眠り姫はエリート王子に恋をする

一二三

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番外31.眠り姫は王子様の魔法にかけられる4

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 いつものメンバーとダイニングバーで食事をしながら軽く飲んだ後、「このままデートしよう」という藤堂に手を引かれて、ネオン瞬く街を二人で歩いた。
 
 藤堂と手を繋いで歩いたことがないわけではないが、冬夜が女性にしか見えないのをいいことに、二人は堂々と手をつなぎ、寄り添うようにして歩いていた。
 慣れないヒールで歩みが遅くなるのに合わせてゆっくりと歩く藤堂に、胸がせつなく疼く。
 煌めくショーウィンドウに映る自分達の姿は恋人同士そのもので、冬夜はガラスに映る自分の姿に苦い思いを抱いた。

 藤堂はやはり、女性とこうやって街を歩きたいのではないだろうか。
 けれど、今付き合っているのは男性である冬夜だ。
 だから藤堂は、普通の恋人気分を味わう為に冬夜に女装をさせたのではないだろうか。
 男女のカップルが手を繋いで歩いていても、誰もなんとも思わない。
 人目を忍ばないと手すら繋げない自分達とは違い、街行く恋人同士は手を繋ぎ、腕を組み、楽しそうに歩いていく。

 歩き始めた途端に口数の少なくなった冬夜に、藤堂がいたわるような視線を向けた。

「疲れた?慣れないヒール履いてるもんな。ホテルの部屋に冬夜さんの着替え持ってきてるから、そこまで頑張ろう?」
 結局冬夜向けドッキリになってしまったこの日のために、藤堂はホテルの部屋を押さえているらしい。
 そんなに楽しみにしていたのだと思うと嬉しく思う反面、苦々しい思いが胸をよぎる。
 微かに頷くだけの冬夜が余程疲れていると思ったのか、歩けないなら抱っこしてあげる、と言われて慌てて首を横に振る。
 もっとも、冬夜が女性に見える今なら、抱き上げられて歩いて注目されることはあっても、奇異の目で見られることはないのかもしれない。
 
 藤堂がそれを望むのなら……
 冬夜はこれから、藤堂と街を歩くときは、女性の姿をした方がいいのだろうか。
 いや、そうではない。それでは根本的な解決にはならない。
 そもそも、これほどの男の隣に、男の冬夜が恋人として並んで歩いていることがおかしいのであって……

「冬夜さん、何考えてる?」

 いつの間にか、ホテルのロビーについていた。
 一流ホテルならではの、独特の落ち着きとざわめきが交差するエントランスで、二人は立ち止まり、お互いの顔を見合わせる。
 訪れる人々の話し声と、隣接したカフェから流れ出て鼻孔をくすぐるコーヒーの香り。
 二人がこうして見つめ合っていても、誰も、冬夜と藤堂には注目しない。
 それは、二人が男女の恋人同士にしか見えないからだ。

「藤堂くん?藤堂くんじゃないか?」

 不意に後ろから声をかけられ、冬夜の体がびくりと跳ね上がった。
 聞き覚えのあるその声にどうしたらいいのかわからず戸惑っていると、藤堂が腕を伸ばして冬夜の肩を抱き、脇に抱えるようにしてさりげなく隠してくれた。
 現れたのは、Kカンパニーの取引先であるY重工技術本部長の石丸と、先月資材部長に就任したばかりの田崎だった。
 自分を良く知る二人の姿に、さすがにまずいと冷や汗をかきながら、冬夜は藤堂の胸に顔を押し付けて隠す。
 
「いやあ、藤堂くんもなかなか隅におけないね。彼女さんかい?」
 上機嫌な田崎の声に、冬夜はぎゅっと唇を噛みしめる。
 男女が並んでホテルに姿を現せば、誰もがその二人は恋人同士なのだろうと推測するだろう。
 
「石丸本部長に田崎部長、お疲れ様です。今日はお仕事でこちらに?」
 二人はいつもの作業着姿ではなく、きっちりとしたスーツを着用していた。
 そういえばこのホテルは石丸のいきつけで、いつぞやは理沙との対決に使った中華料理店があるホテルでもあった。
 藤堂は何故この場所を選んだのか、とわずかな苛つきが冬夜を襲ったが、ここはこのあたりでは一番雰囲気の良い一流ホテルでもあるので、せっかく部屋をとってくれた藤堂をそんな理由で責めるのは、心が狭いような気がする。
 それでももうちょっと気を遣って欲しかったとは思うが、時々こういったデリカシーのなさを披露する抜けた藤堂の事を憎いとは思えない。惚れた欲目というものだろう。

「上役と会合があったんだ。ほら、中華のお店があるだろ?上の連中あそこがお気に入りで」
 石丸行きつけのあの店は、どうやらY重工の重役の間でも人気らしい。
 胡麻団子と杏仁豆腐とフルーツ茶がとてもおいしかったと上機嫌に話す声に、甘党の田崎らしいな、と冬夜はこっそり微笑む。
 藤堂に話しかけているのは田崎のみで、石丸の声は聞こえない。
 もしかしてすでに立ち去ってしまったのだろうか?とちらりと顔を上げて確認すると、厳つい顔をした石丸が、しかめっ面でこちらを見ているのと目があった。
 慌てて視線を外し、再び藤堂の胸に顔を伏せる。
 挨拶もしない女を不審に思うかもしれないが、そこは人見知りだとかなんとか、藤堂がうまく言い訳してくれるのを願うばかりだ。

「藤堂くん。きみも若いから仕方がないとは思うし、私もあまりこんなことは言いたくないのだがね」
 突如、田崎の声を遮る様に、石丸が二人の会話に割って入った。
 なにやら不穏な空気が漂い始めた事に不安を感じ、冬夜はますます身を縮めて、藤堂に縋る様にぴったりと体をくっつける。
 
「きみ、瀬川くんとのことは、どうするんだ?きみは彼が大切だとあんな風に私に言っておいて、今日は別の女性とこんな場所ですごすつもりなのか」

 ちょっと、不誠実なんじゃないか?
 という石丸の声と共に、伏せている横顔に、強い視線を感じた。
 まずい。
 非常にまずい状況だ。
 藤堂が、不誠実な男だと思いきり誤解されている。
 それはそうだろうと思う。
 石丸にしてみれば、冬夜という恋人がいるから理沙とは付き合えない、と藤堂が振ったも同然で(もちろん、そんな簡単に済む話ではなかったのだが)それなのに、当の藤堂は今、冬夜ではない相手とホテルで過ごそうとしている。
 実際の所一緒にいるのは冬夜なのだが、石丸でなくとも誤解するような状況であるのは間違いなかった。
 このままでは藤堂の名誉が傷つけられてしまうが、だからと言ってどうすればいいのか。冬夜には皆目見当もつかない。
 不安と焦りが一気に押し寄せ、思わずぎゅっとスーツを強く握ったのに気付いた藤堂が、上から冬夜の手を包み、ぽんぽんと叩いてなだめてくれる。
 嬉しいけれど、今はそれでどころではない。
 藤堂はこの危機的状況をどうやって逃れるつもりなのか、と冷や汗を滲ませていると、藤堂が安心させるように、さらりとウィッグごしに冬夜の頭を撫でた。

「俺は悪い男なんですよ。今夜のことは見逃して頂けるとありがたいんですが」

 実際には胸元に顔を押し付けているので見えないが、藤堂が不敵に笑う様子が容易に目に浮かぶ。
 どうやら自らが泥をかぶることで、冬夜の危機的状況を回避することにしたらしい。
 この男がこういう状況を楽しめる図太い神経の持ち主だという事は嫌という程知っているが、そんなことをしたら、石丸ばかりか田崎の印象まで悪くなるに違いない。
 だいたい、藤堂は冬夜を裏切ってなどしていないのに、何故わざわざ濡れ衣をかぶろうとするのか。
 冬夜をかばっている事はわかるが、それでもいわれのない謗りを受けることを、この男はなんとも思わないのだろうか。
 
「藤堂くん、きみね」
 見損なった、と言わんばかりの石丸の声色とため息に、冬夜は思わず顔を上げていた。
 自分は姉だとか従姉だとか、もっともらしい理由でなんとかこの場の乗り切れないものかと、頭の中で色々なシチュエーションを思い描き、言葉を探す。

「あ、あのっ……!」

 冬夜が顔を上げ、焦った様子で声を上げるのに、石丸と田崎がはっとしたようにこちらを見た。
 二人の顔が驚きに固まる。
 もしかして、一発で正体がばれた?!
 焦る冬夜をしり目に、石丸がばつの悪そうな表情をして視線を外し、「いや……すまない」と小さく謝罪した。

「……失礼した。いくら彼が不実な男性でも、この場であなたにお聞かせしていい話ではなかったね」
 声をかけてはみたはいいが、二の句が継げなくなってしまった冬夜に、石丸が苦い微笑みを受かべながら「申し訳なかった」と軽く頭を下げる。
 そのまま何も言わず、石丸は「失礼するよ」と手を挙げて立ち去ろうとした。
 田崎も同じように笑いながら、「デートの邪魔して、悪かったね」とヒラヒラと手を振り、同じように背中を向けかける。

「いえっ……あの、そうじゃなくてっ!」
 引き留めるように声を上げると、二人がそろって足を止め、不思議そうな表情を浮かべてこちらを振り返った。
 藤堂から体を離し、冬夜は二人の側まで歩み寄る。
 石丸と田崎の様子から、まだ自分だとばれていないとはわかったが、ここであれこれ言い逃れの嘘をつくのは嫌だった。
 そんなことをするぐらいなら、種明かしをしてしまった方がいい。
 冬夜はそう考え、くっと顎を上げて正面から二人を見つめる。

「石丸さん……田崎さん……あの、私です」
 は?と石丸と田崎が不審そうな顔を冬夜に向ける。
 二人はまだ、目の前の女性が偽物で、しかも冬夜だとは気づかない様子だ。
 さすが、鎌田メイクは完璧!と絶賛したくなるのをこらえ、女装の恥ずかしさにかあっと熱くなる頬を片手で押さえて冷やしながら、冬夜は思い切って告白する。

「あの……Kカンパニーの、瀬川です」
 冬夜が名乗った瞬間、Y重工という大企業でそれなりの地位についている貫禄ある男二人が、そろってぽかんと口を開け、まぬけた表情を見せる。
「瀬川なんです……お騒がせして、すみません」
 ぺこりと頭を下げると、ウィッグの長い髪がさらりと肩から流れ落ちる。
 体を起こした時にかかる髪をそっとかきあげ、ちらりと上目遣いに目の前の男たちを見た瞬間、二人が声を揃えて「ああっ!」と叫び、冬夜を指さした。

「まさか、瀬川くんなのか?!」
「ええっ?!本当に瀬川くん?」
 二人のあまりの驚き様に、周囲にいた通行人が、一体何事かとこちらに注目する。
 藤堂は彼らに軽い会釈をして何でもない事をアピールすると、冬夜の隣に並び、そっと肩を抱いた。
 
「驚かせてしまってすみません。会社でちょっとしたイベントがあって。その余興で今日の瀬川はこの姿なんです。本人が恥ずかしがっていたので、お二人には内緒にしておこうと思ったのですが……」
 バレちゃったんじゃしょうがないですよね?と、藤堂がいたずらっぽく笑い、冬夜を見つめる。
 いや、藤堂があんな嘘つくから、ばらさないわけにはいかなくなったんだけど、と思うものの、嬉しそうな男の表情を前にしては何も言えず、隣を見上げて微笑みを返した。
 
「いやいや、びっくりした!でも、とても良く似合ってるよ!」
 手放しに冬夜の女装をほめたたえる田崎に、藤堂がまるで自分が褒められたかのように、そうでしょうそうでしょうと嬉しそうに頷いている。
 石丸はといえば、まだ冬夜の女装の衝撃から立ち直れないでいるようで、田崎と藤堂のやりとりを、石丸らしくない茫然とした様子で眺めていた。

「本人のネタばらしがなかったら、絶対に気付かなかったなぁ。ちょっと瀬川君、俺の隣に立ってくれよ」
 藤堂の浮気疑惑が晴れたところで気が抜けたのか、田崎に手招きされるまま彼の元に歩み寄ろうとして、冬夜は慣れないブーツのかかとをかくりと踏み外した。
 バランスが崩れ、身体が前のめりに倒れて行く。
 転ぶ!と思った時にはもう、後ろから力強い腕に身体を支えられ、体を抱き起こされたところだった。

「瀬川さん、危ないですよ」
 そのまま抱き寄せられ、いつものポジションにおさめられしまうと、条件反射なのか冬夜の体から力が抜ける。
 もたれ掛かるように藤堂に身を預けるのに、田崎が感心したようにこちらを見ていた。

「なんだか、あれだなあ。そうしてると、普通の恋人同士にしか見えないよ」
 ははは、とからかうように田崎が笑う。
 普通の恋人同士、という言葉が冬夜の胸にズキリと突き刺さるが、今はとにかく笑顔笑顔、と、藤堂に寄り添い、「仲良さそうに、見えます?」と、これが余興であることを強調してこの場を盛り上げる。

 しばらくして、冬夜の女装の衝撃から立ち直った石丸と共に田崎が去っていくと、冬夜はどっと疲れを感じ、藤堂に導かれるままホテルの一室へと連れ込まれた。
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