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Karte.8 青い鳥の可不可―迷走

青い鳥の可不可―迷走 21

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「先生が謝る必要なんか……。ぼくのやつ当たりなのに……」
 まだ子供の自分が悔しくて。
 大学に行かないからといって、春名が仁を追い出したりしないことも知っているし、本当にやりたいことを伝えれば、その通りにさせてくれることも知っている。
 ただ、時々こうして自分の中の不安をぶつけて、春名を試したくなってしまうのだ。
 本当に自分はここにいてもいいのか、と――。
 春名は少しでも自分のことを必要としてくれているのか、と――。
「慣れてるよ。普段、良い子にしている分、鬱憤も溜まって行くだろうからな。――そういや、靴を十足ほど買わされたこともあったなぁ」
「あれは先生が悪いんです」
 数年前のクリスマスのことを思い出しながら、どちらからともなく、笑みを零す。――いや、笑ったのは、春名が先だった。さも楽しそうに、
「あれは高くついた」
 と、笑い話になった過去に、肩を揺らす。
 そう……。笑い話に――。
 いつか、今日のことも、こうして笑いながら話したりするのだろうか。
 きっと、そうに違いない。
 その時には、まだ春名は仁の隣にいて、これからもずっとそんな日が……。
「先生、ぼくは医者にはなりません」
 真っ直ぐに春名を見つめて、仁は言った。
「そうか。それは残念だ。だが、臨床でなくとも、病理や――」
「でも、医師免許は取って、先生の役に立ちたいんです。料理も洗濯も掃除も全部しますから――。先生、何も出来ないでしょ?」
 と、晴れやかな面で、春名を見上げる。
 だが、春名は――と言えば、
「ちょ、ちょっと待て――。それって――、プロポーズ……じゃないよな?」
「真剣に言ってるんですっ!」
「い、いや、俺も真剣に聞いてたけど……そうとしか……」
「茶化さないでください!」
「ちゃ、茶化しては……」
「なら、そうしてもいいでしょう? ずっとそうしたいと思っていたんです」
 もう曲げるつもりはサラサラなかった。
「まあ、そんなに急いで決めなくても、大人になったらやりたいことも見つかるだろうから――」
「大人になったらの話じゃなく、今やりたいことの話をしてるんですっ!」
 すでに言葉は勢いのままに飛び出していた。
 そして、気付いたのである。
「あの……、仁くん――」
「何ですか?」
「焦げ臭くないか?」


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