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番外13.闘球の騎士は眠り姫に憧れを抱く 1(モブ 優一視点)

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 華やかだ。実に、華やかだ。

 本社第一営業部に配属されて、一週間。
 きらめくこの世界に慣れる日が、果たして自分に来るのだろうかと不安になるほど、このエリート部隊はキラキラと煌めいている。
 特に、某国の美女軍団か?!と思ってしまうぐらいに美女が集まっているこの光景は、筆舌に尽くしがたい。
 まるで蝶が舞う様にひらひらと、目の前を美女たちが飛び交っている。
 
 4月の人事異動で、本社第一営業部という、社内でもエリート中のエリートが集まる部への配属が決まった井上優一は、下された辞令に心でガッツポーズを決めながら、小さな不安の種を抱えてもいた。
 仕事が出来る、という自信はある。
 出来るからこその、第一営業部への異動だ。
 しかし、防衛関係を扱っている第一営業部と、自分が今までいた部署では仕事の内容が全く違うので、一から覚えなおさなくてはならない。
 まあ、どこに異動したとしても勉強しなおすことは当たり前ではあるのだが、どちらかといえばのんびりアットホームな支社にいた自分が、このエリート部隊のやり方に果たしてついていけるのだろうかと思うと、らしくない尻込みをしてしまう。

 いや、弱気になっている場合ではない。
 ここで頑張りを見せないと、せっかく推薦してくれた上司に顔向けできない。
 人当たりがよく、温和な微笑みを浮かべていつも優一をほめてくれた大好きな上司を思い出し、「頑張るか!」と自分に気合を入れる。
 そして、気合をいれた拳を握りながら、隣に座る人をそっと盗み見た。

 午後7時現在。本社第一営業部、歓迎会。
 
 定時後に集合した、広い座敷のある洒落た店で、本日主役の自分の挨拶と部長による乾杯が行われた後、何故だか知らないがすぐに部内の全員が席の移動を始めた。
 主役である優一は、最初は部長と、直属の上司である佐塚に挟まれるようにして上座に座っていた。
 以前所属していた部では、人数が少なかったこともあってか飲み会で一度座った席を移動するようなことはなかったので、今日も、多少の居心地が悪い思いを抱きつつも、ずっと慣れぬ上司に挟まれたその場所に座っているものなのだと思っていた。
 しかし、第一営業部の飲み会の常識は、どうやら違ったようだ。
 挨拶が終わるや否や、各自グラスと箸だけを手に持ち、好きな場所へと移動していく。
 女性陣は、ひとつの島を作って固まるのがスタンダードのようだ。
 ひらひらとスカートの裾を翻しながら優一の前を通り、女性だけが集まっているテーブルに移動してしまった。
 歓迎会では、是非美女たちとお近づきになりたい!と考えていた優一は、その光景にがっくり肩を落とす。

 しかしながら、郷に入っては郷に従えという。
 優一も周りの様子を見ながら、このあたりならば失礼にならないかな、という場所を見つけて腰を落ち着け、そこから女性陣を盗み見ることにした。
 美女がひしめくあの場所はとても華やかで魅力的だが、完全鎖国状態で、手の出しようがない。
 声をかけようものなら、一斉に冷たい視線を向けられそうだ。

 仕方がない、とぐいっとビールを煽っている所で、ぽすんと隣に誰かが座ったのに気付いた。
 
 小さいな、というのが第一印象だった。
 優一は、中高はバスケ部、大学はラグビー部に所属していた筋金入りの体育会系で、身長が189センチ、体重は90キロある。
 ラグビーの現役選手だったころに比べると筋肉はかなり落ちてしまったが、それでもかなり逞しい体形と言えた。
 その優一から見ると、隣に座った男は随分と小柄で頼りなく、子供のように見えなくもない。
 そっと伺い見ると、小さな頭とつむじが見える。
 片手で軽くつかめる程に小さな頭だな、と思いながら眺めていると、じっと見られている事に気づいたのか、男がふと顔をこちらに向けた。

 ……超絶美人!

 そうとしか言いようがない程隣の男の顔が整っていて、優一はぎょっと体をすくませる。
 この人、隣のグループの主任だ。
 名前は確か、瀬川。
 優一とは同期入社の、本社のプリンスというあだ名がついている藤堂隆一の直属の上司のはずだ。
 
 配属されてから一週間、その殆どを客先と関係先への挨拶回りに費やした優一は、まだじっくりと部内の人間の顔を見ていない。
 やたらに顔がキレイな男がいて、それが隣のグループの主任だと知ってはいたが、間近で見るのは初めてだった。
 
「井上くんって、藤堂と同期なんだって?」
 耳に馴染みの良い、イメージ通りのソフトな声で話しかけられて、優一は何故かドキリとさせられる。
 心拍数が急激に上がるのにうろたえながら、「は、はい」と裏返った声で返事をすると、瀬川がその様子に、「緊張してる?」と、くすっと笑った。

「井上くんって、大きいね?何センチある?」
 
 上目づかいで乗り出すように顔を覗き込まれ、なにやら雰囲気のあるその様子にうっかり「え?!イチモツのサイズですか?!」と思わず聞き返しそうになる。
 いやバカな。身長を聞かれているのだ。普通に身長だ!身長!と、あわてて首を振る。
「大きいね」と言われただけなのに、とんでもない事を答えようとした自分に冷や汗を浮かべながら、優一は平静を取り繕って、なんとか返事をする。
「あ、あの、呼び捨てでいいです。身長は、189センチあります」
 つっかえながら答えると、瀬川が「すごい、やっぱり大きい!」と感嘆する様子を見せた。
 その言い方が又、男の大切な部分を褒めているようなニュアンスを含んでいるように感じるのは、優一の心が清くないからだろうか。
「藤堂より大きいかも!藤堂って何センチでしたっけ?」
 いつの間にかテーブルを挟んで向かい側に座っていた優一の上司の佐塚に、瀬川が尋ねる。
「おまえが知らんのに、俺が知るわけないだろ!」
 佐塚はとりつく島もない。
 冷たくあしらわれてしゅんと項垂れる姿が、なんだか妙にかわいい。
 なんというか……どうにかしてやりたくなるかわいさだ。

「あ、あの、藤堂より俺の方が少しだけ大きい気がします。横幅も……」
 藤堂とは着任の時に顔を合わせて挨拶を交わし、その際に彼が長身細マッチョであることに気付いていた。
 随分鍛えてある、というのがその印象だ。優一同様、学生時代はなにかスポーツに打ち込んでいたに違いない。
 藤堂とは実に新人研修以来なのだが、あの男の作った鬼伝説は今も記憶に新しく、なかなか存在を忘れることのできない同期の一人だったので、顔は覚えていた。
 新人研修で藤堂を担当した営業マンは、研修終了後ノイローゼになって入院したという噂が流れ、恐ろしい同期の存在にみんなして震え上がったものだ。
 同じグループにはならなかったので鬼伝説の内容は詳しく知らないが、それでも藤堂はその件でかなり有名になり、あの頃一緒に研修を受けた同期ならば全員彼のことを覚えているだろう。
 
「大きい奴ばっかり身近に来るとさ、自分が余計に縮んじゃった気がして、悲しいんだよね」
 
 瀬川が、ふぅ、とため息をつきながら、ビールをちびちび飲む。
 その姿が一瞬、小動物がパンのかけらをもらってちまちま食べているように見える。
 ……きゅん死にしそうだ。
 優一は、小さくてかわいい生き物が大好きだ。

 待て、冷静になれ優一。
 この人は、主任だ。
 ということは、どう計算しても、御年30は超えていると推察できる。
 30歳を過ぎた上司に「かわいい」と言うのは、かなり失礼なことではないだろうか。
 だいたい、Yシャツにネクタイ、スラックス姿の上司がかわいく見えるなんて、優一の目はどうかしている。
 しかしながら、この胸の高鳴り……。
 美女を眺めている時よりもはるかに早く刻む鼓動。
 一体優一の身に何が起こっているというのだろう?

 ドギマギしながら、隣に座る瀬川を見つめていると、「おい」と声をかけられる。
 
「あ、ハイ。なんでしょう?」
 見れば、正面に座った佐塚のグラスが空になっていた。
 あわててビールを手に取り、空のグラスに注ぐ。
「違う。あ、じゃなくて、サンキュ。だけど、そうじゃなくてだな……」
「え?」
 優一が大きな体で首を傾げると、佐塚が額に手のひらを当て、ふぅ、と深いため息をついた。

「あのな、井上。これはお前の為に言っとく。よく聞けよ?」
「……はい」

 上司の忠告は、部下たるもの、必ず聞き入れなければならない。
 佐塚のしかめっ面で始まった説教されるぞのムードに、優一は背筋をピンと伸ばす。
 鬼の藤堂伝説の前にあったのは、確か、鬼の佐塚伝説だ。
 この人もそうとう恐ろしく、敵にまわすとやっかいだと聞いている。
 敵にまわす予定は、今の所全くないが。

「おまえ、命が惜しければ、絶対に瀬川に近寄るな!いいか?守れよ?」
「……は?」
 言われた事の意味が分からず、かなりの間抜け面を晒したのだと思う。
 佐塚はちっとひとつ舌打ちをして、立てた膝に自分の肘を乗せ、優一に向かって体を乗り出した。

「絶対に、絶対にだ。瀬川に指一本触れるな、近寄るな。たとえ瀬川から寄って来たとしても、触るな。死にたくなければな」
「はぁ……」
 なんのこと?と再び首をかしげると、隣の瀬川が「いやだなぁ、佐塚さん」とケラケラ笑う。
「そんなにあいつ、心狭くないですって!なんですか?指一本って!」
「いや、心狭いだろ!知らんのはおまえだけだ!」
 よく意味が飲み込めない上司二人の会話に、優一の頭からはおびただしい数のクエスチョンマークが零れ出る。
 優一が首をひねっている間に、瀬川は部長に「瀬川くーん、こっちにおいでー」と呼ばれ、席を立ってしまう。
 佐塚も何故か、護衛のようにそれについて行ってしまった。

 一体なんだったんだろうか?と首をひねり続けていると、女子島から数人の美女がやってきて、かわるがわる優一にお酌をしてくれた。
 なんだかんだで、新しく配属になった男に興味があるのだろう。
 彼女たちとの会話がはずむ間に、優一は、佐塚にされた忠告のことなど、すっかり忘れ去っていた。


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