あの日君に誓ったこと

ハルサメ

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プロローグ

第1話

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 和式の一室に、1人の女性が座っていた。ショートカットに揃えられた髪に癖はなく、艶やかな黒曜石の輝きを放っている。日本人形のように端整な顔をしているが、その体は和服ではなく洋服で着飾られていた。

 襖を越えた先には決して狭いとは言えない日本庭園が広がっており、綺麗に整えられた石畳と、視覚できないが単調なリズムを刻むししおどしの音が部屋の中まで響き渡っていた。
 
 その気になれば水のせせらぎすら聞こえるかもしれない。隣の部屋から漏れ出た寝息ははっきりと聞こえている。
 
 それほどまで女性がいる一室、それのみならず周囲の空間全てが静寂を保っていた。そんな女性からは何やら緊張に似た雰囲気がかもし出されている。

 口はしっかりと閉じられ、鋭い目は正面を見つめている。正座した足の上に手を添え、芸術ともいえるほど鮮麗された姿勢に緊張感が垣間見えるのは、その手が僅かに力強く握られていたからである。

 それはこの部屋の空気。静寂は保たれているのではない、放たれている。そしてその根源は女性の目の前に座っている初老の男性からであった。袴を若干ゆったり加減に羽織っている男性はやや前傾姿勢な胡坐で女性の前に座っていた。その表情は険しいものではなく、何か感慨深いものが感じられる。

「今更帰ってきて何を言う」

 初老の男性は放っていた緊張感とは全くそぐわない、あっさりとした口調で話す。初老と言ってもそれは実際の年齢だ。外見で話すならまだ30後半と言われても嘘には感じられない。 皺1つない艶やかな肌を持ちながら、経験豊富な玄人の風貌を持ち合わせている。だがこの男性はその外見年齢よりも更に若い年代のくだけた口調で更に続ける。

「お前がこの家を出て10年。お前は人生の大体三分の一を親の俺に何の連絡も無しに過ごしてきた。突然いなくなったときはそりゃ俺も驚いたさ」

 男性の口調は実に淡々としていた。十年ぶりの親子の再会であるが、何の音沙汰も無かった娘に対する怒りも、そして再会した喜びもこの口調からは感じられない。ただ事実を述べている。

「驚いたといっても別に怒ってたわけじゃねえ。まぁ確かにお前の母親はショックだったみたいだが。だがあの時の俺は逆に嬉しくなっちまったよ。やっぱりお前が一番この家を分かってるんだと確認できたんだからな」

 男性が始めて表情らしい表情を見せる。綺麗に並んだ白い歯を見せ豪快に笑った。緊張感に耐えている側からすればなんとも拍子抜けしてしまう光景。

 だが次の瞬間、笑い声を上げていた男性が急に沈み込んだように表情を曇らせる。

「それがなんでのこのこと帰ってきた」

 声は大きくない、だが女性の体が僅かに動いた。何かを堪える様に正座のまま体勢を倒して身を丸める。握られた手はきつく、震えている。

「逃げたら逃げに徹する。それがこの家の掟であり存在意義であり歴史だ。分かってないわけじゃねえよな?」

 部屋の空気に変化はない。至って静寂。
「お願いがあって……参りました」

 土下座の体勢のまま女性は語る。

「私は確かにこの家から逃げ出しました。ですがこの家が嫌になったというわけではありません。あの時の私は外に憧れを抱いていました。だからこそ、この家からは出るべきだと思いました。もう二度と戻らない。そう思っているのは今も同じです。ですが……」

「あのガキか」

 男性は部屋を区切っている襖を見る。その先、襖に遮られた空間にいる人間を見る。寝息を立て、こちらの話が聞こえている様子はない。

「お前のってことは俺の孫か。はっ、お前が俺の末子ならあいつは俺の末孫か」

 男性は吐き捨てるように言う。女性は体勢を変えず、そのまま頭を垂れ続けた。

「ここに入るってのはこの家の流儀に従ってもらうって事だ」

 しばらくの沈黙の後、頭を掻きながら男性は呟く。

「どんな理不尽な対応だろうが、どんな理不尽な状況だろうが受け入れてもらう。そいつは分かってるな」

「はい」

「何故……」

 男性は躊躇するかのように言葉を止めるが、やがて観念したように再び口を開く。

「何故あのガキをここに預ける。見たところ身体の骨格は申し分ない。まだ5歳とはいえ既に戦える状態にありながら、何故この家に預ける?」

「あの子は、あの子の身体は戦うことに特化しすぎています。戦えば戦うほど強く、そして戦いの闇に嵌って行ってしまいます。そんなあの子を救うには戦わせない事しか選択肢は無い。桐崎の家に預けるしかないのです」

「……ならいい、ガキは任せてもらう。今からやるとなると生きるか死ぬかはあのガキ次第だがな」

 男性は女性の言葉を吟味するように目を閉じ、一回手を叩いて立ち上がった。即断即決。この家の掟であり、そうすることで生きながらえてきた末の結果。

「手加減なんか考えるな。こっちにはあいつの身体を気遣う義理は無い」

「あの子は……死にません」

 見下ろされる形の女性はそれまで見せたことがない力強さで答える。

 男性はそれを少し凝視すると、踵を返す。

「完了するまでお前が家の敷居を跨ぐ事を禁じる。完了次第連絡する」

 孫が寝る部屋の前で殺気立つ父を前に娘は顔を上げる。

「お前の母親が町で洋菓子店なんぞ営んでる。しばらくそこに世話になれ。話は終わりだ、さっさと出てけ」

 顔を上げた女性はもう一度頭を下げ、静かに部屋を後にする。去り際に息子の身を案じたのか、一瞬表情を曇らせた。

 実の娘が去ったのを見てから男性は、1分ほど襖の前で立ち尽くしてた。目を閉じ、思考を巡らせる。

 娘が子供を連れて帰って来たのが昨日。まだ5歳にも満たない子供をボロボロになりながら連れて来た。だが目立った傷が無いとこを見ると、やはりあの娘がこの家に一番良く愛されているのが分かる。そしてその子供を見て男性は全てを悟った。

「よりによって閻陣の子なんぞ孕みおって」

 呟き目を開いた瞬間、男性は襖を勢い良く開く。取っ手が張り裂けるほどの力で開かれた襖は壁に激突し轟音を響かせる。

 その音に布団で寝ていた少年は寝ぼけ眼を摩る。まだ状況を理解し切れていない。母親に寝かしつかされて、まだこの家がどんな場所なのかも分かっていない。

 それを男も分かっているはずなのだが、あろうことか男は自身の右足を高々と挙げる。2mほどまで挙げられた右足の着弾点である少年は、頭上にある物をやっと認識する。

 だがそれが何を示すのか、理解した時点で既に取り返しが付かない事態であった。

 挙げられた足が少年の左肩に突き刺さった。何かが折れる音と、少年の悲痛な悲鳴が響き渡った。
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