら、私にはお話しする事は何も無いですわ」

「まあ、そう言わずにおじさんと少しお話ししましょうよ」

そう言いながら大臣はさっきまでメイドのアンナが座って居た場所に腰を掛けた。
コイツ、ウィルを修行に行かせて更にメイド達とのお菓子パーティーすらも邪魔してくる気なの。腹立つわ。
……ウィルが行ってしまった原因には私も含まれているが今は置いておく。

「ティアお嬢様は明日誕生日ですよね」

「それが何か?」

イライラする。何?今度は私の誕生日まで何かする気なの?

「プレゼントを何にするかお父様が困っていましたよ。」

「……そう、いつものことでしてよ」

毎年プレゼントは何がいいか聞かれると、ウィルのケーキって言ってますからね。私これでも一応公爵家の令嬢なので、欲しいものは誕生日じゃ無くても手に入ってしまいます。お茶会やパーティーの度にドレスや宝石だって買ってもらえるし、ぬいぐるみや本だって大量に持ってます。
だから特別欲しい物が無くって毎年お父様を困らせてます。それに去年は私の誕生日前にウィルがワの国に行っちゃって、誕生日に大泣きしましたからね。

「何か欲しいものとか無いのかい?公爵様ならきっと何でも用意してくれるよ」

「……」

それは嘘ですね。毎年私に『ウィルのケーキ以外に欲しい物は無いのかい?何でも用意するよ』って言ってた癖に去年『ワの国に行くための船』って言ったら却下されましたからね。だから、何でもってのは嘘です。

「……考えておきますわ」

もうこれでいいでしょ。いい加減帰ってくれないかしら、このクソ大臣。

「相変わらず君はつれないなぁ。まぁ、明日は楽しみにしておくと良いよ、私はこれで。」

そう言うとグーケン大臣は席から立ち上がった。

「お気遣いありがとうございます。」

一応そう言ってグーケン大臣に淑女の礼をしておいた。私たちのお菓子パーティーを邪魔したことの謝罪もなく、明日は楽しみにしておけだと……なんなんだ、あの大臣。

「お嬢様、顔に出ております。」

いつの間にか隣にいたアンナに注意されてしまった。

「アンナ、私の顔には何て出てるの?」

「お茶会を邪魔した挙句、お前のせいでウィルのケーキが食べれない誕生日を楽しみにしとけだと、このクソ大臣もう2度とくるんじゃねぇって顔してます。」

「あら、心に思ってたこと全て顔に出ていたのね。これからは注意しますわ。」

流石アンナ。顔見ただけでそこまで私の感情を読み取れるのね。これからは気を付けなくちゃ。

「お嬢様この後はいかがなさいますか?」

「うーん、申し訳ないんだけど部屋に戻って休みたいわ。大丈夫かしら?」

「はい、畏まりました。」

そう言うとアンナは、他のメイド達に片付けの指示を出した。

「残ってしまったお菓子皆さんで食べてください。」

「「ありがとうございます」」

他のメイド達に残ったお菓子を託し、私はアンナと部屋に向かって歩き始めた。

「ねぇ、アンナ。貴方のもとにもウィルから手紙など届いてないのかしら?」

「いえ、私たち夫婦のもとにも届いておりません。うちのバカ息子…いえ、うちの者がすみません。」

バカ息子……アンナって意外に口が悪いのね…

「そう、届いてないのね……」

自分の親にまで手紙出してないのかぁ。ウィルは本当に大丈夫なのだろうか……
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