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厨房改装
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床の修理が終わり、資金の目処も立ったことで、いよいよ私は「お菓子屋さん開業」という夢に、具体的に手を伸ばせる段階に入った。
――次なる難関は、厨房である。
「ここが“心臓”になるのよ。スイーツという命を生み出す、最も神聖な場所なの」
私は、改装前のがらんとした厨房スペースに立ち、熱く語った。目の前には、すでに職人の親方が三人ほど待機している。
木工担当、給排水担当、内装仕上げ担当。いずれも王都で評判の職人たちだ。さすがに今回はミラー氏も本気を出したらしく、顔ぶれに抜かりはない。
「では、改装の基本方針をお聞かせください」
木工担当の親方が、メモを取り出した。
「まず、広い作業台を中心に設置して。オーブンは二台。できれば対流式と直火式の両方。あとは冷蔵保存用の棚と、焼き菓子用の乾燥棚、泡立て器や粉ふるい機も要るわ」
親方の筆が一瞬止まった。
「……泡、立てる……機械?」
「ボウルをセットして、ハンドルを回すとメレンゲができるの。手で泡立てるより何倍も効率がいいのよ」
「そ、そんな魔道具が……?」
「魔道具じゃなくて機械。歯車式で大丈夫よ」
私は前世の調理器具の構造を思い出しながら、紙に簡単な図を描いて見せた。歯車とハンドル、回転軸、固定台。
親方たちはそれを見て、唸った。
「……こりゃ、面白い」
「作れますか?」
「やってやれねぇことはねぇが、材料が特殊だ。細工も繊細だ。工賃が……」
「そこは相談しましょう。見積もりを出してくれれば考えるわ」
◆◆◆
問題はそこからだった。
「で、姫さん。ここに水場を作るってのは、無理だね」
給排水担当の親方が、地図を広げながら断言した。
「厨房の左奥に、シンクを設置したいのよ」
「無理無理。そっちは古い配管が走ってて、崩したら下の基礎が持たない。こっちの壁沿いなら、なんとかなる」
「でも、それじゃ作業動線が悪いの。生地の仕込みから洗浄までの流れが、ぐるっと一周回る形になるわ」
「知らんよ。物理的に無理なもんは無理だ」
私は唇を噛んだ。確かに、建物には限界がある。でも、厨房の配置は、調理効率に直結する。甘い匂いを満たすためには、動きやすい空間が必要不可欠なのだ。
「……壁を抜くのは無理でも、水を引くだけなら、天井から持ってこれない?」
「天井から?」
「うちの前世ではそういう構造もあったの。配管を天井裏に這わせて、上から下ろすの」
親方が天井を見上げた。
「……やったことはねぇが、面白ぇ。やってみるか」
◆◆◆
木工の親方は、作業台の素材で揉めた。
「姫さんが描いた図じゃ、この作業台、ナラの無垢材を一枚板で使うことになるぞ?」
「ええ。清潔で丈夫で、何より美しいから」
「そりゃ美しいが、反りやすいし、重いし、値も張る。普通は集成材で作るもんだ」
「でも、ナラじゃなきゃダメなの。前世で、私はこの材で作られた台の上で、ケーキを仕込んでいたの」
親方が、じっと私の顔を見た。
「姫さん……」
「え?」
「ちょっと好きになりそうだ」
「……いきなり何言ってるの?」
私は顔をしかめ、エマは小声で「やめてください!」と抗議していた。
◆◆◆
作業は昼夜を問わず続いた。
職人たちは意地になっていた。こちらが示す図面や提案に、はじめは半信半疑だった彼らも、次第に目を輝かせるようになっていた。
特注のオーブンをどう設置するか。棚の高さをどう揃えるか。魔導冷蔵庫をどこに置けば電力効率がいいか。
「姫さん、これ、どこで学んだんだ?」
ある晩、親方がぽつりと聞いてきた。
「……人生経験、ってことにしておいて」
「ふむ、説得力はあるな」
親方たちは頷き、再び作業に戻った。
◆◆◆
一週間後。
私は店内に立ち尽くしていた。
目の前には、光沢のある作業台、ぴかぴかのシンク、壁に埋め込まれた対流式オーブン。棚は高すぎず低すぎず、道具はすべて専用のフックで吊るされている。
「……これが、私の厨房……」
自然に、手が伸びた。作業台の表面を、そっとなぞる。
冷たく、滑らかで、確かな重み。
「お嬢様」
エマが傍らに立っていた。
「ついに、ここまで……」
「ええ。ここから、やっと始まるのよ」
私は、厨房の真ん中に立ち、天井を見上げた。
「よくぞ戦い抜いた、クラリス」
私は一人、小さく勝利宣言を口にした。
――次なる難関は、厨房である。
「ここが“心臓”になるのよ。スイーツという命を生み出す、最も神聖な場所なの」
私は、改装前のがらんとした厨房スペースに立ち、熱く語った。目の前には、すでに職人の親方が三人ほど待機している。
木工担当、給排水担当、内装仕上げ担当。いずれも王都で評判の職人たちだ。さすがに今回はミラー氏も本気を出したらしく、顔ぶれに抜かりはない。
「では、改装の基本方針をお聞かせください」
木工担当の親方が、メモを取り出した。
「まず、広い作業台を中心に設置して。オーブンは二台。できれば対流式と直火式の両方。あとは冷蔵保存用の棚と、焼き菓子用の乾燥棚、泡立て器や粉ふるい機も要るわ」
親方の筆が一瞬止まった。
「……泡、立てる……機械?」
「ボウルをセットして、ハンドルを回すとメレンゲができるの。手で泡立てるより何倍も効率がいいのよ」
「そ、そんな魔道具が……?」
「魔道具じゃなくて機械。歯車式で大丈夫よ」
私は前世の調理器具の構造を思い出しながら、紙に簡単な図を描いて見せた。歯車とハンドル、回転軸、固定台。
親方たちはそれを見て、唸った。
「……こりゃ、面白い」
「作れますか?」
「やってやれねぇことはねぇが、材料が特殊だ。細工も繊細だ。工賃が……」
「そこは相談しましょう。見積もりを出してくれれば考えるわ」
◆◆◆
問題はそこからだった。
「で、姫さん。ここに水場を作るってのは、無理だね」
給排水担当の親方が、地図を広げながら断言した。
「厨房の左奥に、シンクを設置したいのよ」
「無理無理。そっちは古い配管が走ってて、崩したら下の基礎が持たない。こっちの壁沿いなら、なんとかなる」
「でも、それじゃ作業動線が悪いの。生地の仕込みから洗浄までの流れが、ぐるっと一周回る形になるわ」
「知らんよ。物理的に無理なもんは無理だ」
私は唇を噛んだ。確かに、建物には限界がある。でも、厨房の配置は、調理効率に直結する。甘い匂いを満たすためには、動きやすい空間が必要不可欠なのだ。
「……壁を抜くのは無理でも、水を引くだけなら、天井から持ってこれない?」
「天井から?」
「うちの前世ではそういう構造もあったの。配管を天井裏に這わせて、上から下ろすの」
親方が天井を見上げた。
「……やったことはねぇが、面白ぇ。やってみるか」
◆◆◆
木工の親方は、作業台の素材で揉めた。
「姫さんが描いた図じゃ、この作業台、ナラの無垢材を一枚板で使うことになるぞ?」
「ええ。清潔で丈夫で、何より美しいから」
「そりゃ美しいが、反りやすいし、重いし、値も張る。普通は集成材で作るもんだ」
「でも、ナラじゃなきゃダメなの。前世で、私はこの材で作られた台の上で、ケーキを仕込んでいたの」
親方が、じっと私の顔を見た。
「姫さん……」
「え?」
「ちょっと好きになりそうだ」
「……いきなり何言ってるの?」
私は顔をしかめ、エマは小声で「やめてください!」と抗議していた。
◆◆◆
作業は昼夜を問わず続いた。
職人たちは意地になっていた。こちらが示す図面や提案に、はじめは半信半疑だった彼らも、次第に目を輝かせるようになっていた。
特注のオーブンをどう設置するか。棚の高さをどう揃えるか。魔導冷蔵庫をどこに置けば電力効率がいいか。
「姫さん、これ、どこで学んだんだ?」
ある晩、親方がぽつりと聞いてきた。
「……人生経験、ってことにしておいて」
「ふむ、説得力はあるな」
親方たちは頷き、再び作業に戻った。
◆◆◆
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自然に、手が伸びた。作業台の表面を、そっとなぞる。
冷たく、滑らかで、確かな重み。
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エマが傍らに立っていた。
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