パルドールズ

石尾和未

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第一部二章「愛に囚われる」

3話

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 急いで会場内へと向かった利江は1回戦、2回戦とは異なるフィールドに驚嘆した。広がるのは湿地帯の大きなジオラマ。鬱蒼とした緑が広がり水が流れている。1回戦での床に線引きがされただけのものとは空気感が異なっていた。
 プロトは迷わずフィールド内に降りていく。その間も利江はジオラマを見て目を丸くしていた。思わず感嘆の声が上がる。
「すごい……」
「そう言ってもらえると嬉しいものだね」
 突然背後から声をかけられ利江は身体を震わせた。声の主は先ほどモニターにいた人物である漣真司だった。髪を緩く撫で付けている彼の年は五十代半ばぐらいで、灰色の質の良さそうなスーツを身にまとっていた。
「はじめまして、お嬢さん。驚かせてしまったかな?」
 真司が柔和な表情で利江に問いかける。
「い、いえ! 大丈夫です」
 慌てて利江が否定すると、良かったと真司は笑んだ。その表情からは彼の温和な性格が窺える。改めて利江は向き直り挨拶をした。
「私は……えっと、浅井利江と言います。漣さん……ですよね? 社長さんの……」
 恐る恐る尋ねる利江に真司は苦笑する。
「そうだけれど、そんなに畏まらないでいいんだよ」
「……すみません、緊張してしまって」
「大丈夫さ。バトルが始まる前にプレイヤーがどんな子なのかを知りたくてね。さっき向こうの倉敷さんともお話ししたんだ……ん? その子が君の相棒かい?」
 ジオラマに降りていたプロトが利江の肩へ跳ぶ。彼は真司をひと睨みした。
「はい、プロトです」
「……相棒なんかじゃねえっての」
 利江が紹介する横でプロトは吐き捨てるようにポツリと呟く。そして軽く彼女の頭を小突くと声をかけた。
「さっさと準備しろよ、そうでなくてもお前は鈍いんだから」
「う、そうだね、ごめん……。それじゃあ失礼しますね、漣さん」
 利江は小さくお辞儀をするとプロトと共に立ち位置へと向かう。その後ろ姿を見送った真司は、少し考えるように手を顎にやり踵を返した。

 既定の立ち位置に利江が立ち、その肩にいたプロトも軽い動作でフィールドへと降り立つ。中央のフィールドを挟み、立つ杏子は何かを堪えるような視線を利江に向けた。既に彼女のパルドールであるヴィーナスはフィールド上で待機している。いつも着用しているフリルのドレスではなく、足元に大きくスリットの開いたとても艶やかなものだった。長い金髪も綺麗に纏めてあり、そこにいるだけで美しいと思える。ヴィーナスはそんなパルドールだった。
 会場の観客席は熱気に包まれていた。しかし、明らかに利江の表情には戸惑いの色が見て取れる。遠目からそれを確認した大地は呟く。
「……やっぱ、言わなきゃよかった……」
 頭を抱えて俯く。正直なところ彼は告白するつもりはなかった。自分の利江に対する想いはなんなのか、それすらもついこの間まで分かってはいなかった。
 利江は大切な幼馴染だ。争いごとが苦手で内気な彼女は守るべき対象だ、大地はそう思っている。しかし、プロトが現れてからバトルを通し認識が変わってきた。
 バトルドールにおいて大切なのは想いの強さだ。想いは心や精神に通ずるもの。弱い、守るべきと思っていた利江は大地が思うよりも強かった。
 幼馴染の知らなかった部分……というより大地が見ようとしなかった部分。それを新しく知るたびに彼は嬉しくなり、同時にどうしようもなく惹かれた。
 実際のところ激励だけで済ませるつもりが勢いで告白してしまったことが大地の頭の中をめぐる。
「……隣に座ってもいいかい?」
 穏やかな声と優しく肩を叩かれ、大地は声の主を見上げる。声の主は漣真司だった。
「えっ! ど、どうぞ!」
 慌てながら大地は置いていた荷物を持ち直し、隣の席を指した。にこやかな笑みを浮かべた真司は小さく礼を言い席に座る。
 改めて周りを見てみると確かに大地の隣の席ぐらいしか空いておらず、ほぼ満席状態だった。
「こんなに席埋まってたのか……」
「昼休憩前の最後の試合というのもありそうだけど、彼女たちはとても魅力的だからね。そうは思わないかい? 内藤大地くん」
 そう言うと柔和な笑みを真司は大地に向けた。
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