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Karte.2 超心理学の可不可-硝子
超心理学の可不可-硝子 14
しおりを挟む気持ちのいい朝――いや、陽はもうすっかり高くなっている。
仁は、部屋のカーテンを一気に引いて、眩しい光を取り入れた。
「ん……」
窓から差し込む朝の光に、ベッドの中で、春名が眩しげに顔を顰め、光に背中を向けて寝返りを打つ。
まるで、往生際の悪い子供のようで、思わず笑みが零れてしまう。
休日には相応しい姿である。
「先生っ。いつまで寝てるんですか。ディーンスト・フライだからってそんなに寝てたら、かえって疲れが取れませんよ」
と、ベッドの傍らに拠りかかり、春名の寝顔をのぞき込む。
ここは、都内にある春名のマンションの一室である。
昨夜は当直で、今日は休み。のんびりとした一日の始まりである。
「ん……。あふ」
春名が大きく体を伸ばし、眠気を払うように欠伸をした。
窓から降り注ぐ光の中に、広い肩が浮かび上がる。
長い指先が、習慣のようにサイド・テーブルの煙草に伸び――る。が、その手は敢え無く叩き落とされることになるのである。
「ダメですよっ。煙草を吸うのは何か飲んでからにしてください、って、いつも言ってるじゃないですか」
と、煙草の代わりに、傍らに置いたグレープフルーツ・ジュースを、グイ、と突き出す。
「はいはい」
春名は素直に体を起こし、髪をかき揚げながら、グラスの縁に口をつけた。
文句を言ったところで、結果は変わらないのだから。
朝の雫が、乾いた喉を、すっきりと潤す。
そこまで来てやっと、煙草が吸えるのである。――が、今日はグラスを置き、煙草に伸ばす前に、仁の頬と額を覆うガーゼに、手を重ねた。
「大したことがなくて良かった……」
痛々しいガーゼを見ながら、瞳を細める。
あの日の病院での傷である。検査の結果、仁の瞳に損傷は見当たらず、顔や手の怪我も痕が残る心配はない、ということだった。
「あの窓――。まだ壊れた原因ははっきりしないそうだ。恐らく、患者が癇癪を起こして、何かを投げ付けて割ったんだろうが。責め立てる訳にも行かないし」
と、溜め息のように、文句を洩らす。
「大したことなかったんだからいいじゃないですか。ぼくが窓の前を通るのを見て壊した訳じゃないんですから」
頬から伝わる春名の手の心地良さに、そんな寛大な言葉も口を吐く。
「一歩間違えば大怪我だ」
「先生の方が怪我人に見えましたよ」
怪我をした仁よりも、駆けつけてきた春名の方が、余程、蒼い顔をしていたのだから。
「俺が怪我をした方が気が楽だ」
厳しいままの顔で、春名は言った。
「心臓の悪い患者が通りかかっていたら、どうなっていたと思うんだ。あそこは総合病院なんだぞ」
「でも、あの部屋の患者は何もしていない、って言ってるんですから」
「……」
「コーヒー入れますから、起きてくださいね」
まだ不満げな春名を残し、仁は寝室を後にした。
ぽかぽかと暖かい春の陽差しが、リビングにも存分に降り注いでいる。
少しすると、春名が寝室から姿を見せ、バスルームへと姿を消した。それを見て仁は、コーヒー・メーカーのスイッチを、入れた。
シャワーの音を聞きながら、食事の支度を整えて行く。
バスケットに入れたロール・パンと、卵とベーコン、温トマトにサラダ。遅く始まった一日の彩りである。
それを食卓に並べる頃には、春名もローブ姿で席につき、仁は、淹れたてのコーヒーをカップに注いだ。
「新聞は読みますか?」
「――ん」
片手を持ち上げ、春名が、仁の差し出す朝刊を、無造作に受け取る。
「旅行は決まったのか?」
と、新聞を広げながら、問いかける。
「夏ですから、エジプトや東南アジアは外して、北欧かロシアの方がいいかなって思ってますけど――。そうか、ドイツかスイス辺りに」
「任せるよ」
「――。本当は、自分で考えるのが面倒なだけじゃないんですかっ」
あまりにも味気無い春名の返事に、仁は、新聞越しにきつい視線で睨みつけた。
「いつも任せているだろう?」
その春名の言葉にも疑い深く、無言で、じとーっ、と睨みつける。
「だから、そんな顔で睨まなくても――」
春名に助け船が入ったのは、この時で、タイミングよく来客を告げる呼び鈴が鳴った。
「ホラっ、誰か来た。集金じゃないのか」
と、仁を玄関へと追い立てる。
「全部、銀行引き落としですっ」
仁は憮然と言葉を返し、玄関へと足を向けた。
――セールスマンだったら全部買ってやるっ。
と、何とも怖い呟きを零し、その勢いに任せて、ドアを開く。と、そこには――。
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