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1-29家族を助ける
しおりを挟む「汚れた毒を全て退けよ、『解毒!!』」
僕が使った魔法が発動した途端にソアンの体を白く淡い光が包んだ、そうしてしばらくしてその光が消え去った後には、普段と何も変わりのないソアンが気を失ってそこにいた。彼女の肩の傷口はそのままだったが、さっき肩にあった緑色の変色はもう消え失せていた。そうして僕はきちんと正常な呼吸をしはじめたソアンの姿に安心した、僕は大切な家族をちゃんと救うことができたのだ。
涙が出るくらいに僕は嬉しかった、ソアンが気がつく様子はまだなかったので、僕は安心して少しだけ子どものように泣いた。本当にソアンが無事で良かった、この温かい小さな手も、瞼を開けたら見える綺麗な瞳も、何もかもが愛おしくて堪らなかった。僕は自分の大切な家族を守ることができた、たとえ後になって薬の副作用が出たとしても、僕には何も後悔することはなかった。
「良かった、ソアン。もう大丈夫だよ、この傷も消してしまおう。『大治癒』」
僕は涙を服の袖で拭って次に念の為に中級の回復魔法をソアンに唱えた、するとソアンの肩の傷口は綺麗にふさがって傷痕も残さずに消えてしまった。ソアンは毒との闘いで力を使い果たしたのか、すやすやとまだ深く眠ってしまっていた。僕は彼女を起こさないように大剣ごと抱きかかえて、広間から出るために僕たちが入ってきた大扉を足で蹴って開けてしまった。その外には人間の匂いを嗅ぎつけてか、大量のゾンビがひしめきあっていた。
今までの僕であればゾンビ一体でも大変な強敵である、でも魔法が使えるようになった今の僕には、ゾンビとはとても可哀そうなモンスターだが敵にはならなかった。僕の思考力や集中力は研ぎ澄まされていて、本来ならかなり精神を消耗する上級魔法すら、今の僕だったら簡単に扱えそうだった。だから可哀そうな死者には悪いけれど、その体を破壊しつくて世界の理に戻って貰うことにした。
「君たちに構っている暇はないんだ、『抱かれよ煉獄の火炎』」
僕が放った火炎の上級魔法はそこにいたゾンビたちを全て灰にしてしまった、そこから僕は同じく上級魔法である『飛翔』を使って、空中をソアンを抱えて飛びながら元来た道を引き返した。階段が崩れ落ちてしまった場所も『飛翔』なら楽々と上階にあがれた、そして『アペルタ』と隠してある通路が開く言葉をまた言って、とうとうそのまま僕たちはフォシルのダンジョンの外に出ていった。僕はまだ目を覚まさないソアンに、助かって良かったと話しかけた。
「ソアン、僕たちは二人とも無事だ。良かった、本当に良かったよ」
僕はソアンが言った言葉、『置いていかないでください。このソアンが追いつけないような場所に、一人で行かないでください』を、ようやくいつ言われたか思い出した、あれは確か木に登った時に言われたんだった。そして僕は『僕は君を勝手に置いてどこにもいかないよ』って返事をしたんだ、その約束が守れて本当に良かった。僕のことを思いやってくれるソアンにまた感謝した、そしてそれから事態の収拾の為にジーニャスたちに会いに行った。
「おう、エルフの民たちよ」
「ジーニャス、とても重要な情報があります」
「……聞かせてもらおうか」
「どうか聞いてください、そして僕たちに手を貸してください」
そこにいたジーニャスや剣士たちに、隠し扉の場所と開け方の情報を僕は伝えた。それからまだゾンビたちが残っているかもしれないこと、隠し扉の中に入っていくのなら、十分に気をつけるようにと注意を促した。そして、僕は抱きかかえているソアンとジーニャスと三人だけで話ができるように頼んだ、ジーニャスは気さくな性格なようで僕を疑うこともなくそれに応じてくれた。ならばこちらも真摯に応えなければならない、僕はできうる限り得られた情報をジーニャスに話した。
「隠し扉の一番奥でフォシルの遺体を見つけました、それにネクロマンサーに関する禁書の山もです」
「それはなんという大手柄だ、エルフの民に報酬を出すように父にかけあおう」
「ただあの部屋には僕たち以外に先に入った者がいます、その証拠に禁書の一部が既になくなっていました」
「それでは、ネクロマンサー本人はいなかったのか?」
「あの隠し部屋から禁書を持ち去ったのが、今回の犯人であるネクロマンサーでしょう」
「ふむ、それをどうやって調べる。何をもって、その者を探し出すのだ」
僕はそこで抱きかかえていたソアンの内ポケットから証拠品を取り出した、ジーニャスにそれを見せると彼は眉をひそめて少しだけ嫌悪感を顕わにした。その反応は僕たちが思いもしていなかった人が犯人だからだ、まだ今の段階では特定はできていないが、そんなことをしてはならない者が犯人だった。僕はジーニャスに証拠品を預けて調べてくれるように頼んだ、これでもこの街を治める男爵の次男なのだ、ジーニャスはすぐに快くその役目を引き受けてくれた。
「父にかけあってすぐに調べさせる、今日中に犯人が分かるから、お前に一番に知らせよう」
「はい、犯人はおそらくとても危険な人物です」
「ああ、これだけの死者の魂を冒涜するようなやつだからな」
「だから僕に犯人を捕まえさせてください、今の僕ならきっと犯人を捕まえられます」
僕がそう言って真剣にジーニャスを見つめると、彼はしばらく経ってフッと笑ってから大きく頷いた、これで僕はこの騒動を起こしたネクロマンサーと戦うことになった。今の僕ならネクロマンサーと戦うことも可能だ、いやネクロマンサー自身は弱いかもしれないが、僕にしかできないことがあるのだ。だから、僕は犯人を自分の手で確実に捕まえたかった。
「うぅ、リ……タ様……?」
「ソアン!? 良かった、気がついたのかい」
「はい、あの私。凄く苦しくて気持ち悪くなって、それからどうなったのでしょう」
「後で説明するけれど、今の僕には君を癒せる魔法が以前のように使えるんだ」
「えっ!? 本当ですか、リタ様!! それは良かったです!!」
「今だけかもしれないけどね、ソアン。でもそんなことより、君が無事で本当に良かった!!」
そう言って僕はソアンのことを抱きしめなおした、傍にいたジーニャスの目も何も気にならなかった。今の僕には大切な家族であるソアンが、彼女が無事に生きているということだけが重要だった。ソアンはちょっと頬を赤くそめたが、僕の抱擁を振り払うようなことはしなかった。
「ソアン、君をこんな目に遭わせたネクロマンサーを僕は捕まえる」
「そんなリタ様、それはとても危険です!!」
僕はソアンに今回の騒動を起こしたネクロマンサー、そいつと戦うことになったことを話した。そうしたら毒から完全に回復したソアンは最初は僕と犯人が会うことに反対した、でも僕としては僕の大切な家族であるソアンを殺しかけた人物を許せなかった。だから、そいつと戦うことにしたんだ。
「私の為に復讐なんて危険なことをするなんて、どうか今からでも止めてください!!」
「危険なことだとは分かっているけれど、それでも僕はどうしても犯人のことが許せないんだ」
僕はそれからしばらくソアンと話し合うことになった、その間にジーニャスは外に出ていって言葉を違えることはなく、夕方が近くなってから僕に調べ出した犯人のことを教えてくれた。僕はその犯人が尚更許せなかった、その人が犯人であることを悲しくも思った、でも決着はつけておかなければならないのだ。夜になるまでにソアンを事情を全て話して、しっかりと説得して僕は結果的にソアンに納得してもらった。
「エルフの民よ、いやリタとソアンよ。本当に二人でネクロマンサーに立ち向かうのか?」
「このままでは僕の気持ちがおさまりません」
「私がリタ様をお守りします、それにフェーダーさんのことだってあります」
「いざという時の為に剣士たちと魔法使いたちを、あの建物の周囲に潜伏させて囲い込んでおく」
「それは助かります、何があっても逃がしたくはありません」
「今のリタ様なら大丈夫です、きっと犯人を逃がしはしません」
「行くというのなら必ず勝て、大魔法使いの俺の出番が無くなっても構わん」
「ええ、必ず犯人を無傷で捕まえて、正当な法の裁きを受けて貰います」
「そんなリタ様を必ず私がお守りします、私にとってリタ様は大切な家族なのですから」
今日という日が終わろうとしている、そんな夜中に僕たちは出かけていった。僕がジーニャスに渡された物を持って彼が調べ出した犯人、その人間の元に向かってとうとうその居場所に辿り着いた。以前にも来たことがあったが、そこはなんとなく寂しい場所だった。その部屋は本や物は沢山あるのに、それらも綺麗に整理されているのにだ。どこか冷たい傲慢さが見えて寒々しいと、今夜の僕はそんな印象を抱いた。そうして、犯人の部屋に勝手に入った僕は言った。
「いるのは分かっている、大人しく出てきてほしい、…………寂しくて悲しいネクロマンサー」
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