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Karte.12 性同一性障害の可不可―違和
性同一性障害の可不可―違和 26
しおりを挟む車のシートが濡れてしまうから――と、一度は老人――六代目組長、鬼界巳之助(驚くことに本名らしい)の好意を断った圭吾だったが、
「怪我もしておるようだし、そっちの子はまだ子供だろう?」
ずぶ濡れ梨花のことを持ち出されると、それ以上遠慮することも出来ず、圭吾は黒塗りのリムジンに乗り込んだ。
この老人、その身分に加え、名前も「鬼の世界の蛇」などという恐ろしさ。それでいて若いモンの面倒見はいいらしい。だからこそ、彼を慕う者の力で、その地位を手に入れたのだろうから。
とにかく、圭吾は転んだ時に肘と顔を擦り剥いていたし、膝も打っている。その痛みに今更ながら気づいたのだが、またすぐに忘れることになってしまい――。
「あ――」
車に乗り、向かいの席に座る少年の顔を見て、圭吾は小さく声を上げた。
だが、それ以上の言葉を続ける前に、少年は人差し指を唇に当て、頭を少し横に振った。
それはそうだろう。LGBTクラブで女装をしていたことなど、誰にも知られたくないに違いない。――いや、それは圭吾が思ったことだったが。
とにかく、高級車のシートはびしょ濡れで、弁償するとしたら一体いくらかかるのだろう、と、そっちの方も気が気ではなかった。
何より――、
「こんなことに巻き込んでしまって、ごめん」
圭吾は、隣に座る梨花に、謝った。
「ううん。圭吾さんはわたしを逃がしてくれようとしたし、目の前に美野里がいたとしても、きっと同じように逃がそうとしてくれたと思う。あんなこと、圭吾さんも知らなかったんだから……」
「……」
きっと、これから、犠牲にしてしまった人たちの重みを背負って、一生、生きて行くことになるのだろう。今日のことを忘れることなど出来ないし、自暴自棄になることも許されない。
今までは、病気のことがいつも頭から離れなかったが、今思えばそれも些末な事――。生きているからこそ病気にもなるし、その病気が自分を選んだのなら、最後まで付き合っていくしかない。
生きているのだから。
死んでしまった者たちには、もう出来ないことを……。
男だとか、女だとか、病気だとか……そんなことで悩んでいられるのも、こうして生きて、未来を描くことが出来るから――。
それから、梨花の隣に座っているのが春名という精神科の医師で、向かいの六代目鬼界巳之助の隣に座る美女が、クリニックのセラピスト、霧谷笙子、そして、その隣が春名の秘書の『仁くん』であると紹介を受け――それだけだった。彼らは圭吾のことを咎めもしなかったし、ことの全てを訊き出そうともしなかった。
だから、圭吾は思ったのだ。
梨花は、いい先生に出会えたのだな、と……。
近いうちに日本でも、ジェンダー・クリニックが身近なものになればいいな、と……。
そして、明日、警察へ行こう、と……。
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