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4-24幼い少女は大人になる

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「…………あたしの絶望を知るといい、まずはあんたたちからよ」

 次の瞬間には僕は粗末な部屋の中にいた、平民の人間が暮らすような最低限の家具がある部屋だった。そこには幼い少女が一人いた、綺麗な銀の髪に赤い瞳をした少女は一人で歌っていた。するとやがて誰か大人が入ってきて少女の髪を掴んだ、掴んだ髪を引っ張って少女をぶった。僕はその大人を止めようとしたが、透明な二人の体と実体のある僕の体ではすり抜けてしまった、ここでは僕は幽霊のようなものだった。

「男爵家のお嬢様だからってうるさいのよ、歌なんてうるさい、お前にはふさわしくない!!」
「………………ごめんなさい」

「うるさいって言っているのが聞こえなかった、お前は何もかもが駄目ね!!」
「………………」

「早く、いつものように腕輪を使いなさい!! それしかお前の価値は無いのよ!!」
「………………はい、わかりました」

 幼い少女は髪をつかんで外に引っ張りだされた、それから左手にはめていた腕輪を使った。そうすると豚や牛などの家畜がぞろぞろと腕輪の中から外に出てきた、少女の髪を掴んでいた大人はその家畜たちをどこかに連れていった。何度もこんなことがあった、同じ毎日が繰り返された。幼い少女は一人でまた取り残された、住んでいたのは掘っ立て小屋のような建物で、遠くに貴族の邸宅らしきものがあった。

「お母さまなんで死んじゃったの? お父様はどうしてここにこないの?」

 幼い少女はそう疑問を口にしたが答える人間は誰もいなかった、少女は右手に一つと左手に二つはめた腕輪を大切そうに撫でた。しばらく少女はそうして貴族の邸宅の方を眺めていたが、誰もやってこないので掘っ立て小屋の中に戻っていった。そうして幼い少女は歌うことすらできずに、ただ腕輪を眺めて静かに過ごしていた。僕はその少女に話しかけたが聞こえておらず無駄だった、次にソアンを探したが見つからなかった。

「今日は大人しくしてるのよ!! お嬢様らしくふるまいなさい!!」
「………………」

「返事は!?」
「………………はい」

 少女はいつもは眺めているだけの貴族の邸宅に連れていかれた、途中で父に会ったので声をかけようとしたが、父は幼い少女をチラリとも見なかった。連れていかれた貴族の邸宅では無理矢理に服を脱がされて風呂に入れられた、そうするメイドたちに話しかけても誰も何も答えてはくれなかった。いつもとは違う綺麗な服を着せられて、よく揺れる馬車に乗せられ長い時間を過ごした。

 そうして少女は別世界に連れてこられた、そこは同じ貴族の邸宅でも気品があった。美しい花々が咲き誇る庭園があって、自分の家よりも古くて立派な屋敷が立っていた。父親も一緒にいて昔のように優しく声をかけてくれた、知らない貴族の男性がいてこちらも優しく話しかけてくれた。そうして黒髪に黒い綺麗な瞳の男の子がいた、その男の子は少女を見てこう言った。

「ようこそ、お嬢さん」
「こ、こんにちは」

「こんにちは、今日は良く晴れた日だ」
「そ、そうですね」

「俺はジーニャス・ゼーエン、君の名は?」
「わ、わたしはマーニャ・アングルス」

 その日は夢の中の世界にいったようだった、古くて広い屋敷はまるで王子様がいるお城のようだった。いつもは自分のことを無視する父親も優しくて怒らなかった、そうして知らない貴族の男性からはお姫様のように扱われた。君はいつかはここへ来るんだよ、そう言われて信じられなくて頭がぼぅっとなった。

「さようなら、マーニャ」
「はい、ジーニャス……さま」

 夢のような一日はあっという間に終わってしまったけれど、幼い少女には立派な屋敷と綺麗な男の子がずっと心の中に残った。そうしていつかは自分はあそこに行くのだと知った、それは幼い少女の心の中に小さな希望として残った。また馬車に揺られて家についたら、元いた掘っ立て小屋に戻されたけれど、それでも少女はその日のことを忘れなかった。

 幼い少女は少しずつ成長していった、母親から字は教わっていたから掘っ立て小屋にある、あらゆる本を読んでそうして色々と学んでいった。怒られるから声は出さなかった、それでも一人でマナーの本を読んでは練習した。魔法の本を読んでは外にバレない小さな魔法を使ってみた、そんな静かな日々を普段は過ごしていた。だが時々、あの魔法の日のように黒髪の男の子に会う日もあった。

「……ジーニャスさま、結婚したら小さくても温かいお家に住みたいですね」
「俺は住むところはどこでも構わん、魔法が練習できる広い場所があればいい」

「……ジーニャスさま、子どもはお好きですか、何人くらい欲しいですか」
「子どもか今の自分が子どもなのが残念だ、試したい魔法がいくつもあるのに試せない」

「……ジーニャスさま、魔法以外でお好きなものは何ですか」
「魔法以外に好きなものなどない、俺は跡継ぎでもないから将来は大魔法使いになるんだ」

 自分とこの綺麗な男の子はいつか結婚するのだ、そう父親の会話から少女は知った。少女には魔法を好んでいる男の子は素敵な子に思えた、自分の使う魔法もいつかこの子に見てもらいたかった。何よりも声をかけても返事があるのが嬉しかった、あの掘っ立て小屋では誰も少女に返事をしてくれなかったからだ。

 だが少女が大人になっていくと掘っ立て小屋に男が来るようになった、それはしようにんと呼ばれるものだったが少女を見てはニヤニヤと笑うのだった。少女はそんな男たちが怖かった、なんとなく嫌な感じがして嫌いだった。ある日、男の一人に服を脱がされそうになって抵抗した。そうしたら酷く頬をぶたれた、怖くって恐ろしくって動かないでいたら、凄く痛いことをされて体が千切れるかと思った。

「ジーニャスさま、ジーニャスさま……」

 少女はその日から男に襲われるようになった、いろんな男たちがやってきて少女の体を弄んだ。意味が分からなかった、少女はいつかジーニャスさまと結婚するはずだったのだ。なのに男たちは少女の体を弄んだ、誰も助けても止めてもくれなかった。それが気持ち悪くてどうしても嫌になって、少女は母親の形見の隠していた宝石を持って外に逃げ出した。

 外の世界でも同じだった、宝石を持っている間は皆が優しくしてくれた。でも宝石がなくなってしまうと、皆は少女の体をよこせと言いだした。何年もそんな生活が続いて少女はお金を貯めた、そうして別の街に行って冒険者になった。それからはもう誰にも自分を触らせなかった、少女は大人へとなっていた、大事に持っていた腕輪の三つ目を誰にも盗られないように胸に埋め込んだ。

 冒険者として過ごしながらある日フェイクドラゴンに出会った、ドラゴンの気品は無かったが強くて貪欲なところが女は気に入った。だからそのフェイクドラゴンを右手の腕輪の中に入れた、そんなことを繰り返していった。女が好きな強いフェイクドラゴンが腕輪の中で増えていった、女はもっと強く貪欲なフェイクドラゴンを作るのに夢中になった。女が昔に嫌いだったものは全部、フェイクドラゴンにあげてしまった。

 強いフェイクドラゴンを番にしてもっと強いフェイクドラゴンを生み出した、そんなことを繰り返して繰り返してドラゴンの強さに憧れ続けた。自分もドラゴンのように強くなりたくて、フェイクドラゴンの一部を自分に移植してみた、そうするとフェイクドラゴンを自由に操れるようになった。そんなある日女は見たことがある街に来ていた。あの古くて綺麗な屋敷がある街だった、そして街の中で懐かしい彼に会った。

「ひ、久しぶりね」
「ああ、こんにちはお嬢さん」

「あたしのこと覚えてる?」
「ああ、すまない。俺の知り合いだったか」

「あたし変わったから……」
「思い出せなくて悪い、それじゃお嬢さん」

 懐かしい大好きだった彼は女を全く覚えていなかった、それどころか彼は領主の跡取りになっていて、もうすぐふさわしい女性と結婚するのだと噂で聞いた。どうしてあたしを覚えていないの、どうしてあの時助けてくれなかったの、どうしてあなただけが幸せになるの、どうして他の女と結婚するの、どうして……。

 女はなんとなく街道にフェイクドラゴンを呼び出して捨ててみた、雄は嫌いだから雌のフェイクドラゴンを使った。そうしたら街道を通る者が襲われた、女は自分が強くなったような気がした。一度そうしてみたらそれを繰り返さずにはいられなくなった、女はフェイクドラゴンをより一層強くしていった、新種のフェイクドラゴンさえ生み出した。

 でもある日、女は気づいた。大事にしていた、右手と左手の腕輪が無かった。あら、貴方が預かってくれていたの、でもそれはあたしのものなのよと女は笑った。僕は女に何が起きたのかを理解した、彼女がこの腕輪の本当の持ち主であると気がついた。ではこの腕輪を彼女に返すべきだ、でも僕の手はそこで止まってしまった。本当に返していいのか、何か大事なものが僕にはあったはずだ。

「さぁ、腕輪を返して」
「………………それは駄目だ」

「どうして、それはあたしの腕輪よ」
「確かに君のものだが、それは駄目なんだ」

「良い子だから、腕輪を返して」
「この腕輪は君を幸せにしない、返しては駄目なんだ」

 僕はそう言った後に思い出した、僕のとても大切な者がいた。ソアン、ソアンはどこにいった。ここは一体どこだ、ここはゼーエン家の領主の別宅だ。僕は誰だ、……リタ、そう僕はクアリタ・グランフォレだ。エルフの若長候補を止めた、ソアンの養い親だ。僕はここが幻の世界だと気がついた、暗い闇の中の彼女の世界だと分かった。

「ソアン、どこだ!?」
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