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四阿の死神

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 山裾を下り、なだらかな斜面に沿って樹々の間を歩いて行くと、見晴らしのいい草原に、今はもう手入れもされていない四阿ガゼボが現れた。壁のない、柱と屋根だけの西洋風の小さな休憩場所である。かつては白い柱と金糸雀カナリヤ色の屋根が美しかったのだろうが、どうやらもう何年も捨て置かれているらしく……。
 タヌキが案内してくれたのは、そこだった。
「おーれー、ここでごーはんくう」
 いつもここで食べ物をもらっているのか、タヌキが言った。見れば、近くにウサギの巣穴もあるようで……。そわそわと誰かが来るのを待っている。もちろんそれは、【JUSTICE】に違いないのだろうが。
「どう、シバちゃん? 何か匂う?」
 人待ち顔のタヌキを尻目に、アザミが訊いた。
 爆弾が仕掛けられていたり、毒物が置かれていては困るので、不審な匂いや気配がないか、一応、確認しておかなくてはならない。となると、人間の嗅覚より、犬である。
「なんでおればっかり……」
 そんな不満げなシバの声が聞こえて来そうだったが、
「ワン!」
 特に不審な匂いはしないようで……。
 皆で四阿ガゼボに近づいてみる。
「……【アルカナ】?」
 アザミが、四阿ガゼボのベンチに置かれた一枚のカードを目に留めて、余りにも無防備な置き方に眉を寄せる。――いや、ここには案内されて来たのだから、そのアルカナも無防備ではないのかも知れないが。
「俺に取れって言うことか?」
 一応、確認。そして、この場は郡司が取るしかない。
 その【アルカナ】には、白馬にまたがる骸骨の騎士が描かれていた。番号は【ⅩⅢ】。いかにも不吉なカードである。祈りを捧げる司祭と子どもは生きているが、馬の足元には死人もいる。
「【DEATH】――死神ね」
 いちいち読み上げなくてもいいのに、アザミが言った。
「おい、郡司、やめておいた方がいいんじゃないのか? そりゃ絶対、何かの罠だ」
 藤堂の言葉には賛成だった。
 だが、取らなくては前に進めない。
「はよーせーよぉ。ごーはーんー」
 タヌキが面倒くさそうに、郡司を急かす。
「おまえ、いつも貧乏くじを引く運命だろ?」
 そんなシバの声も聞こえて来そうで……。
 郡司は決意を固めて、【アルカナ】を取った。もちろん、手に取っただけでは何も起きない。
「……擦っても、誰かが死んだりしないよな?」
【JUSTICE】のサイトでは、確か『死を知らせる』アルカナだと書いてあったはずだが、こんな不吉な絵柄を見ては、確認せずにいられない。
「おー! しーなん!」
 ――タヌキに太鼓判を押してもらっても……。
 それとも、死なん、ではなく、知らん、と言ったのだろうか。
 郡司は、祈るような思いで、カードを擦った。
 皆が一歩下がったような気がした。――気のせいかも知れないが。
 そして、刹那、目の前に倒れる累々たる死体のビジョンが広がった。郡司や藤堂、アザミはもちろん、シバも、あの館のミイラも、アヤメという女も、男たちも、皆、息絶えて倒れている。
「何だ、これは……?」
 郡司が言うと、
「その中に、わたしもいるのよねー」
 どこか嗄がれた不快な声が、四阿ガゼボの上から聞こえて来た。
 皆が、ハッとして四阿ガゼボを出て、上を見上げる。
 そこには――。

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