婚約破棄されたからスイーツ店を開きます!

柏木

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接客

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 スイーツの試作が形になってきたことで、私は次の課題に取りかかった。
 そう、接客である。

 どれだけ美味しいお菓子を作っても、それを買ってもらうには「お店」としての対応力が不可欠だ。笑顔、言葉遣い、所作。すべてが商品と同じくらい大切になる。

 ……とはいえ。

「いらっしゃいませ。ようこそ、クラリス・スイーツへ」

 私は無表情のまま、機械のように言った。

「お嬢様、それではまるで“処刑宣告”でございます」

 傍らのエマが、そっと指摘した。

「今のは笑顔のつもりだったのだけれど?」

「怖いです」

 私はため息をつき、もう一度深呼吸した。
 自然な笑顔とは違って、無理に笑おうとすると、スッとなって、逆に無表情になるらしい。

「……いらっしゃいませ。ご来店、誠にありがとうございます」

「今度は目が笑っておりません」

「どうすればいいの?」

 私は頭を抱えた。店員を雇うにしても、自分でできて、それを教えなければ意味がない。

◆◆◆

 クラリス・スイーツには、看板娘が必要だ。

 かつての私なら、そんな言葉を鼻で笑っていただろう。「貴族の娘が人前で愛想を振りまくなんて」と。

 けれど今は違う。

 この店を軌道に乗せるためなら、私はいくらでも頭を下げるし、笑顔にもなる。なる……はずだった。

「次は、お釣りの手渡し練習です」

 エマが、銅貨と銀貨を並べた。

「まず、正確に計算して、片手で差し出してください。両手で渡すと丁寧すぎて、かえって堅苦しくなります」

「なるほど……」

 私は指示どおりに、銀貨三枚と銅貨一枚を手に取り、エマに差し出した。

「こちら、お釣りになりますわ」

 ――カラン。

 銀貨が一枚、床に落ちた。

「お嬢様、それは“わざとですか”?」

「違うの!」

 私は慌てて拾った。

「どうしてこんなに手が震えるのかしら……」

「それは、“お客様”という存在が、未だに貴族の視点から見えているからです」

 エマの言葉に、私は返す言葉を失った。

◆◆◆

 私は思い返した。

 舞踏会で振る舞っていたときの自分。社交界で交わした言葉、礼儀作法、皮肉の応酬。あれらは、すべて“相手と対等、あるいはそれ以上”という前提があって成り立っていた。

 でも、店は違う。

 店主は下から支える存在であり、客を迎える側だ。

 この立場の逆転に、私の心と身体が追いついていなかった。

◆◆◆

 翌朝、私は王都の大通りにある人気のカフェに立ち寄った。

「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」

 店員の少女がにこやかに声をかけてきた。

「はい」

 案内された席で、私は紅茶と焼き菓子を注文した。手際はスムーズで、笑顔も自然。特別なことはしていない。ただ、心地よい。

 ――これが、プロの接客。

 私はしばらく、彼女の所作を観察していた。

 声のトーン、手の動き、歩き方、目線の合わせ方。どれもさりげなく、それでいて無駄がない。

 紅茶が運ばれてきたとき、私は意を決して聞いた。

「あなた、訓練を受けたの?」

「えっ? いえ、私はただ……毎日、お客様を見ているだけです」

「……」

 私は小さく頷いた。

 つまり、接客とは“理屈”ではなく“習慣”なのだ。経験と観察の積み重ね。貴族としての礼儀作法とは別の世界。

 私は深く紅茶を啜った。

 ――明日から、徹底的に叩き直す。

◆◆◆

「というわけで、本格的な接客訓練を始めます」

 私はエマの前で宣言した。

「はい。では本日より、“一日十組の模擬接客”をノルマとします」

「十組も?」

「足りないくらいです。まずは目を慣らし、声を整え、体を覚えさせなければ」

 私は頷き、扉を開け放った。

 その日から、私たちは近所の住民や、ミラー氏の知人などを“仮のお客様”として招き入れることにした。

◆◆◆

 最初の一週間は、失敗の連続だった。

「いらっしゃいませ……あっ、紅茶をお持ちする順番が……」

「すみません、こちらの商品説明を……あ、また噛んだわ」

「エマ、助けて!」

「お嬢様、落ち着いてください。深呼吸です!」

 まるで舞台の稽古だった。何度も練習し、何度も間違え、時にはお客様に笑われた。

 けれど、あるとき――

「クラリス様、とても丁寧で素敵でしたわ」

 老婦人の客が、そう言ってくれた。

「え?」

「お店のことが、とてもお好きなのですね。それが伝わってきました」

 私は、胸の奥がふわりと温かくなるのを感じた。

◆◆◆

 その夜、私はエマと並んでカウンターに腰かけていた。

「疲れた……でも、悪くなかったわ」

「お客様に笑顔で接することが、少しずつ楽しくなってきておりますね」

「ええ。最初は怖かったけれど、だんだんと距離が縮まっていくのがわかるの」

「それこそが、接客の醍醐味でございます」

 私は、紅茶のカップを口元に運んだ。

「明日も、十組ね?」

「はい、覚悟しておいてください」

 私は苦笑しながら、紅茶を啜った。
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