パルドールズ

石尾和未

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第一部二章「愛に囚われる」

4話

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「それでは! 両者、準備はできましたか!」
 利江と杏子は向き合いながら小さく頷く。それを合図にカウントが始まり、電子音が鳴り響いた。
「3回戦っバトルスタート!」
 審判の女性が言い切る前、電子音の音でプロトは既に動いていた。足元の悪さを関係ないとでも言うかのように走り抜ける。シンプルなデザインのダガーを出現させるとヴィーナスに迫った。それまで動かなかったヴィーナスが薄眼を開く。瞬間、間合いを取ったプロトが小さなナイフを投げる。
 金属音、ヴィーナスの手にはレイピアが握られていた。弾かれたナイフは搔き消える。美しく微笑むヴィーナスにプロトも好戦的な笑みを返した。
 だが、プロトの動きは時間を追うごとに鈍り始める。最初でこそ飛び出したものの、間合いを詰められずにいた。動きにもキレがない。快勝した1回戦が嘘のように苦戦を強いられ、ジリジリと消耗させられていた。その原因は利江にあった。
 バトルドールにおいて想いの強さは何よりも大切なものだ。オーナーとの想いのシンクロによりパルドールはより強くなれる。逆に言えば、想いが合わなければ本来の力を発揮できない。利江とプロトはまさにその状態だった。
「……っ! こんの……っオーナー! なにしてんだっ!! 指示だせ……っ!」
 本来のポテンシャル以下の力でヴィーナスに対抗するプロトは利江を叱咤する。その声は彼女に届くことはなく、プロトは為す術なくヴィーナスの反撃を喰らう。木に叩きつけられ大幅にゲージが下がる。
「……くそっ……」
 このままじゃだめだと頭では理解している。だが利江の中には大地の姿が浮かぶ。なぜ彼が告白をしてきたのかが彼女には分からずにいた。どれだけ集中しようとも意識はそちらを向く。
 大地は大切な幼馴染、利江にとってそれ以上でも以下でもない。けれど、その想いを無碍にすることは出来なかった。小さな痛みが彼女の身体を支配する。これは恋愛感情などではない。薄暗い気持ちが心を満たす。
 バトル中にも関わらず上の空な利江を杏子は無表情で見つめる。その紺の瞳にある光は薄暗いものだった。杏子が後の親友となる二人と出会ったのは小学生の頃。父の転勤により仲が良かった友達と別れ、転校して来た。本当は友達と別れたくない。しかし、両親のことを考えればワガママは通せなかった。
 孤立していた杏子に話しかけて来たのが利江だ。おどおどと、それでいて優しく彼女は手を差し出す。その手を払いのけることはできなかった。
 その後、利江の幼馴染である大地と出会い、太陽のような彼を好きになった。だがこの想いは伝えてはいけない。そう感じたのは大地の視線の先に気づいたからだった。
 その先にはいつも利江がいる。幼馴染への視線にしてはあまりにも熱烈な視線に気づいてしまった。大地は恐らく無意識で、利江はそれに気づかない。彼を見続けていた杏子だからこそ気づいたものだった。
 杏子は口を閉ざし、溢れる想いに蓋をする。この関係を崩したくないからと理由づけた。明るく快活な倉敷杏子でいたい。そう願った。
 ヴィーナスが木に寄りかかるプロトへ歩を進める。彼は近づく者を冷ややかに一瞥した。
「……鬼ごっこはお終いですか?」
 凛とした声が響く。プロトは軽くその言葉を鼻で笑った。
「はっ……やっと喋ったな、あんた」
「オーナーとの約束なので。さあ、終わりにしましょう?」
 笑みから一転、無表情に戻るヴィーナスからレイピアを鼻先間近に突きつけられる。プロトはそれでもなお小さく笑う。
「……やっぱあんた。バトル向いてねえわ」
 プロトが後ろ手に隠していたナイフを投げる。至近距離かつ油断していたヴィーナスに直撃し少なからず大きくダメージが入った。
 先ほどまでの動きが嘘のようにプロトは軽快に彼女の攻撃を避ける。ヴィーナスの表情には焦りが見え、動きにキレがなくなっていく。
 驚いた杏子が向かい側の利江を見た。彼女は虚ろな表情でフィールドを見ている。その間も嵌められた指輪は光を放っていた。
「あれって……」
「シンクロだと思うよ、主導権を握っているのは……彼みたいだけど」
 大地が驚いた顔で隣の真司を見る。彼は真剣な表情で試合の行く末を見守っていた。あっという間に立場は逆転し、形勢はプロトに傾く。近距離で間合いを取らせないその攻撃に、ポイント差は縮んでいく。ヴィーナスは出来るだけダメージを受け流すことしかできない。
 ポイントが逆転した時、杏子は悔しそうに顔を歪めて俯きポツリと漏らした。
「……利江は、ずるい」
 その時、制限時間の電子音が鳴り響く。
「勝者……浅井利江!」
 利江が気がついた時には決着がついていた。

「……勝っちまった……」
 バトルの結末に大地は驚きを隠せなかった。杏子の強さは彼自身分かっている。コンテストメインとは言え、バトルドールも引けを取らない実力だった。が、利江とプロトは明らかにその上をいく強さ。春から始めたばかりの初心者プレイヤーには見えなかった。
「ほら、次は君の番だ。頑張っておいで」
 真司は優しく大地の肩を叩き席を立ち、出入口へ向かう。その後ろ姿は人混みに紛れた。深呼吸をし、頬を叩いた大地もその後を追うように会場を後にする。
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