婚約破棄されたからスイーツ店を開きます!

柏木

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物件選び3

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 夕暮れ時の王都南区。馬車を降りた私たちは、最後の望みにすがるような思いで店舗前に立っていた。

 そこには、まるで私を待っていたかのような佇まいの、古風な石造りの建物があった。
 外壁には蔦が這い、木製の扉は深い飴色をしている。まるでアンティーク。
 窓枠は繊細な鉄細工で飾られ、屋根には小さな看板台もついていた。

 前の店主が使っていたと思われるそのスペースには、かすかに「帽」の文字が残っている。

 私は無言で扉に手をかけ、ぎいっと音を立てて中へ入った。

「うん、……悪くない」

 天井は高く、昼間であれば採光も良さそうだった。壁には少し剥がれかけた塗装があるが、それも味になりそうだ。何より、店の前にはちょっとした広場があり、テラス席も置けそうな十分なスペースがある。

 エマも辺りを見回し、小さくうなずいた。

「……ここまで変な物件ばかりだったので、逆に信じられませんわね」

「ねぇ、ミラーさん、ここ、どうして空いてたの? 条件、悪くないと思うのだけど」

「そ、それがですねぇ……前の店主が病で引退されて以来、手つかずになっておりまして……やや老朽化が進んでいるのです」

 言い終わらないうちに、奥で「ミシッ」と不穏な音が鳴った。

 私は眉をひそめ、足元を見る。

 ――そのとき、だった。

「お嬢様っ、危な――!」

 エマの声が飛んできた直後、私の足元がぐらりと傾いた。

 ドスン――!

「……いったぁ……!」

 私は、尻もちをついて床の下に落ちていた。落下距離は大したことなかったが、衝撃で息が詰まる。

 埃が舞い上がり、視界が白く霞んだ。

「お嬢様ーっ!」

 エマが上から覗き込み、青ざめた顔をしていた。

「だ、大丈夫ですか!? しっかりなさって!」

「なんとか、ね……。でもこれ、床が完全に腐ってるわね」

「お、おおぅ……やはり老朽化が……そ、それでは別の物件をご案内し――」

「待って」

 私は埃まみれになりながら立ち上がり、きっぱりと声を出した。

「ここにするわ」

「……えっ?」

 ミラー氏とエマが同時に固まった。

「ここ、直せば完璧じゃない。内装も自由にできそうだし、通りに面してるし、厨房も奥に十分なスペースがある」

「お嬢様、ですが、今、落ちましたよ……床から……」

「それだけ、手をかける価値があるってことよ」

 私は腰に手を当て、堂々と言い放った。

「ここを――私のスイーツのお城にするわ」

◆◆◆

 夜になっても、私たちはその物件に残っていた。

 ミラー氏はすぐに修理業者へ連絡を取ってくれたものの、職人たちが到着するまでに数時間はかかると言われた。私たちは、それまでの間に、床の抜けた部分を調べ、道具を整理し、家具の位置を想像しながら、できる限りの準備を進めていた。

 ようやく到着した職人たちは、やや怪訝な顔をしていた。貴族令嬢が現場にいるのは珍しいらしい。

「公爵家のお嬢さんが、こんな埃まみれの場所に……」

「なにかおかしい?」

「いえ」

 職人たちは互いに顔を見合わせ、やがて苦笑した。

「よっしゃ、やるか」

◆◆◆

 それからの数時間は、まさに戦場だった。

 床板をすべて剥がし、下地の補強からやり直す。埃、木屑、道具の音、怒号。クラリス・フォン・エルデンベルクの人生で、これほど汗をかいたことがあっただろうか。

「お嬢様、お手を……! その服が汚れてしまいます!」

「いいの。服なんて洗えば済む話よ。それより、これ、もっと押さえて」

 私は手袋をはめ、床板を抑え、釘を打つ音に耳を澄ませた。トン、トン、とリズムよく鳴る音が心地よい。

 深夜。手にまめができ、髪が埃で灰色に変わるころ、ようやく修理が終わった。

「ふぅ……これでどうにか、歩けるようにはなったな」

 職人のひとりが、汗を拭きながら笑った。

「ありがとう。あなたたちがいなかったら、今日一日で店を諦めていたかもしれないわ」

 私は素直に礼を言った。

「へぇ、令嬢様って感じしねぇな。いいね、あんたみたいなの」

 それは、何よりの褒め言葉だった。

◆◆◆

 帰り道、夜空に星が瞬いていた。

「お嬢様、手……すごいことになってます」

 エマが私の手を見て、そっと冷たい布を当ててくれた。

「まめができるのって、こんなに痛いのね……」


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