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朝比奈リラの正体
しおりを挟む「私たちの呼び名は色々あるけど……」
「私たち?」
――他にも誰かいるのだろうか。
見渡す限り、ここには彼女以外の気配はない。あとは妙な陳列物ばかりである。
「そう。私たち――。このスパイラルに集うモノは、言うなれば……そうね、【付喪神】とでも言えばいいのかしら。少なくともカツはそれで納得したわ」
「付喪神?」
付喪神と言えば、『陰陽雑記云器物百年を経て化して精霊を得てよく人の心を誑かす是を付喪神と号といへり』――室町時代に作られた付喪神記の冒頭にある通り、『器物に宿った霊は一〇〇年を経ると化ける能力を手に入れる』という、所謂、妖怪の類である。一〇〇年を過ぎて能力を得た器物神は【付喪神】、九九年で捨てられた器物は【九十九神】と云うらしいが……。
なら、ここにあるものは全て、一〇〇年以上の時を経たもので、目の前にいる、この朝比奈リラも百歳を超えている、ということになる。
「ここにいるモノたちは自ら何かに宿ったり、憑かされたり、封じられたり――。成り立ちは様々だけど、持ち出されて行儀良くしているモノばかりではないわ」
――それはそうだろう。
あの【アルカナ】から出て来たモノを目の当りにすれば、うなずける。そして、このスパイラルにいる神秘――付喪神が向こうの世界に持ち出されるのも、今回が初めてではないに違いない。古からの恐ろしい妖怪伝説は、過去にも付喪神たちが持ち出された――或いは呼び出されたことを裏付けている。その度、人々が怯え、死に至る出来事が起きて来たのだ。
「君は人に取り憑く【付喪神】なのか?」
郡司は訊いた。
「そういう言い方をすればそうなるわね。このスパイラルでは【アルカナ】というのが呼び名だけど」
付喪神は、ただここにいるモノたち――もしくは閉じ込められている【アルカナ】たちを説明するために用いた言葉で、その本質は似て非なるものなのだ、とリラは言った。
「この体は、その昔、人魚の肉を食べて不老不死になったという娘の体だったものよ」
「……八尾比丘尼?」
確か、十六、七歳の娘の姿のまま、八〇〇歳まで生きたと云われている。
「だから君は年も取らないし、死ぬこともないのか?」
郡司は訊いた。それなら、リラの変わらない姿の説明も付くし、器物だけでなく、生き物も齢を重ねれば人ではなくなる――という裏付けにもなる。
だが、その問いに、リラは少し笑っただけだった。そして、
「私が彼女に取り憑いたのか、彼女が私という【アルカナ】を生み出したのかは、もうよく覚えていないわ」
「……」
100年を過ぎた器物は、人々が妖怪と呼んで恐れる【アルカナ】となる。――猫も長生きをすれば猫又になる。なら、人も、やはり……。
「解ったでしょう? 私も六条沢瀉に引き寄せられたアルカナの一つに過ぎない。私には他のアルカナを回収する義務も力もない。――これで満足したなら、また新たな火種を拾わない内に帰った方がいいわ」
「俺も、この螺旋の神秘に取り憑かれると言うのか?」
「そうならないように言っているのよ」
それなら紗夜のことも、すぐにここから追い出してくれればよかったのに――。
心の中で、そう愚痴ると……。
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