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Karte.13 籠の中の可不可―夜明

籠の中の可不可―夜明 54

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「残念でしたね、先生。笙子先生の元カレとの別れ話が聞けなくて」
 自宅マンションへ戻ると、仁がまた蒸し返すように、からかいを向けた。
「別に俺はどうでもいい」
「へぇ。――あ、荷物から洗濯物だけ出しておいてください。すぐにお風呂、入れるようにしますから。その間に洗濯してしまいます」
 こちらももう通常モードのようで、頭の中でどうすれば効率よく家事をこなせるかに、全神経を向けている。
「下着以外はクリーニングに出しておいてくれればいいよ。君も疲れているだろうし、足だってまだ痛むんだろう?」
 春名が言うと、
「白衣やスーツじゃないんですから、クリーニングなんて必要ないですよ。ぼくが洗うんじゃなくて、洗濯機が洗ってくれるんですから。――あ、干すのは手伝ってくれなくていいです。干し直す手間がかかりますから」
「……」
 家に帰ると途端に、粗大ごみ扱いである。
 仁は風呂の用意をすると、テキパキと荷物を解き始めた。
 バスタブにお湯が溜まるまでの間、春名も言われた通りに荷物の中から自分の着替えを取り出したのだが、
「それも洗うものです」
「いや、これは着てないし――」
「汚れものと一緒に入れてたじゃないですか。ぼくなら絶対、そんな詰め方はしないのに!」
「……私が悪うございました」
 よかれ、と思って、足を引きずる仁を煩わせまいと、出来るだけ自分で帰り支度の荷造りをしたのだが。その結果がこれである。
「小春ちゃんも、今頃施設に着いているでしょうね」
「ああ、そうだな」
「沼尾先生、優しそうだから、これからも様子を見に行ってくれそうだし」
 春名にしてみれば、自分で突っ込んだ首なのだからそうするのが当然だ、と言いたいところだが、
「『かごめかごめ』の方も諦めないだろうしな」
「でも、小春ちゃんの言った通りなら、彼らはもう籠に閉じ込められた鳥じゃないんですよね?」
 もう何処にでも飛んでいける鳥なのだ。
「いつまでも、『臭いものに蓋』は通用しないだろうからな」
「日本の諺ですか?」
「ああ。You can't just sweep your problems under the carpet.――と言ったところだ」
 ――自分の問題を見て見ぬフリは出来ない。
「先生もですよ」
 荷物を整理する手を止めずに、仁が言った。
「……そうだな」
「今まで付き合って来た女の人とはあっさり別れて来たのに、どうして笙子先生は別なんですか?」
 ――それではまるで、ひどい男の代表のような言われ方だ。
「そうだな……」
 仁と、ここまで込み入った話をするのは初めてだった。本当は、もっとこうして話をする時間を作った方がいいのだろうが。
「笙子は俺とだけでなく、君ともいい関係を保てる存在だった」
 シカゴで付き合っていた女性たちとは違い、春名の彼女、というだけではなく、仁の良き話し相手でもあったのだ。肉親も友人もいない仁にとって、春名以外にあれほど気軽に話が出来る存在は、笙子以外にいなかっただろう。
「あ、ぼくを言い訳にしましたね」
「いや、そういうわけじゃ――」
「解ってます。――笙子先生、沼尾先生や春名先生みたいな、どこか違う処を見ているタイプが好きなんですね」
「俺とあいつは同列扱いか?」
「もしかすると、先生が笙子先生にのめり込んだら、そこで笙子先生の興味は醒めるのかも知れないですね」
「……」
 ――子供のくせに。
 結構、的を得ているのかも知れない……。


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