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1-28毒を口にする

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「ソアン、見つけたよ!!これがきっと今回のネクロマンサー、そうその証拠にきっとなる」 

 それは古代遺跡にはあるはずのない物だった、明らかに近代になってから作られた物だった。持ち主はこのままでは分からない、だがこれを持って帰って正式に調べればすぐに分かるはずだ。僕はそれを失くさないようにソアンの服についている、内側のポケットの中に入れさせてもらった。これでソアンだけは絶対に無事に生きて帰らなければならない、彼女だけはどうにか無事に外の世界に帰ってもらって、必ずこの証拠から犯人を見つけ出してもらうのだ。

「リタ様、これはリタ様がお持ちください」
「いや、ソアン。この証拠の品は、君が持っていくんだ」

「ですが、リタ様が……」
「短剣しか使えない僕よりも、大剣でより戦える君の方が、無事に外に出られる可能性が高い」

 僕がそう言ってソアンの肩に手を置いたとたん、僕のその手はソアンから払いのけられた。そんなソアンが下を向いていた顔をあげると目に涙をいっぱいにためていて、彼女は今にも泣きだしそうになりながら、とても苦しい悲鳴をあげるように言い放った。

「私はリタ様を犠牲にしてまで、そこまでして一人で生き残りたくありません!!」
「ソアン、もちろん僕だってそう簡単に、ここで死ぬつもりなんかない」

 僕の言葉にソアンはとうとう涙を溢れさせながら、その涙をぬぐいもせずに必死で僕を見ていた。そしてとても真剣に僕の言葉を聞いていた。僕はそんなソアンに言い聞かせるように、よく考えながら言葉を選んで言った。

「でもソアン、君の方が生き残る可能性がある。それもまた明らかな事実なんだ」
「………………いいえ、リタ様。私は前に言いました、その言葉にリタ様は『私を勝手に置いてどこにもいかない』、そうおっしゃてくださったことを覚えていますか」

「ごめん、ソアン。僕はその言葉を忘れているようだ、君は僕に何て言ってくれたんだい」
「『どうか置いていかないでください、このソアンが追いつけないような場所に、一人で行かないでください』だから、リタ様ぁ、ううぅ、うう、ひっく、ひっく、うえぇぇん」

 そう言うとソアンは僕に抱き着いて泣き崩れてしまった、ヒックヒックとしゃっくりをしながら、ポロポロと綺麗な涙を零し続けた。ああ、僕は自分をまた過小評価していた、大切なソアンに比べればと自分を粗末に扱ってしまったようだ。そうだ、最初から勝てないなんて弱気ではいけない。この小さな大切な家族の心を守るためにも、僕は必ず無事に彼女と一緒に帰らなければならないのだ。そう僕は心から思えたから、ソアンが僕のことを信じてくれているから、僕はソアンにそのまま素直に謝った。

「ごめんよ、ソアン。僕はちょっと焦り過ぎていたようだ」
「ううぅ、はい。リタ様は、本当に困ったドジっ子さんです」

「ソアン、必ず一緒に帰ろう」
「はっ、はい。そうしましょう、リタ様」

「僕たちは一緒に家出をしたんだ、そんなお互いに大切な仲間だからね」
「えへへっ、そうです。はい、そうです!!」

 ソアンの顔の涙を僕はポケットから出した布で拭いた、ちょっとだけ目元が赤くなっていたが、ソアンはもう泣いてはいなかった。それにこうしていられる時間もなくなってきた、ガリリッと扉を引っ掻く音が次第に大きくなってきていたからだ。泣き止んだソアンはまた大剣を油断なく構えた、僕はもう一度だけ心を落ち着かせて精霊へと呼びかけた。

 さきほどはあんなに成功しなかったのに、今度は素晴らしい精霊が現れてくれた。それは小さなトカゲのような火の精霊だった、炎を自由に操る精霊であるサラマンダーだ、僕は現れてくれた手のひらくらいの美しく強い精霊に感謝した。

「……よろしく頼みよ、サラマンダー」
「リタ様、さぁ決着をつけましょう!!」

 僕たちは扉の前の倒した本棚をどかして、そしてまたそこから広場に出ていった。扉から出ようとした瞬間に左腕のかぎ爪の攻撃がきた、でも今度は僕の呼び出した精霊がいた、サラマンダーは僕らを襲おうとした左腕を業火で焼き尽くした。ワイズデッドは思わず左腕を引いた、業火に焼かれたワイズデッドの左腕は脆く、そして崩れやすい炭へと変化してしまっていた。その左腕めがけてソアンが大剣をふるった、その衝撃でワイズデッドの左腕は完全に崩れ落ちた。

「あっ、あっ、ああああああああぁぁぁぁ!!」

 ワイズデッドになったフェーダーは怒ってやみくもに暴れたが、それは僕らにとってはワイズデッドの攻撃が単調になって避けやすくなることになった。次にワイズデッドは近くにあった石の柱を叩き割り、その欠片をこちらに向かって投げてきた。僕らはまだ残っている別の柱の陰にすぐに隠れた、その間にサラマンダーは僕から離れて、素早い動きでワイズデッドの体に辿り着いた。

 ワイズデッドの体に辿り着いたサラマンダーは、触れている場所からワイズデッドと化したフェーダーの全身、そうその全てを燃やすべく火を吹き自らも大きな炎へと変化した。フェーダーは全身を炎で焼かれて大きく叫んだ、その声が何を言いたかったのかは分からなかった。生きている最期に言った言葉のように、実の母親を求める子どもの悲鳴だったのかもしれなかった。

「助けられなくてごめんよ、……フェーダー」
「……フェーダーさん、本当に申し訳ありません」

 体のあちらこちらが炭と化したワイズデッド、いやフェーダーは最後はソアンの大剣の一撃で、その全てが灰になって崩れ落ちた。彼が今度こそ安らかに眠れるようにと僕は祈った、ソアンも最後の一撃を放ってフェーダーだったものが崩れ去った後、その彼に向かって謝るように深く一礼した。さぁ、これでフェーダーの人生は本当に終わりを迎えた、今度こそ彼の魂は世界の理に戻れるはずだ。

「良かったですね、リタ様」
「うん、ソアン」

「リタ様、さっきの証拠品。……やっぱりリタ様が持っていてください、……私は」
「えっ、どうしたんだい。ソアン、ソアン!?」

 フェーダーが倒れて灰となって消えてしまった場所で、今度はソアンが僕の腕の中に倒れこんだ。僕は素早くソアンの体を調べたが大きな怪我をしている様子はなかった、ただ肩のところにあった浅い傷が緑色に変色していた。これはもしかしたら毒かもしれない、僕は慌てて荷物の中から毒消しの薬を取り出した、それをどうにかソアンに飲みこんでもらった。だが、しばらく経っても薬が効いているようには見えなかった。プルエールの森にいた頃に作った、最高の毒消しも効かない特殊な毒のようだった。

「ソアン、しっかりするんだ。ソアン!?」
「……リタ様もしっかりしてください、きっと帰り道がどこかにあります」

「そうだよ、そしてソアン。君も僕と一緒に帰るんだ」
「……胸が苦しいです、リタ様。息も、息も上手く吸えません」

 僕は慌ててサラマンダーにお礼を言って精霊たちの世界へと帰って貰った、今のソアンを助けるには光の精霊の力が必要だ。僕は心を落ち着かせて祈った、どうか光の精霊が僕に応えてくれますように、そう祈り続けたが光の精霊は現れなかった。精霊とはそんなに都合よく扱えるものではないのだ、僕はこれ以上時間が経ってしまえばソアンが死んでしまうと焦った。

「ソアン、君こそ僕を置いて、僕が追いつけないような場所に、たった一人で行かないでくれ」
「……は……い、頑張ります。……私はリタ様を置いてはいかない、いかない、ううぅ!?」

 今のソアンには『解毒アンティドーテ』の魔法が必要だった、その魔法しかソアンを救う手立てはなかったからだ。『解毒アンティドーテ』は元々難しくない魔法だ、一応は初級魔法ということになっている、でも本当は使う者の魔力量によって効果が変わってくる魔法だ。魔力が多い者が使えば全ての解毒が可能だが、魔力が低い者が使えば効果が出ないこともあるのだ。ソアンも普段なら魔法が使えるが、今の精神状態では無理だった。

「『解毒アンティドーテ!!』『解毒アンティドーテ!!』、どうか効いてくれ『解毒アンティドーテ!!』……」
「……リタ様、……ごめんなさい」

 ソアンが緑色の液体が混じった血を吐いた、毒が全身にまわってきてしまっている証拠だ。少なくとも食べ物を消化をする組織にはもう毒がまわってしまっている、脳や心臓まで毒が達するのもきっとすぐのことだった。僕は心の底から思った、今ほど魔法が使いたい時はなかった。『解毒アンティドーテ』の魔法が今ソアンに使えるのなら、僕はこの先ずっと魔法が使えなくてもよかった。

 でもそう願うだけでは僕は何も変われなかった、僕の気持ちが強くなれば魔法が使えるのなら今がその時だったが、僕が何度も同じ呪文を唱えてもそれは無駄なことで何も起きなかった。僕は思わず涙が出てきてそれをぐいっと服で拭った、今は自分を哀れんで泣いてなんかいる場合じゃないんだ、このままでは僕はソアンを永久に失ってしまうのだ、彼女のいつも可愛らしい笑顔も、僕を救ってくれた優しい言葉も、その全てが二度と手の届かない世界のものになってしまうのだ。

「魔法を使う、魔法にいるもの、魔法に必要なのは集中力だ。それが今の僕に足りないのなら……」

 持っているとある薬草のことを僕は唐突に思い出した、それは毒草であるクレーネ草のことだった。この毒草には中毒性があるが、薬草としても使われることがある。薬としてではなくそのまま飲みこめば薬効は更に高まる、一時的にだがとても鋭い思考能力を与えてくれるはずだ。そう思いついたら僕はもう迷わなかった、クレーネ草には中毒性のほかに死を招く弱い毒性もあるのだが、僕は持っていたクレーネ草を全て飲み込んだ。とても苦くて普段なら飲み込めるものではなかったが、無理矢理に僕はそれを飲み込んでしまった。

 すると僅かな時間で思考が研ぎ澄まされてくるのが分かった、時間が過ぎるのが遅く感じて今なら何だってできる、そんな全能感がどんどん僕に湧き上がってきた。顔色まで悪くなってきたソアンに向かって、随分と前に覚えていた感覚を思い出しながら僕は魔法を使った。久しぶりの僕自身の魔力は全身から溢れ出てきて、そして力ある言葉が魔力を魔法へと変えて僕の口から解き放たれた。

「汚れた毒を全て退けよ、『解毒アンティドーテ!!』」
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