眠り姫はエリート王子に恋をする

一二三

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17.憔悴する眠り姫

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 また、消されてる。
 
 三課共用プリンターの前でそうつぶやくのは、もう何度目になるのか。
 待てど暮らせど出てくる様子のないプリントアウトしたはずの書類を、プリンター管理のパソコンでチェックしてみれば、やはり冬夜が送ったはずのデータはどこにもなかった。
 誰かが故意にここでデータを消去しないかぎり、手元のパソコンから流したものがプリントアウトされないまま消え去ることなどありえない。
 子供っぽい嫌がらせだと、最初は深く考えることなく放置していたのだが、こうも回数が重なると仕事にも支障が出るし、執拗に自分のデータだけが狙われて消されていると事を考えるだけでも、気分が滅入ってくる。
 誰の仕業なのかはわかっていたが、今の所被害にあっているのは自分だけだと知っているので、冬夜は何も言わずに席に戻り、共用プリンターを見張りつつ再びデータを送る。
 今度はすんなり、プリンターは冬夜の書類を吐き出した。

 日々の小さな嫌がらせはこれだけに留まらない。
 何故だか理由はわからないが、石丸にすっかり敵認定されてしまったらしい冬夜は、毎日何かしら「困ったな」と思うような目にあわされていた。

 数日前、冬夜が事業部あてに送ったはずの社内メール便が、相手に全く届いていないことが発覚した。
 あちこち探したが見つからず、どうしたものかと困っていると、いつのまにやら送ったはずのメール便の封筒がそっくりそのまま冬夜の机に戻ってきていた。
 たまたま席にいた小沢が「石丸が持ってきたのを見た」というので本人に確認すると、「メール室に持って行こうと思ったまま、瀬川主任のメールだけ忘れてしまっていた。大変申し訳ありませんでした」と、大して申し訳なくもなさそうな様子で謝られた。
 その後も、冬夜に届くはずのメール便が届かなかったり、送られていないという事が何度も続いたので、さすがに困って佐塚に相談すると、佐塚は石丸を厳重注意の上、メール便業務には石丸を関わらせないことを約束してくれた。

 メール便の件は解決したものの、プリンターに書類が出力されてこないことはいまだ頻繁にある。
 その上、最近では私生活でもおかしなことが繰り返し起こっていた。

 先週、冬夜が帰宅してみると、郵便ポストの中にある封書が開封された状態で入っていた。
 クレジットカードの請求書だったので気味が悪かったが、それでも、近所の誰かが自分のものと間違えて開封し、それをそのまま冬夜のポストに返しでもしたのだろうとその時は思っていた。
 しかしその後も、ダイレクトメールがズタズタに引き裂かれて入っていたり、封書が開封されていることが続いたのでさすがに不安になり、冬夜はポストについている鍵の暗証番号を変えた。
 いままでは初期設定の0が4つにしたまま動かさずにいたので、誰でも簡単に開けることが出来るようになっていたのだ。
 これでポストの中身をいたずらされることもないだろうと安心したのもつかの間、ある夜帰宅してみると、ポストが鍵ごと破壊され、中身がひどく荒らされていた。
 マンションの管理会社に連絡し、ポストはすぐに修繕してもらったものの、一体誰が?と思うと気味が悪く、帰宅後にポストに目を向けるのがすっかり嫌になってしまった。

 ポストが治った後、郵便物を荒らされることがなくなりほっとしていた所に、自宅に無言電話がかかってくるようになった。
 ひどいときは昼間から、留守電がいっぱいになる程何度も着信がある。
 何も言わない電話を取るのが嫌になり、それでも緊急の連絡があるといけないと考え、コール音が出ないように設定して放置しているが、着信ランプがつくので電話があったことはわかってしまう。
 留守電が作動して、直後にぶっつり切れる音にも敏感に反応するようになってしまい、自宅でも心休まらず、冬夜の気力は徐々に削り取られていった。


「瀬川さん!」
 その日もさえない気分のまま出社してみると、すでに出勤していたらしい山口に、衝立の向こうの打ち合わせスペースからおいでおいでと手招きされた。
 コートハンガーにコートと上着をかけ、デスクに鞄を置いてから衝立の向こう側に回ってみると、そこには小沢以外の第二グループのメンバーが揃っていた。
「おはよ……。みんなこんな早くから、どうしたの?」
 始業時刻まであと30分もある。
 いつも出勤の早い冬夜ならいざ知らず、なぜ第二グループのメンバーがこんな時間からここに集まっているのか。
「ちょっと。第二回作戦会議やろうかと思って」
 打ち合わせテーブルには、奥に伊藤、鎌田、手前に山口、藤堂が座っている。
 もともと四人がけのテーブル席なので、冬夜の座る場所がない。
 自分用の椅子を持ってこようと「俺、椅子持ってくる」と身を翻しかけると、藤堂に腕を掴まれ、軽くひっぱられた。
 何?と振り返ると、藤堂が自分の膝をポンポン、と叩き、「瀬川さんは、ここ」とにっこり笑う。
 え?なんで膝?と思ったが、そこにいるメンバー誰もが表情を崩さずにこちらを見ているので、もしかしてそういう決まりでもあるのかな?と疑問に思いながら、腕を引かれるまま藤堂の膝の上にちょこんと腰を下ろす。
 藤堂に体重をかけないように、エア椅子状態で踏ん張りをきかせていると、察した藤堂にぐいっと腰を抱えられて、もたれ掛かるように膝抱っこされてしまった。
 かぁっと赤くなって、慌てて他のメンバーを見渡すと、なぜか全員一様に、テーブルに顔を突っ伏して倒れている。
「え?!みんな、どうしたの?!」
 もしかしてテロでもおきて、毒ガスにやられたとか?!
 それとも一酸化炭素中毒?!
 あれは一瞬で意識がなくなるとテレビでやっていた気がする。
 出社する時には気づかなかったが、どこかで火災でも発生して、みんな一斉に倒れてしまったのか?!

 しかしよく見ると全員意識はあるようで、突っ伏したまま拳を握りしめ、小刻みに震えている。
 山口に至っては、拳でドンドンとテーブルを叩いていた。
 藤堂はといえば、膝に乗せた冬夜の背中に顔をうずめ、彼もまた小刻みに震えている。

「ねえ、なんだよ?!」
 もしかして、全員笑っているのでは?と冬夜が疑問に思い始めた頃、山口が顔を上げて、「勘弁して下さい!瀬川さん!」と、笑ったことで目尻に浮かんだ涙を拭き取りながらそう言った。
「何が?!」
「瀬川しゅにーん。なんで藤堂さんの言う事聞いちゃうんですかぁ?かわいすぎですよぉ」
 お膝に抱っこって、あきらかにおかしいでしょぉ?と言われ、冬夜の顔がぼんっと火を噴く。
「藤堂くんには逆らえないんですね。なんか今のでよーくわかりました」
 涙のにじむ笑い顔を手で隠した鎌田に指摘され、どういうことかと振りむくと、藤堂が困ったような顔をして同じように笑っていた。
「すみません、瀬川さん。からかうつもりはなかったんですが……あまりにかわいくて」
 言った途端にまた大きな笑いの発作が起こったらしく、冬夜の肩に顔を伏せながら、くっくと笑い始める。
 ひどい、みんなでからかって!とむっすりむくれていると、「ホントにすみません。許して」と後ろから藤堂に謝られた。

「……いいから降ろしてくれよ」
 毒ガスとか、口にしなくてよかった。もっとバカにされるところだった、と恥の上塗りになるような発言を避けられただけでもラッキーだったんだ、と自分に言い聞かせていると、藤堂が冬夜の脇に手を添え、ひょいと抱き上げて立たせてくれる。
 もう、男のプライドもなにもあったものではない。
 だいたい、かわいいとはなんだ!
 そろいもそろって部下たちが、上司をつかまえてかわいいだなんて……。
「椅子持ってきますから、そこ座ってて」
 トン、と冬夜の肩を叩いて座るよう促し、藤堂が椅子を取りに去っていく。
 温もりの残る椅子に腰を下ろすと、山口が頬杖を突きながらニヤニヤとこちらを見ていたので「なんだよ」と不機嫌に睨みつけた。
「ほっぺ、ふくらんじゃってます、瀬川さん……」
 怒りのあまり、無意識に頬を膨らませていたらしい。
 昔からの癖だ!癖なんだ!!!と冬夜は心の中で叫び、手で両頬をバシバシと叩きまくる。
 小さな頃、機嫌を損ねた時にこれみよがしに頬を膨らませると、両親も、ジジもババも近所のおじさんおばさんも親戚も、みんなが「かわいい!」とデレてくれた。
 それに味を占めた小さな冬夜は、機嫌を損ねると頬を膨らませ、周りの賛美に耳を傾けて機嫌を直す、という事を繰り返し……
 その結果、今でも、機嫌が悪くなると無意識に頬をふくらませてしまうようになった。
 恥ずかしさと頬の痛みに涙をにじませ、冬夜は小さな頃の自分を罵倒する。
 もっとも、言い訳させてもらうならば、大人になってからこんな風にからかわれて機嫌を損ねることなど、一度もなかった。
 そんな風に冬夜を扱うのは、第二グループのこの面々だけ。
 冬夜は叩いて赤くなった頬を隠すように両手で押さえると、半泣きになりながら「みんな嫌いだっ!」と心の中で叫んでいた。
 
 お待たせしました、と椅子を持ってきた藤堂が戻り、第二回作戦会議とやらが始まる。
「案件は、もちろん石丸対策、です」
 山口が真剣な表情で、一枚の紙を差し出す。
「小沢を見張りに立ててますので、石丸が出社したらわかるようになってます。その前に、さっさとコレ、片づけちゃいましょう」
 と、箇条書きされた対策案を、山口が読み上げ始めた。
 
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