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1-20ミーティアと約束する

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「建国祭での歌い手なんて、リタ様にぴったりですよ!!」

 ソアンがそう言ってくれたから、僕は建国祭での歌い手、その試験を受けてみることにした。冒険者ギルドの窓口で手続きをして、それから決められた日に神殿にまた行くことになった。建国祭での歌い手を欲しがっていたのは神殿だったからだ、僕はその日まで歌の練習に励んだ。僕たちの弟子であるミーティアも同じ試験に挑戦するそうで、僕は彼女からはこう言われてしまった。

「あかんわー、師匠が受けるんなら、あたし落ちるわー」
「そうかな、ミーティアは最近ずいぶんと歌も上手くなった」

「褒めてくれるのは嬉しいけど、でも師匠にはまだ敵わんねん」
「年齢が圧倒的に違うからね、それに人種の問題がある、エルフの僕は受からないかもしれない」

「ああ、それはないわー。むしろ、この国はエルフとの親交を大事にしとるし」
「そうかな、それなら少しだけ自分の力を信じてみるよ」

 そんな会話をミーティアとしながら、お互いに課題曲のこの国の歴史を勉強した。歌はただやみくもに歌うだけではいけない、もっと歌の内容を分かっていたなら、よりその曲について理解を深めることができるんだ。だから500年には満たないがオラシオン国の歴史を勉強した、この国がどうしてできて今はどういう国なのかがそれで分かった。

 オラシオン国はこの周辺の小国を吸収合併してできた国だった、だから色んな文化が混ざり合っていたリすることがあった。オラシオン国ができるその前には名前が違う小国があって、そう言えばフォシルという邪悪な魔法使いもその小国に仕えていた。そんなことを思い出したが、今の僕に必要なのは歌の練習だった。だから昼間は小声で間違えることのないように、出された課題曲をひたすら練習し続けた。

「リタ様に歌われるなんて、オラシオン国は幸せですね」
「どうして僕が歌うと幸せなんだい?」

「だって絶世の美青年が歌ってくれるんですよ、しかもすっごい美しい美声で!!」
「そ、そうかな。まだ僕は練習が足りない気がするんだけど……」

「喉を休めるのも大切です、リタ様。練習もほどほどにしてくださいね」
「う、うん、分かったよ。確かに練習し過ぎるのもいけない」

 ソアンに言われて僕は毎日、ほどほどに練習しながら試験日をむかえた。幸いなことにその日も体調が良かったから、僕は神殿にソアンと一緒に出かけた。神殿に行くといろんな人たちが列を作っていた、そのほとんどは人間だったが、なかには獣人族や僕のようなエルフも見かけた。ただ顔に見覚えがなかったから、プルエールの森に住んでいるエルフではないようだった。

「それでは試験を開始します、1番目の方から部屋にお入りください」

 知らない神官の子がそう言って、集まった多くの人々を誘導していた。途中でミーティアの姿も見つけた、とても緊張しているようで、僕が声をかけると飛び上がって驚いた。集まっていた人は200人近くいた、だから試験もゆっくりとすすめられるかと思った、だが思っていたより早く僕の番がやってきた。

「それではオラシオン国に祝福をこめて歌わせてもらいます」

 5人の神官が選定をするようだった、驚いたのはそこにユーニーがいたことだ。女性だが大事な行事を任されるくらいの立場にいるようだった、いや今はただ歌うことだけに集中するのだ。そうして僕はオラシオン国の成り立ち、それを歌にした課題曲を一曲歌い上げた。歌い終わってどうだったか恐る恐る見ると、ユーニーがにっこりと笑って僕に次の部屋で待つように言われた。

 だから指定された隣の部屋に行ってみると、女性が2人と男性が1人だけそこにはいた。建国祭での歌い手とはそんなに厳しい試験なのだろうか、いやただ隣の部屋に案内されただけで、僕が受かっているとは限らないのだ。それからしばらく僕は他の曲を頭の中だけで練習しながら待った、もしこの試験に受かっていなくても構わない。僕の歌の技量がまだ足りないだけの話だ、それならまた練習すればすむだけだった。しばらくするとミーティアもこの部屋にきた、結局この部屋に来た男女は10人ほどになった。

 それからどのくらい時間がたったのか、もう夕方が近くなったと感じた時に、この部屋にユーニーが現れて笑顔でこう僕たちに告げた。

「それでは結果を発表します、クアリタ・グランフォレさん。貴方には建国祭でソロでの歌い手になってもらいます、他の方は主にその補助役を担ってもらいます」

 正直に言って僕は驚いた、挑戦はしてみたがまさかソロ、一人だけでの歌い手になるとは思わなかった。これは大変な役目を引き受けることになった、建国祭の日に僕の病気が悪くならなければいいと思った、だが引き受けたからには仕事だからたとえ這いずってでも出て歌う予定だ。そう僕は密かに決心している横で、ミーティアがあはははっと笑いながら何故か胸をはっていた。その理由は夜になってから分かった、ミーティアがこう酒場の客に言ってまわっていたからだ。

「うちの師匠は今度の建国祭での一番の歌い手やねん、だからうちも歌は上手いでよく聞いてや。なぁ、お客さん」

 そう言いながら会った時に比べると、ずいぶんと上手くなった歌をミーティアは披露していた。建国祭が近くて皆の財布の紐がゆるくなっているのか、その晩のミーティアはずいぶんと稼いだようだ。僕は変わらずにミーティアに音楽の指導をしたが、人間の成長速度の速さには驚きを隠せなかった。人間は僕たちよりずっと早くに死ぬが、その間に驚くほど多くのことをやってみせる種族だ。

「リタ様、良かったですね。リタ様なら選ばれると、私は信じていました」
「あとは僕の体調が当日悪くないと良いのだけれど……」

「その時はその時です、なんなら私がリタ様を担いで、絶対に建国祭には連れていきます!!」
「ああ、その時はよろしく頼むよ。ソアン」

 こうして僕はいざとなったらソアンに担いで建国祭に連れていって貰うことになった、なるべくそんな事態は避けたいが僕の病気次第なのでなんとも言えなかった。それから僕は神殿に通って歌の練習をする日々が始まった、最初は同じ歌い手たちから敵意を感じたが、僕が歌い出してからはそれはほどんどなくなった。

「師匠、一緒に歌って楽しい建国祭にしようや。約束やで」
「うん、わかった。ミーティア約束するよ、一緒に歌って楽しい建国祭にしよう」

 ミーティアと一緒に歌うことも面白くて、僕たちはとても良く歌えるようになった。他の参加者たちもめきめきと歌が上手くなっていった、ミーティアのように僕に練習のコツを聞いてくる人もいた。音楽のこういうところが良いところだ、種族の垣根を超えて僕たちは歌うことを楽しんだ。時々神官であるユーニーが様子を見に来て指示を出したりしたが、僕たちの歌には何も文句を言わなかった。

「はぁ、ソアン。とうとう明日は建国祭だね」
「はい、そうです。大丈夫です、リタ様を背負って行く準備はできています!!」

「ソアンがいてくれて、僕はとっても心強いよ」
「そう言っていただけるとは光栄です」

「明日はオラシオン国の繁栄を願って、一生懸命に歌うことにするよ」
「リタ様の歌が聞ける者たちは幸せです、それに歌い手の衣装もとても素敵でした」

 明日から建国祭だから僕はその歌い手になるのだが、歌い手たちも特別な絹で作られた衣装を着るのだった。ソアンは神殿に僕と一緒に通って、その姿を見てから何故かご機嫌だった。薄い絹で作られたゆったりとした衣装で、僕がエルフだということも隠せない服だった。まさかプルエールの森に連絡がいくとは思わないが、ちょっとだけそんなことを心配したのも事実だ。

 プルエールの森とオラシオン国は不可侵条約を結んでいて、基本的にお互いに干渉しないことになっている。その代わりにプルエールの森は例えば火炎玉に使う特別な薬草などを提供する、オラシオン国はプルエールの森のエルフが国を訪れたら歓迎する、などと暗黙の了解が成立しているのだった。そのおかげで僕たちはこのオラシオン国で、自由に活動することが許されているのだった。

 明日が建国祭となって、僕は早めに薬を飲んで眠ることにした。眠っていたのに途中で目が覚めて、ソワソワしたが僕の腕の中で眠っているソアンを抱きしめて、それからはゆっくりとよく眠れた。だが、現実はときに想像以上に厳しい時がある、翌朝になると僕はいつもの病気の症状が出たのだ。ソアンはそんな僕を本気で心配して歌い手を辞退するように言った、でも僕は無理矢理起きてそんなソアンにこう笑い返して言った。

「僕は絶対にこの建国祭で歌うよ、ソアン。だって、それが約束ってものなんだから」
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