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Karte.12 性同一性障害の可不可―違和

性同一性障害の可不可―違和 19

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「また来てくれて嬉しかったよ」
 駅まで歩く帰り道、優しい笑顔で、圭吾が言った。
「この間の告白、覚えてくれているかな」
「あ……」
 やっぱり来たか、と思ったが、当然、返事は決まっている。
「私……でいいんですか?」
 仁は言った。




「ぷっ!」
「真面目に聞いてください、先生!」
 今日の出来事を話す中、女の子っぽく告白の返事を返す仁の姿を想像して、春名は思わず吹き出していた。
「い、いや、ちゃんと真面目に聞いているよ」
 ――だから吹き出してしまったのだから。
「絶対、いらないことを考えていたに決まってます!」
「……」
 まあ、仁ほどの勘の良さがなくとも、そんなことは察しがついただろう。
「――で、彼は何て言ったんだ?」
 真面目な顔で問い返すと、
「心と体の性が違うことを気にしているのなら、心配ないよ。解決できることなんだから、って」
 まだ睨みながら、仁が言った。
 全く、感心するほど――、
「天才的な話の流れだな。そこまでくれば、いつ海外での手術の話をしても不自然じゃない」
 そこへ話を持って行くまでの時間が、前回の告白も含めて数分しかかかっていない、というのだから。話ベタ、口説きベタな男たちは、彼の巧みな話術を少しでも身に付けたいと思うに違いない。無論、それは計算でも何でもなくて、自然に身につけた特技なのかも知れないが。
「――出ましたよ、もちろん」
 仁が言った。自分の手柄だ、と言わんばかりである。
オペ前の検査は日本でして行くから安心だ、って言っていました」
「何が安心なんだか」
「でも、どうしてこっちでするんでしょう? 先にデータだけ送って、オペの準備をしておくとか?」
「かも知れないな。長く滞在していられない患者も多いだろうし、術前の検査が省けて、データも速く揃うとなると、それだけ滞在期間も短縮できる」
「オペのついでに肝臓とか腎臓とか取られてたら嫌ですよね」
 唇をまげて、仁が言った。
「嫌どころの問題じゃないだろ。臓器売買は立派な犯罪だぞ」
 そう。そんなことは犯罪だ。許されるべきことではない。
 言ってから、二人は同時に互いの顔を見合わせた。
「まさか……」
「先に日本で検査をするのは、ドナーとレシピエントの適合を見るため……?」
 いや、そんなことは考え過ぎに違いない。いくらなんでも……。
「心臓とか取られたら、もうずっと帰って来れないですよね?」
 そりゃ、死んでいるんだから――。
「連絡も出来ないだろうな」
「角膜も肺も何もかも根こそぎ取られたりしたら……」
 心では否定してみても、出て来るのはそれを案じる言葉ばかりで……。
 もしかすると、美野里から何の連絡がないのも、連絡して来ないのではなく、連絡できないからなのかも知れない。
「とにかく、君はもうクラブに出入りしない方がいい、仁くん」
 春名は言った。
 危険と分かった以上、そんな店に仁を出入りさせるわけにはいかない。臓器売買が絡んでいるのだとすれば、圭吾と話をしていたというガラの悪い男は、間違いなくそっちの世界の人間だ。それも組織ぐるみだろう。目を付けられては命にかかわる。
「じゃあ、連絡が取れない美野里という人の家族に捜索願を出してもらいましょうよ。誰か一人くらい、彼女の家の連絡先を知っているかも知れないし、警察が動いてくれれば、向こうも慎重になるでしょうし」
「駄目だ。クラブに行かないと訊けないだろう?」
「じゃあ、見て見ぬフリですか?」
「……。俺が行こう」
 意を決して、春名は言った。
「ええーっ! その身長と肩幅で女装するんですかっ!」
 春名の頭から靴先まで視線を這わせる仁の態度は、言葉以上にモノを言う。
 そんな、思いっきり引きまくる仁の眼差しを睨み返し――、
「するかっ!」
 春名は言った。
「ですよね。需要ないですもんねぇ」
「……」
 ――あってたまるか。
 いや、笑いの需要くらいならあるかも……。


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