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Karte.10 天才児の可不可―孤独
天才児の可不可―孤独 4
しおりを挟むクラスの授業は、今まで通っていたエレメンタリー・スクールに比べると、段違いに難しいものになったが、それは暁春にとって興味深いことであり、つまずくようなことではなかった。
強いて言えば、この学校も別に大したことはないじゃないか、と、がっかりしていた。
色々な性格、家庭環境の子供がいることは、以前の学校と同じだったが、クラスの人数はずっと少なく、この10th grade能力クラスなどは、暁春を入れても十三人。十人以上でないと新しいクラスは検討されないようだが、当分その必要はないだろう。
後は、数人の大人が横に並んで身だしなみを整えることが出来るような大きさの鏡が、前面の壁にはめ込まれていた。
「あれはね、ただの鏡じゃなくて、マジックミラーなのよ」
隣の席に座る、同じ年くらいの女の子が言った。
だから、あんなに不自然な場所に嵌め込まれているのだ。
「このクラスからFBIとかCIAに引き抜かれた子もいるんですって」
――なら、今頃後悔しているに違いない。引き抜いた側も、引き抜かれた側も。
「実はわたしのことも時々見に来ているらしいの」
「……」
「わたしもね、PSIなの。人の考えていることがわかるの」
「……」
――嘘ばっかり。
なら、今、暁春が迷惑がっていることだって、解りそうなものだ。
「ただね、その能力は――」
「ぼくは『普通』だから――、君と同じ人間と話せよ」
暁春は面倒くささを隠さずに、そのまま席を立って、廊下に出た。
なぜ、あんなにうっとうしく、次から次に言葉を並べたてることが出来るのか、解らない。自分が興味があることは他人も興味がある、とでも思っているのだろうか。
人と関わることが厭で、子供っぽいエレメンタリー・スクールのクラスメイトたちから、やっと逃れることが出来た、と安堵していたというのに。
ここでもやはり、いるのは少し頭が良いだけの子供ばかりで、誰もが自分のことばかりを話したがる。そんなにぺちゃくちゃ喋りたいのなら、オウムでも飼えばいいのだ。
もちろん、そうして他人を酷評するだけでなく、そういう考えに至る自分の性格も歪んでいる、と感じてはいるのだが……。
だから、トラブルが面倒だから、黙る――そんなクセが付いてしまっていた。
「あ、編入生の――」
――また。
廊下で声をかけられそうになり、暁春は聞こえていないフリをして、踵を返した。
だが――、
「さっき、ロージーと話してただろう?」
と、肩を掴まれ、暁春は刹那、ハッとした。
「あいつ、相手にしない方がいいぞ。嘘つきで、見栄っ張りなんだから」
――そんなこと解っている。
他人の心が読める訳でなくとも、その程度のことは、短い会話の中でも読み取れたのだから。
だが、暁春がハッとしたのは、そんなことのためではなかった。
「……猫の引っ掻き傷?」
声をかけて来た少し年上の少年――その手の甲を見て、暁春は、いくつもの小さな引っ掻き傷があることに釘付けになった。
「ん? ああ、これか。うちのソロモンのだよ。気に入らないと、すぐギャーギャー言うんだ。ホント、女みたい」
まるで、女性の機嫌を取るのに疲れた男のように、その少年は肩を竦めた。
「ソロモン? 猫?」
「そうだよ。――嫌い? アレルギーでもある?」
「別に……。君の方が猫ギライなんだと思った」
少し身を固くして、暁春は言った。
「ぼくが? 何で?」
「……。先生が来たから、クラスに戻るよ」
他に適当な言い訳も見当たらなかったので、暁春はそう言って話を切った。廊下の先から先生が歩いて来たのは本当だったし、廊下に出てきたとはいえ、特に用がある訳ではなかったのだから。
だが、一度視てしまったモノは、頭の中から消すことが出来ない。
あの少年の手に付いた引っかき傷と、すでに洗い流されているはずの、何かの血――。それは、何度洗っても消えないインクのように、新鮮な色をして、濡れた艶を放っていた……。
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