婚約破棄されたからスイーツ店を開きます!

柏木

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資金調達

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 床の抜けた店舗を修理してから三日。店内にはようやく人が歩ける程度の整備が整い、工事の見積もりと改装プランも決まりつつあった。

 だが、問題はここからだった。

「……で、これが必要な資金の見積もりね」

 私は職人の提出した書類を手にし、眉をひそめた。そこには、整然と並んだ数字。木材、設備、厨房道具、装飾品、給水管の引き直しまで、必要な金額が丁寧に書き込まれていた。

「これ、本当に“最小限”なの?」

「ええ。職人としての誇りにかけて、ぼったくりなど一切ございません」

 責任者が胸を張って答える。

「信じてはいるけれど、問題は……これをどう工面するかよね」

 私は深いため息をついた。店の契約、修理費用、そして開業準備金。すでに支払い済みの金額だけでも、一般的な貴族の一年分の生活費に匹敵する。

 ……なのに、まだこの先に厨房器具と什器と家具と人件費が控えている。

「お嬢様、まさかとは思いますが、公爵家からさらに――」

「ダメよ。もう十分に出してもらったわ。これ以上、家の名前に甘えるつもりはないの」

 私は机を指でとんとんと叩いた。

「だから、自分で資金を用意する」

「……自分で、ですか?」

「そう。王都には商人がいるわ。融資を受けるか、もしくは――クラウドファンディング的なことができないか、探る」

「お嬢様、それは一体なんの魔法の一種ですか?」

「違うわ。ただの、資金集めの方法よ。前世では割とポピュラーだったけど……この世界でも似たような発想は通用すると思うの」

◆◆◆

 翌日、私は王都最大の商業地区『イース・バザール』に足を運んだ。ここは商人たちが軒を連ねる、まさに経済の心臓部である。

「うわぁ……」

 思わず声が漏れた。

 果物、布、香辛料、金銀細工、魔道具。ありとあらゆる商品が並び、客と商人の掛け合う声が飛び交う。香りも雑多で、甘さ、辛さ、油、香水、革の匂いがごちゃまぜだった。

 私は人波を縫いながら歩き、エマとともに評判の高い商会を三軒訪ねた。融資を願い出るためだ。

 一軒目――門前払い。

 二軒目――丁寧な断り。

 三軒目――話は聞いてくれたが、首を傾げられた。

「公爵令嬢が菓子店? 本気でございますか?」

 商会の番頭が目を丸くして言った。

「ええ、本気よ。もう物件は契約済み。厨房も整備中」

「はあ……しかし、菓子屋は利益が薄く、原価率が高い。新規参入では難しいと聞きますが」

「その分、回転率と味で勝負するわ。競合が少ないからこそ、可能性はあるの」

「ふむ……では、売上の見込みは?」

「それも、用意してあるわ」

 私は前夜に必死で作成した『資金計画書』と『収支予測』を差し出した。前世の知識を頼りに、できる限り現実的な数字をはじき出したつもりだ。

 番頭は書類に目を通し、しばらく無言になった。

「……これは、かなり練られておりますな。まるで商家の御曹司が作ったような……」

「褒め言葉として受け取っておくわ」

「ですが……やはりリスクが高い。申し訳ありませんが、現段階では難しいかと」

 ――また、断られた。

◆◆◆

 その夜、私は小さな宿のカフェで紅茶をすすっていた。エマは少し離れた席で、帳簿の整理をしている。

 指先にはインクの染み。肩は凝り、目も重い。けれど、頭だけは冴えていた。

「やっぱり、資金がなければ何も始まらないのね……」

「お嬢様」

 エマがそっと寄ってきた。

「お気を悪くなさらずにお聞きください。ですが、やはりご実家にご相談を……」

「それは、最終手段に取っておくわ。絶対に頼らないとは言わないけど、今はまだ自分でやれる範囲で頑張りたいの」

「でしたら、ひとつご提案がございます」

「なに?」

「“前払い方式”ではいかがでしょう」

「前払い?」

「はい。お店の開業に先んじて、“会員”を募るのです。一定額を支払ってもらい、開店後に商品や特典を提供する。まさに、お嬢様が言っていた“クラウド・ふぁん……”のようなものに近いのではと」

 私は目を見開いた。

「エマ……天才ね!」

「いえ、たまたま思いついただけです」

「でも、それ、やってみる価値はあるわ!」

◆◆◆

 私はすぐに『クラリス・スイーツ支援会員制度』を考案した。

 会員特典は以下の通りだ:

店舗開店後、ケーキとドリンクの無料引換券

会員限定の試作品提供

名前入りの感謝カード

店内のプレートに支援者として名を刻む

 そして、店の前に掲示板を設置し、そこに「新規開店予定店の支援者募集」の張り紙を出した。

「こんな前代未聞のこと、果たして集まるかしらね……」

「信じましょう。人の温かさと、お嬢様の熱意を」

 エマがそう言って微笑む。

◆◆◆

 三日後。

 私は目を疑った。

 支援者名簿の用紙が、三枚目に突入していたのだ。

「え……なんで……?」

「通りがかりの方々が、少しずつ申し込みをされていきました。『若い娘が挑戦してるなら応援したい』とか、『貴族なのに自分で働くなんて偉い』とか」

「えっ……? 偉いの……?」

「偉いそうです」

 私は思わず笑ってしまった。

「まさか、この世界にも“支援文化”があるとはね」

 おかげで、目標額の六割を確保できた。これなら、あとは親族に“ほんの少しだけ”借りる程度で済む。

「よし、これで厨房改装に取りかかれるわ!」

 資金の壁を超えた私は、胸の内で小さくガッツポーズを作った。
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