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四姉妹(注:オカマ一人)

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「オレだ。開けてくれ」
 ドア越しに聞こえるのは、藤堂の声。
 ――やっぱり。
 皆で顔を見合わせながら、入って来た藤堂を見て、鼻をつまむ。
「そんな嫌な顔をするなよ。背中にカメムシが付いていたらしくて、車のシートに凭れたら、この匂いだ。オレはその車にずっと乗って来たんだぞ」
 藤堂の話では、窓は開けていたが、信号待ちで止まるたびに、強烈な匂いが鼻に襲い掛かって来たらしい。そして、今も――。
「寒いのを我慢して上着を脱いできたが、それでもこの匂いだ」
 皆で藤堂の服や体を調べてみたが、虫はどこにも見当たらなかった。車のシートに挟まれたカメムシは、その後どこへ消えたのかは判らなかったが。
「取り敢えず、藤堂の車は乗り捨てて行こう」
「おいっ! 警察車両じゃなくとも、オレの車だぞ。現職刑事の車がこんなところに乗り捨ててあるのが判ったら――」
「哲っちゃんに頼んでおいてあげるわよ。しばらく預かってもらえばいいだけなんだから」
 アザミの言葉に、
「哲っちゃんて、誰だ?」
 藤堂が訊く。
「このホテルのマネージャーで、彼――彼女の知り合いらしい」
 郡司は、一足先にここへ来て知り得た情報を、藤堂に告げた。何しろ、部屋に入ってアザミが内線をかけると、その哲っちゃんというのが飛んで来て、御用聞き宜しく、至れり尽くせりの要望を適えてくれ、アザミの注文通りの郡司の服や(何故アザミが選ぶ?)、これから訪れる藤堂の服も一式揃えてもらっていたのだから。
 ちなみに、タヌキにはフルーツ盛りを……。今はそれを平らげて、ベッドで昼寝(朝寝?)を決め込んでいる。
「そんなことより、オマエ、早く風呂にはいれよ。臭くてたまらない」
 離れた場所で鼻を覆うシバに、藤堂も逆らう気はないようだった。ゴツく、汗臭い刑事であっても、やはりカメムシの匂いは不快なのだ。
「――こうなったら、知っていることを話してくれないか?」
 藤堂がバスルームへ消えるのを見て、郡司は我慢できずに口を開いた。
「あら、あなたに私と取引出来るだけの対価があるのかしら?」
 何食わぬ顔で、アザミが言う。
「あの館にいた女の一人は、おまえが最初に化けていた女にそっくりだったぞ!」
 ここはもう、引くわけにはいかない。アザミがあの館の人間を知っていることは確かなのだから。物質変換を可能にする【THE MAGICIAN】のカードを使ったら、偶然、あの女の顔と同じになった、ということなどあり得ない。
「仕方がないわねぇ」
 アザミは言うと、
「私たちは若草物語のマーチ家のように、四姉妹なのよ」
 と、頬杖をついた。ついでに、ヒゲの剃り残しがないか確かめるよう、さりげなく顎から頬にかけてを一撫でする。――が、すかさずそこへ、
「おまえ、男だろ」
 シバのツッコミ。
 言い忘れていたが、微かな物音や匂いを感じた時、シバがいつでもアザミに伝えられるように、全ての生き物と話せる【Two of Wands】を使ったままなのである。
「心は乙女なのよ!」
 アザミは強引に四姉妹設定にしてしまうと、
「長女のアカネ、次女のアヤメ、三女の私――」
「長男だろ」
「煩いわね! ――それから、四女のアオイ」
「四女は見なかったな……」
 アカネという長女は、恐らく、御館様と呼ばれていた、あの黒く干からびたミイラのことに違いない。次女のアヤメは、アザミが最初に姿を借りていた、あの女――。郡司はそれぞれの顔と名前を当てはめながら、
「どうして君と三姉妹はこんな【アルカナ】を持っているんだ?」
 その質問に、
「……」
 アザミは何か言いたげに目を細め……。
「四姉妹――だったな」
 郡司は情報を得るために言い直した。
「それはねぇ……」

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