パルドールズ

石尾和未

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序章「翳る太陽」

2話

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 穏やかな春の風が吹き抜ける。空は雲1つない晴天で浅井利江あさいりえは心地良さに深呼吸をした。風に吹かれて茶色がかった朱色のセミロングが揺れる。真紅の瞳を細めて小さく笑った。規定通りにちゃんと着られた制服はまだ日が経っていない為に新しい。
 利江は希望を胸に今年高校に入学した新入生の内の1人だった。入学後、中学との違いに戸惑いながらも利江は真剣に学校生活を送っていた。今は放課後で、清掃を終えてゴミ捨て場に向かっている最中。廊下では教師や生徒たちとすれ違う。中庭にあるゴミ捨て場に手元にあったゴミ袋を捨てて、教室へと向かった。
 廊下には掃除が終わり、帰り支度をした生徒たちの姿があった。利江は真っ直ぐ教室へと向かい、ドアを開けて教室へと入る。手早くゴミ箱に新しい袋を付けて、自分の席へと戻った。
「利江、お疲れ! 早く帰ろ?」
 彼女の親友である倉敷杏子くらしききょうこが学校指定のスクールバッグを肩にかけ、笑いかける。勝気そうな紺色の瞳に、色素の薄い銀白の髪を高く結っていた。肩ぐらいまで長さがある結われた髪は、彼女が動く度に揺れる。
「おっす! お疲れさんっ! なあ、今日さ! サザナミホビーに頼んでたパーツ届くんだ。寄りたいんだけど利江も来ないか?」
 続けて利江の幼馴染である内藤大地ないとうだいちが利江へ尋ねる。艶やかな黒の短髪、金色の目は楽しそうに輝いた。利江は机の中の教科書やノート類をまとめてスクールバッグに入れながら頷いた。忘れ物が無いか確認してから席を立つ。少し考えて利江は答えた。
「門限があるから途中で帰るけど……いいよ。杏子は?」
「あたしも大丈夫ー」
 答えた二人に大地は嬉しそうに笑ってガッツポーズをした。その幼馴染の喜びように利江は苦笑する。付き合いの長い三人は小学生の頃から一緒だった。特に利江と大地は家が近所同士という事もあって幼稚園から家族ぐるみの付き合いだった。小学校で転校してきた杏子と友達になり、この三人の関係は今でも続いている。偶然にも同じ志望校で無事三人とも合格し喜び合ったのは記憶に新しい。
 大地に急かされながら廊下へ出る。学校内は放課後特有の賑わいをみせていた。生徒たちとすれ違いながら三人は会話する。その内容は今日の授業やテストの結果、出された課題など。
 ふと、杏子のスクールバッグから少女の姿をした人形が顔を出す。20センチくらいの背丈で、緩やかに波打つ長めの金髪を揺らし美しい新緑の瞳は杏子を見つめる。
「メールです、オーナー。……件名は『新作のお知らせ』。複数の画像ファイル付きですね。確認をお願いします」
 その言葉に立ち止まった杏子は制服ポケットに入れていた小型端末を取り出してメールを開く。利江と大地も様子を窺うように立ち止まった。手早く目を通した彼女は端末を戻して再び歩き出す。
「ありがと、ヴィーナス」
 いえ、と短く答えたヴィーナスがスクールバッグの中へと戻った。
「なんだなんだ? どうしたんだ?」
「クラガールのメルマガ。春の新作が出たみたいなんだけれど……お金無いし今回は見送りかな」
 興味ありげに目を輝かせた大地を杏子は軽くあしらう。名前の出た服のブランド名に大地も拍子抜けした。利江は首を傾げる。
 『パルドール』と呼ばれる人型ロボットは全世界に普及していた。パルは仲間、友人、相棒という意味がある。ドールは人形の事だ。その2つを合わせてパルドールと称される。彼らは名の通り、人間の側に寄り添う。時には家族、時には近しい友人、時には恋人。大部分の人間とパルドールは良い関係を築いていた。
 そして昨今、無くてはならないものとなったパルドールは学生たちの間にも広まっていた。小型パルドールの存在である。基本的にパルドールはパソコン以上の高いスペックを持った等身大のものが殆どだった。だが高価であった為、学生たちには到底手を出せるものではない。
 そんな中、比較的安価で最小限の機能を付与された玩具として小型パルドールが発売されたのだ。爆発的に売れた小型パルドールは学生たちの中で持っていることが当然となった。携帯端末とリンクすることにより機能が拡張される仕様はとても便利なものだ。その高いカスタマイズ性は大人たちの中にも広まっていく。
「パルドールか……」
 誰もが所持していることが当たり前となっていたパルドール。だが利江はパルドールを所持していなかった。中学生までは少数ではあれど持っていない者もいた。しかし、高校に入学して周りを見てみるとパルドールを持っていないのは彼女のみであった。自分の下駄箱前で止まり、顔を暗くした彼女の肩を励ますように大地が叩く。彼は靴を履き替えて振り返り笑った。
「利江も買えばいいじゃんか! 別に親父さんたちダメって言わないだろ? んで、買ったらバトルしようぜ! 色々教えるからさ!」
「もう! 大地はバトル相手が欲しいだけでしょ?」
「あ、バレたか」
 次いで靴を履き替え近寄った杏子にツッコまれて彼が悪戯っ子のように笑う。釣られて杏子と利江も吹き出した。履き替えた靴にかかとを入れ、利江は二人の元へ駆け寄った。
 目的地であるサザナミホビーへ向かう道を三人で歩く。まだ日は落ち切っておらず明るかった。途中にある昔ながらの商店街は人通りが多く賑わいをみせていた。話題は利江のパルドールについてになって、大地と杏子が盛り上がる。当人である利江は苦笑し相槌を打つだけで会話に入っていなかった。
「やっぱりバトルドール一択だろ?」
「でも普通のパルドールの方が初心者向けだからそっちの方がいいかも。コンテストにも出れるし」
 意見を二分する二人は熱く語る。基本的に小型パルドールの種類は二種類に大別される。携帯端末と合わせて使用する通常のものと、バトルやコンテストなど競う事に特化したものだ。特化したものは通常のものに比べてスペックは劣る。が、その分競う場において発揮される能力は通常のものより遥かに上回る。パルドール同士を戦わせ勝敗を決めるバトルドールと美しさを審査し勝敗を決めるコンテスト。行われる有名な大会はテレビ中継もされ、大きく賑わうのだ。
「うん……見てから決めようかな……」
 語り合う二人に利江は苦笑した。
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