333 / 350
Karte.13 籠の中の可不可―夜明
籠の中の可不可―夜明 41
しおりを挟むバスが停留所で止まり、三人は無言で降りると、道の向かい側のバス停へと道を渡った。
幸い、二十分もすれば、村へ行くバスが来るらしい。都会では長い待ち時間だが、ここでは、思っていたよりもずっと短い待ち時間である。
「笙子は……知っているんだろう? 君たちのことを……」
簡素な停留所でバスを待つ時間に、沼尾が訊いた。無論、春名に応える気はなかったのだが、
「ぼくと春名先生は、沼尾先生が思っているような関係じゃありません」
何も応えない――否定すらしない春名の代わりに、仁は言った。
「じゃあ一体――」
「それをあなたに話すつもりもありません」
そこまできっぱりと、日本人らしからぬ態度で言われては、沼尾ももう何も言うことは出来ない。――いや、事実、仁は、日本人ではなく、シカゴ生まれのシカゴ育ち、中国系アメリカ人なのだが。
「……取り付く島もない、とはこのことだな」
沼尾も、それっきり、その話題には触れず、黙ってしまった。
もちろん、沼尾の気持ちも解らないではない。彼が今も笙子のことを気にかけていることはよく解るし、笙子の幸せを望む心にも偽りはないだろう。だからこそ、笙子が幸せになれないかも知れない今の状況に、先走って腹を立てているのだ。笙子がそんなことを――春名を追い詰めるようなことを、望んでいないとも知らずに――いや、知っていながら……。
すでにバスは見えなくなり、この道を通る車も見当たらない。その中、雑木林の茂みが静かに揺れた。本来なら、彼は茂みなど揺らすことなく、木々の合間を駆け抜けることが出来るのかも知れない……。
「――降りてくれると思った」
雑木林から姿を見せた、イサクが言った。その不思議な眼差しは、仁の瞳を見据えている。
――彼は、仁の能力を感じ取っている。
そんな気さえ、した。もしかしたら、彼も仁と同じように1=1+αの能力を持っているのかも知れない。
「村からここまで、自分の足で?」
馬鹿な質問だとは思ったが、逆に仁の方は、ここから村まで走れと言われても、治りきらない捻挫のままでは、とても無理だ。イサクがここで三人をバスから降ろして、どうしたかったのかは知らないが。
「バスの走るこの道より、森を一直線に進めばずっと距離は短い」
「ぼくはこの足だけど?」
自分の足を示して、仁は言った。
「昨日の夜、言っただろ? 今度は君たちを里へ招待すると……」
イサクの言葉に驚かされたのは、三人だった。
確かに昨夜、そんなことを言っていたが、今日、このタイミングで彼らの里に連れて行ってもらえることになるなど……。
仁の視線が、春名に向いた。
「決めてくれ。君を背負って歩くくらいはできる」
春名が言うと、仁はイサクへ向き直り、
「――小春ちゃんのことが気になる。彼女の所へ戻ってからなら」
「村へ戻っても追い帰されるだけだろう?」
「それでも戻らないと――。何か知っているのか?」
その問いには少し時間が空いた。――が、
「ハルちゃんは、あの時の村の人間に捕まっている……」
「――あの時?」
「オレが殺された――オレを殺した奴らだ」
沼尾が息を呑むのが解った。
イサクは今、自分が殺されたあの日を、小春の記憶が作り出したものや思い込みではなく、現実に起こったことだと認めたのだ。もちろん、目の前にいるこのイサクが、その時のイサクと同一人物なのかどうかは疑問が残るが……。
だが、村人たちが行動を起こした以上、小春が目撃した『殺人』は、確かに起こったことだったのだろう。
「なら、彼女を助けに行かないと――。村で彼女を見てくれる人がいないなら、他の町に児童施設を捜すことだって出来る」
仁が真摯に応じると、
「もう遅い」
イサクは言った。
「遅いって――」
「オレたちはずっと大人しくして来たのに……。こうなったのは、あいつらのせいだ……」
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
34
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる