婚約破棄されたからスイーツ店を開きます!

柏木

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 材料がそろい、厨房も完成した。
 つまり、ここからが本番である。

 私は白衣をまとい、ピシッと髪を後ろで束ね、試作第一号に取りかかった。

「記念すべき第一作は、ショートケーキにするわ。クラリス・スイーツの顔となる存在にふさわしい」

 ふるいにかけた薄力粉を計量し、卵と砂糖を湯煎で温めながら泡立てる。前世の感覚を思い出しつつ、スポンジ生地を焼き、果物を刻み、ホイップクリームを準備する。

 オーブンに入れた生地が焼きあがるまでの二十五分、私は時計とにらめっこしながら何度も扉の中を確認した。

「よし……いけるわ」

 焼き上がったスポンジは、ほんのりとした焼き色と弾力を備えていた。

 だが、問題はここからだった。

「……クリームが、泡立たない」

 私は首をひねった。確かに脂肪分の比率も温度管理も悪くない。だが、泡が立たず、いつまで経っても水っぽいままだ。

「お嬢様、もう五分かき混ぜていらっしゃいますが……」

「おかしい。バターはいい品質のはずなのに。生乳の状態が違うのかしら?」

 冷蔵庫を開けてバターの銘柄を確認し、次は別の牛乳を試す。生クリームとして適した比率に加工されていないのかもしれない。

 ようやくなんとかそれらしいクリームが出来上がったが、すでに腕が限界だった。

「……まるで修行僧ね」

 私は呆れながらもナッペに取りかかる。ところが――

「お嬢様、そのケーキ、斜めに傾いております」

「見ればわかるわ。スポンジの水分量を間違えたのね」

「なぜ、そんなものを見ただけで?」

「前世で五百個以上焼いたからよ」

 私は斜めに傾いたショートケーキを前に、小さくため息を吐いた。

◆◆◆

 その翌日、私はシュークリームの試作に挑んだ。

 水、バター、薄力粉、そして卵。火を入れるタイミングと練り加減が命。

「……焼けてる、はず、なのに……」

 オーブンを開けると、ふくらみ切らず、ぺしゃんこになった生地が転がっていた。

「やっぱり水分の飛ばしが足りなかったかしら……」

 私はもう一度生地を仕込み、今度は長めに加熱した。

 結果、焼き上がりは――爆発した。

「うわっ!」

 天井に飛び散るシュー皮。オーブンの中で破裂音が鳴り、焦げ臭い香りが立ち込める。

「お嬢様、顔に……粉が……」

「もう、今日は諦めるわ……」

◆◆◆

 三日目はプリンに挑戦した。

「蒸し器の温度が不安定ね。焦げやすい……」

 案の定、表面にひび割れが走った。

「お嬢様……また、真顔で崩壊しております」

 私は、手元の失敗作をそっとゴミ箱に捨てた。

「――一度、頭を冷やしましょう」

◆◆◆

 その夜、私は厨房の床に座り込んだ。

 前世の記憶だけでは、どうにもならない壁が存在する。材料の質、気候、器具の差。すべてが微妙に違い、失敗に繋がる。

 エマが、お盆に紅茶と蜂蜜クッキーを乗せて近づいてきた。

「疲れたでしょう?」

「……ええ。久しぶりに、自分の限界が見えた気がするわ」

 私はクッキーを一口かじった。

「……これ、美味しい」

「厨房の余り材料で、私が適当に焼いたものです」

「……」

 私は無言で、もう一枚口に運んだ。

「どうして、こんなに……」

「気負い過ぎではありませんか?」

 エマの声は、驚くほど穏やかだった。

「お嬢様は、完璧を求めすぎていらっしゃる。でも、“初めてのお店”に、完璧は必要ありません。大切なのは、お客様に届く“想い”では?」

「……想い、ね」

「はい。私は、甘くて温かい、そういう味が好きです」

 私はゆっくりと立ち上がった。

「ありがとう、エマ。明日からは……“クラリス流”でいくわ」

「それが一番でございます」

◆◆◆

 四日目、私は原点に立ち返り、クッキーを焼いた。

 前世のような精密な工程ではなく、自分が“美味しい”と感じるよう、感覚を信じて生地を作る。

 焼きあがったクッキーは、ほんのりバター香り、サクッとした歯ごたえだった。

「これは……いけるわ」

 私は笑みを浮かべ、次なる挑戦へと歩を進めた。
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