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負けのカツの情報

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「あら、寝ないで何かやり始めたわねェ」
 モニター画面を見ながら、腕を組んで、女は言った。御館様と呼ばれるミイラを『お姉さま』と呼んだ女、六条アヤメである。
「壁に穴を開けるつもりなのでしょう。地下から地上まで掘り進めることなど出来るはずもないのに」
 監視カメラの映像をチェックしながら、男が応える。
「一日では無理よねェ。十日くらいかかるのかしら?」
「指が無くなる方が早いのでは?」
「それもそうね」
 退屈しないTV番組を見るように、二人の会話は楽し気に続いた。
 その間も郡司は、黙々と壁を掘り続けている。
「さっきのメール、本物かしら?」
 ふと、笑みを消して、六条アヤメは言った。
 郡司が横になっていたベッド宮のライトには、小さなカメラが仕込んであるのだ。もちろん、カメラがあるのはそこだけではないが――。今もモニターには、いくつもの角度から郡司の姿が捉えられている。
「天秤宮の【JUSTICE】ですか?」
「ええ。私たちが何度メッセージを送っても、知らん顔だったのに」
「透視能力の【JUSTICE】の他に、相手の心を読み取る【THE HIGH PRIESTESS】の【アルカナ】を持っているのだとしたら、厄介ですね」
「あら、それではまるで、返事をもらえない私たちの腹の中は真っ黒みたいじゃない」
「少なくとも、あの男のように『消えた妻を探したいだけで、カードは一枚も要らない』と思っている者は一人もいませんから」
「じゃあ、やっぱり【JUSTICE】から見れば、真っ黒なのね」
「ですが、我々は手に入れました。【JUSTICE】に近づける人間を……」
「やっと、【JUSTICE】の姿を拝めるのね」
「あちらの手にある切り札トランプも――」
「楽しみだわ。せいぜい頑張って穴掘りをしてもらわなきゃ」
「御館様にもお知らせしましょう」
「そうね。――いえ、いいわ。【THE SUN】の所在が知れたわけではないし――。もう少しさぐってからにしましょう」




 早朝――。
「畜生!」
 携帯に届いたメールを見て、藤堂は唇を歪めて悪態づいた。
『負けのカツ』についての情報など、まだ一つも掴んでいないというのに、
《 何も掴めなければ、今後二十四時間ごとに、郡司秋良の指を一本ずつ自宅に送り届ける 》
 というメッセージが届いたのだ。
「クソったれ!」
 署に出勤して、また、誰に言うでもなく悪態を吐き、藤堂は苛立ちを顕わに、こぶしを結んだ。
 確かに、ドッグカフェで話をしている時は、早野が現金輸送車を狙うのでは――という結論に至ったが、それが藤堂の管轄区域内で起こる事件とは限らない。むしろ、自分の――早野自身のテリトリー外で悪事を働く可能性の方が高いことだってある。――いや、そもそも早野勝也は本当に金を手に入れるために、テレポ―テーション出来るカードを盗んだのだろうか。それさえ、はっきりしていない。
 そんな中で、どうやって情報を手に入れろ、というのだろうか。
 警察という組織に属していようとも、事件や通報が無ければ、こちらからは動き出せないのが、藤堂の属している組織なのだ。余計なことをすれば出世に響くし、自分から仕事を作ろうものなら、あからさまに嫌な顔をされてしまう。それでなくとも、毎日やらなくてはならないことが山積みなのに……。
 だが、そんな中、一件の通報が舞い込んで来たのである。自宅の裏庭に知らない男が倒れている、という、何とも要領を得ないものだったのだが――。単なる不法侵入ではないようだが、最近は痴呆老人などが徘徊し、事故に遭ったり、途中で倒れたりして、こういう風に通報されて来ることもある。今回もそうではないかと思ったのだが、通報によると、男はまだ老人というには早過ぎる、ちょうど、早野と同じような年頃の男だったのだ。
 ――もしかして……。
「ちょっと出て来ます!」
 藤堂は一目散に、出勤して来たばかりの署を飛び出していた。

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