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喋らない猫
しおりを挟む「どうだ? 猫の言葉が聞き取れただろう?」
郡司は訊いた。……のだが、藤堂は訝かし気に眉を寄せ、
「にゃあ、と聞こえただけだ」
「そんなバカな!」
郡司は、藤堂の手から神秘のカードを取り上げると、自分も猫を見ながらカードを擦った。あの時、自宅でしたのと同じように……。
だが――。
猫は、ミャア、と言い残すと、お尻を向けて去って行った。
「――聞こえたか?」
その様子を見ていた藤堂が問いかける。
もう何が何だか解らなかった。
「いや……」
と、ひと言、郡司は言った。
自宅では確かに犬の言葉が解ったのに、今はただの猫の鳴き声にしか聞こえなかったのだ。それとも、自宅で聞いたあの言葉も、本当は犬の言葉などではなく、隣家の住人が叫んだ言葉だった、と言うのだろうか。
「犬限定じゃないのかぁ?」
落ち込む郡司を前に、冗談のように藤堂が言った。――そう。これでは信じてもらえないのも無理はない。今は郡司自身でさえ、自分の見たもの、聞いたことが信じきれない状態なのだから。
「……盗難届を出すから、このカードに付いた指紋の男のことを調べてくれないか? 俺が持っていた【アルカナ】を盗んだ男だ。名前と住所が知りたい」
動物の言葉が解るカードだと思っていた【Four of Wands】を藤堂に渡し、郡司は自分の車へと翻った。
「どこへ行くんだ?」
藤堂が訊く。
「最初の現場――三牧が車に撥ねられた場所だ。他にも何かあるかも知れない」
何もせずに、のんびりと待っている気にはなれなかった。紗夜の行方も知れないまま、何一つ手掛かりが得られずにいるのだから。返す返す、あのチンピラのような男にカードを盗られてしまったことが悔やまれる。
――あのカードさえあれば……。
あのカードがあったなら、京都でもドイツでも、紗夜の行きそうな場所を瞬く間に飛び回ることが出来たというのに。
悔しさに歯噛みする思いで、藤堂がカードの指紋の主を調べてくれている間、郡司は事故現場の周辺を歩いてみた。
少し先には紗夜と行った総合病院があり、見舞客を見込んだ花屋、カフェ、入院患者の身の回りの物を揃えることが出来る衣料品店や雑貨、履物の店、介護用品店や、訪問看護ステーション、ファストフード店、企業ビル……このどこかに、三牧の知っている場所があったのだろうか。
そんなことを考えていると、急に視界が悪くなり始めた。
「……霧?」
季節柄、霧が出ることもあるだろうが、この黄昏時、しかもこんな街中で霧が出るなど――。
郡司は思いもかけない視界の変化に、いつの間にか足を止めていた、――いや、それは郡司だけでなく、通りを行き交う人々の誰もが、怯えるように立ち竦んでいた。こんな時刻に唐突に霧が現れるなど、ここでは初めてのことだったのだ。山や海の近くなら、こういうこともあるのかも知れないが……。
「あなた、【アルカナ】を拾ったでしょ?」
不意に、霧に紛れて近づいてきた女が、耳の傍で囁いた。
もちろん郡司は驚いたが、その問いかけのお陰で、この霧の正体も察しがついた。これも恐らく、神秘と呼ばれるあのカードの力なのだ。
「ああ。拾った。――が、とっくに他の奴に盗られた後だ。欲しいのなら、盗った男を捜すことだ」
車に撥ねられた男が誰かに追われていたのなら、何か、カードを持った人間を感知する方法があるのかも知れない。
「その男の名前は?」
「知っていれば警察に届けている。チンピラのような男だ。――それより、なぜ俺がカードを拾ったと判ったんだ?」
郡司は訊いた。
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