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番外13.闘球の騎士は眠り姫に憧れを抱く 3(モブ 優一視点)
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瀬川の寝顔撮影会はどうやら終了したらしい。
藤堂の周りは静かになり、しかしそれでも、男女の別なく代わる代わる誰かが瀬川の様子を覗きに来ては、抱える藤堂と言葉を交わして去っていく。
その波も落ち着いた頃、優一はビールを持って、藤堂の隣に移動した。
「お疲れ」
座りながらグラスにビールを注いでやると、藤堂は、カチンとそれを優一のグラスにぶつけながら、一気にあおる。
「一週間か。そろそろ慣れたか?」
同期の気安さで、藤堂は屈託なく話しかけてくる。
「いや、まだ挨拶回りばかりだからな。何がなんだか……」
「ああ、まあそうかもな。第一グループは、いいところだよ。こっちから見てても、仕事やりやすそうだ。佐塚さんがしっかり手綱握ってるからな」
そうか、と頷きながら、優一はこっそり、藤堂の腕の中の瀬川を盗み見る。
やたらに美人な隣の主任は、幸せそうな寝息を立てて、ぐっすりと眠り込んでいた。
「気になるか?」
優一が見ているのがわかったのだろう。
藤堂が軽く瀬川を揺すり上げて、抱きなおす。
多少揺さぶられても全く起きる様子はなく、安心しきって寝ているように見える。
「いつも、こうなのか?」
いつも眠ってしまうのか、いつもおまえが面倒見てるのか。
そのあたりのニュアンスをこめて尋ねると、藤堂がふっと笑う。
「最近、俺が嫌がるのわかってて、みんなして飲ますんだよ。飲ませるなって言ってるのに」
そのあきらめまじりの口調に、優一の考えがあるところにたどり着く。
もしかして、ひょっとして、そういうことか?
女性たちが、王子である藤堂ではなく、瀬川を目的に群がっていたのも、佐塚や山口が必死になって優一から瀬川を引き剥がそうとしたのも、もしかしたら……
「なあ、違ってたらその、悪いんだけど……」
「違ってない」
戸惑いながら口にした優一に、間髪入れず藤堂が返す。
やっぱりそうか、と、優一がくっと顎をひっこめるのを見て、藤堂が不敵にニヤリと笑う。
「手を出すなよ?」
俺のだからな、と言いながら、眠る瀬川の髪に鼻先をすり寄せる藤堂を見て、次に出る言葉を失った。
男じゃないか、とか、本気なのか、と言ってしまいそうなものなのに、それは頭に思い浮かんだ瞬間から消え去る。
それぐらい、二人でいるのが自然に見えた。
そして、優一にも見えているそれは、当然彼らと付き合いの長いはずの第一営業部のメンバーにも見えているはずで、だからおそらく、誰も彼もがこの二人を当たり前のように受け入れているのだろう。
「びっくりするぐらい、かわいい人だよな」
「だろ?」
色々ドギマギさせられたことを思い出して苦笑していると、「あの」と遠慮がちに声をかけられた。
大人しそうな女子が、声をかけてよかっただろうかという迷いを顔にちらつかせながら、藤堂と優一を見比べている。
「藤堂さん、女子はデザート頼んだんだけど、これ、瀬川主任にも」
女性が、先程瀬川に上着を被せていた「侍女」であることを思い出して眺めていると、侍女は小さな器とスプーンを藤堂の目の前に差し出す。
何?と聞くと、侍女は杏仁プリンだと答えた。
器の中の白いプリンに赤いクコの実がひとつ乗っているだけのシンプルさだが、実に美味そうだ。
それを見た藤堂が「あー」と肩をすくめて苦笑した。
「小松さん、瀬川さんのこと狙ってる?好物だって、良く知ってるね」
「狙ってませんよ、恐れ多い。眠り姫FCの常識ですよ。瀬川主任の好物は、苺のデザートと杏仁豆腐って」
まるで女の子みたいなプロフィールだ、と優一も思わず笑いが零れる。
「これは、起こして食べさせないと、後でばれた時が怖いな」
「ここのお店の杏仁プリン、手作りでおいしいんです。おススメですよ」
小松、と呼ばれた侍女が器を優一たちの目の前に置いて去っていくと、藤堂が瀬川の体を軽く揺すって、「冬夜さん、起きて」と囁いた。
甘ったるいその様子が見ていられず、優一は思わず目をそらす。
眠い目をゴシゴシこすりながら、藤堂の腕の中からむっくりと瀬川が起き上がる。
「なあに」
寝ぼけて舌ったらずな様子がかわいすぎて、一度はそらしたはずの優一の視線が、意識せず元の位置に戻っていった。
「杏仁プリンだって。食べるでしょ?」
「……食べる」
起きてはみたものの、藤堂の膝から移動する気はないようだ。
足の間にすっぽりとおさまったままプリンの器とスプーンを受け取り、無言で口に入れ始める。
目が半分閉じていて、この状態で食べてちゃんと覚えていられるのか心配になる。
優一がそう言うと、「これが、覚えてるんだよ。甘い物に目がないからな」と藤堂が笑った。
はぐはぐと音がしそうな程一生懸命プリンを口に運ぶ瀬川を、なんとなく藤堂と二人で見守っていると、瀬川が最後の一口、とすくい上げたプリンが、スプーンの先からポロリと零れた。
「あっ!」
藤堂の大きな手が、すかさず零れたプリンをキャッチする。
長い人差し指と中指の間に渡るように、形が崩れて液状になったプリンが乗っていた。
瀬川が、名残おしそうにそれをじっと見つめている。
藤堂がおしぼりを手繰り寄せてそれを拭い取ろうとした時、瀬川ががしっと藤堂の手を掴み、大きな手のひらに顔を寄せた。
「あ、こら!」
ちゅる、と音がして、指の間に横たわっていた白いものが、瀬川の唇に吸い込まれる。
さらに瀬川は舌を出して、ペロペロと藤堂の指の間を舐めた。
「くすぐったいって!もう、行儀悪いな!」
藤堂が笑いながら自分の手を取り戻そうとするが、瀬川はがっしりと掴んで離さない。
ひとしきり指を舐めたあと、ペロリと自分の唇を舐めて、瀬川は満足した様子で再び藤堂の懐に潜り込んで行く。
「意地汚いよ、冬夜さん!もう、俺の手ベタベタ……」
嘆きながらおしぼりで手を拭く藤堂から、優一は慌てて視線を逸らす。
見るとはなしに見てしまった光景が、脳裏で鮮やかに再生される。
真っ赤な舌が……藤堂の指の間を……チロチロと……
ズキン、と、覚えのある甘い痛みが、優一の股間を直撃する。
やばい……勃った!
というか、あんなエロいものを見せられて、勃たない男はいないだろう。
しかし、マズイ。時と場所を選んでくれない自分の分身に、優一は唸りながら、恨みがましい視線を向ける。
「おい……」
藤堂の低い声が響く。
「……っ!はい!」
「もしかして、勃ったか?」
「……ハイ……すみません」
面目ない、としょげかえる優一に、藤堂が仕方ない、というようにため息をつく。
「こっちも悪かった。ねぼけてるととんでもないことするんだ、この人」
なんか萎えること考えろ、と言われて、優一はその通りにしようと二人から顔を背けた。
この二人絶対にセックスしてるだろ、とか、瀬川はどんな風に藤堂に抱かれるんだろうとか、そんな事は決して考えてはいけない。
いけないのだが、いけないと思えば思う程、隣の二人をおかずにリアルにあれこれを考えてしまう。
「おい、さっきより大きくなってないか?」
「う……ダメかも。一回抜いて来る……」
どうしてもおさまらない分身に、仕方なく優一は立ち上がり、さりげなさを装いながらトイレへと旅立つ。
なんだって店のトイレの個室で、こそこそ自分を慰めなけりゃならないのか。
誰か来るんじゃないかと思うと気が気じゃないし、瀬川の顔を頭から排除しようと今まで見てきたAV女優たちのあられもない姿を想像するものの、途中から彼女たちが瀬川にすり替わってしまって、罪悪感でイクにイケない。
ようやくなんとか出すものを出してすっきりした後、念入りに手を洗って戻ると、座敷ではすでに帰り支度が始まっていた。
中に入ると、瀬川を抱きかかえた藤堂が、優一の荷物と一緒に帰りを待ってくれていた。
「悪い」
「ああ、こっちこそ悪かった。せっかくの歓迎会に遅れた上、迷惑かけたな……」
藤堂が遅れてきたのは、藤堂が悪い訳ではない。納入品のトラブルが起きたと聞いている。
トラブルがあれば、いつ何時であろうとも営業が現場に向かわなければならないのは当然のことだ。
優一の分身が思いがけず元気になったのだって、別に藤堂のせいじゃない。
瀬川の姿を見て、勝手に欲情したのは自分だ。むしろ藤堂に申し訳なく思うぐらいだ。
優一は「おまえのせいじゃない」と否定しながら、抱きかかえられた瀬川に視線を移す。
瀬川は意識があるのかないのか、「離れたくない」と言わんばかりに、コアラのようにしっかりと藤堂にしがみついていた。
付き人のように、小松が瀬川のものらしき鞄を持って、側に立っている。
「藤堂さぁーん、タクシー来ましたけど、先に乗って帰りますかぁ?」
おそらく部内で一番小柄だろうと思われる、子リスのように愛くるしい女子が、駆け寄ってきて藤堂の袖をひっぱる。
確か瀬川のアシスタントで、第二グループのメンバーのはずだ。
瀬川、山口、藤堂、メガネくん、鎌田に子リスちゃん。
第二グループの顔面偏差値、異常に高くないか?
藤堂と並ぶと一層小さく見える彼女の後ろ頭を凝視しながらそう考えていると、子リスちゃんがくるりと振り向いて優一を見た。
「あのぅ、お二人は、声が似てますよねぇ」
首が痛くなりそうなほど上を見ながら、子リスちゃんが優一と藤堂を交互に見比べる。
「へ?!」
「俺たちが?」
二人して驚いた顔を向けると、「はいぃ」と子リスちゃんがにっこり笑う。
「微妙に違いますけどぉ、でも目隠しして聞いたら、どっちかわかんないと思いますぅ。瀬川主任も、それで井上さんと藤堂さんを間違えたんじゃないかと……」
身体の大きさも似てますし、と子リスが笑う。
確かに、体格は優一の方が一回り大きいが、座った時のサイズ感はさほど変わらない。
その上声まで似てるとあらば、酔った瀬川が間違えるのも仕方のないことなのかもしれなかった。
「似てるか?」
「さあ。自分ではなんとも……」
自分の声を客観的に聞くことはあまりないのでわからないが、藤堂の声を聞き、これが他人が聞く自分の声なのかと思うとなんとなく嬉しい。
藤堂は、低く響くバリトンボイスの持ち主だ。
つまりは、優一は美声だと言われていると思っていい。
「みのり、藤堂くんどうするって?」
鎌田が現れ、子リスちゃんが「あー忘れてた!タクシー!」と慌てる。
「部長課長と女子組を先に返してやって。俺と瀬川さんは後でいいから」と藤堂が答えると、子リスちゃんは店の出口へと走り去っていった。
「みのり、なんだって?」
子リスちゃんが油を売っていた理由が気になったらしい鎌田が、藤堂を見上げる。
「俺と井上の声が似てるって」
「ああ、似てる似てる。電話だったら、多分どっちがかけてきたかわからないと思う」
鎌田もうんうんと頷き同意するので、やはり藤堂と自分の声は似ているのだろう。
ついつい、頬がにんまりと緩む。
「伊藤も似たようなこと言ってた。冬夜さんに、絶対まちがえるなって言っておかないと……」
「瀬川主任ならまず間違えないわよ。藤堂くんに呼ばれた瞬間に飛びついていったじゃない。酔ってたってちゃんと聞き分けてるわよ」
「どうだかなぁ。今度実験してみよう。ドアの向こうから呼んで、井上と俺の区別がつくかどうか」
藤堂が真剣に吟味する様子を見せると、鎌田があきれ顔でため息をつく。
「やめなさいよ、そういうの。ほっぺ膨らませて怒って、口きいてくれなくなるわよ」
その、かわいらしいだろう顔を想像した優一がにやけるのと、藤堂が「想像するな」としかめっ面を見せたのはほぼ同時だった。
本社第一営業部のプリンスとその名を轟かせている男が、ただ一人、上司で、男で、けれど超絶美人な瀬川に対して見せる独占欲が、優一にはとてもまぶしくうつる。
いいな、と純粋にうらやましく思えた。
別に恋人を探しに異動してきたわけではないが、日々に潤いがあった方が仕事にやりがいも出るので、出来ることなら優一だって恋人が欲しい。
そう、たとえば……
瀬川ぐらい美人で、色っぽくて、エロかわいい、年上の……
「いるわけねー!!!」
何故そこで瀬川を思い浮かべた!?と、衝動的に店の柱に額を打ち付けると、側にいた小松や鎌田がぎょっとしてこちらを向いた。
「ゴ、ゴメン、なんでもない」
ちょっと酔ったみたいだ、と言い訳すると、鎌田が心配そうに額を見上げてくる。
優一の心の中でどんな葛藤があったのかを分かってしまったのだろう藤堂が、「瀬川さんにあてられただけだろ」と笑い、小松と鎌田が、納得がいったというように「ああ、そうね、うん」とかわいそうなものを見る目で優一を見た。
「あのね、井上くん。こんなかわいいのは、そうそう手に入らないからね」
鎌田が忠告するように、藤堂に抱えられた瀬川を指さす。
「そうですね。こんなにかわいい人は、なかなかいないですから」
小松が、現実はそんなに甘くないから、と諭すようにうんうんと頷いた。
そんな二人の様子に、後ろで藤堂が笑いを噛み殺しながら横を向いている。
「でも、なんで男共はみんな瀬川さんにやられちゃうんだろうね?」「バン〇ラン少佐は美少年キラーだけど、瀬川主任は青年、中年キラーですよね」と意味不明な話をしながら、鎌田と小松があきれ顔で前を歩く。
どうやらその話から推察すると、瀬川にあてられてしまうのは、第一営業部の男たちの宿命というものらしい。
自分だけでなくてよかった、と、優一は胸を撫で下ろす。
歓迎会というのは、意外と馬鹿に出来ない。
酒がお互いの距離を縮めてくれるし、普段会社にいるだけではわからない人間関係や、人となりを教えてくれる。
うまくやっていけそうだな、と思っていると、鎌田がそんな優一の顔を見上げ、「井上くんには、第一営業部の水が合ってると思うよ。うまくやっていけそうじゃない?」と綺麗な顔でにんまりと笑った。
「瀬川さんにやられるっていう通過儀礼も済んだしな」と藤堂がさらりと余計な事を言う。
「おまえはやられたのかよ」
何事にも動じなさそうなイケメン顔を睨みながら言うと、ずり落ちてきた瀬川を抱きなおしながら、藤堂が笑った。
「瀬川さんの方が俺より後だったんだよ。でも、来た瞬間にやられたな」
「その挙句に、手に入れちゃったしね」と鎌田と小松が笑う。
藤堂までもが瀬川に落とされたことを認めたことに驚き、けれど、そういう潔い所は嫌いじゃない、と思う。
「おもしろい部だな。楽しくなりそう」と優一がつぶやくと、藤堂が「そうか」と笑い、鎌田と小松も「でしょでしょ?」とニヤニヤ笑いを隠しもせず、優一の背中を二人でパンパンと叩いた。
「明日からも、よろしくな!」
と気合を入れて鎌田と小松の背中をバシンと叩き返すと、女性二人は激しくよろめいたあと、優一をキッと睨みつけた。
「明日!土曜日だし!力、強すぎ!!!」
「その立派な体の使い方をよく考えろ!」と女性二人に説教をされ、優一は大きな体を小さく縮めて、海の底に沈むほど深く反省して「ごめんなさい」を繰り返した。
時折瀬川のかわいい寝顔を盗み見ながら、だったことぐらいは、許して欲しい。
☆バン〇ラン少佐って?と思った方は、〇にコの字を入れて検索♪
藤堂の周りは静かになり、しかしそれでも、男女の別なく代わる代わる誰かが瀬川の様子を覗きに来ては、抱える藤堂と言葉を交わして去っていく。
その波も落ち着いた頃、優一はビールを持って、藤堂の隣に移動した。
「お疲れ」
座りながらグラスにビールを注いでやると、藤堂は、カチンとそれを優一のグラスにぶつけながら、一気にあおる。
「一週間か。そろそろ慣れたか?」
同期の気安さで、藤堂は屈託なく話しかけてくる。
「いや、まだ挨拶回りばかりだからな。何がなんだか……」
「ああ、まあそうかもな。第一グループは、いいところだよ。こっちから見てても、仕事やりやすそうだ。佐塚さんがしっかり手綱握ってるからな」
そうか、と頷きながら、優一はこっそり、藤堂の腕の中の瀬川を盗み見る。
やたらに美人な隣の主任は、幸せそうな寝息を立てて、ぐっすりと眠り込んでいた。
「気になるか?」
優一が見ているのがわかったのだろう。
藤堂が軽く瀬川を揺すり上げて、抱きなおす。
多少揺さぶられても全く起きる様子はなく、安心しきって寝ているように見える。
「いつも、こうなのか?」
いつも眠ってしまうのか、いつもおまえが面倒見てるのか。
そのあたりのニュアンスをこめて尋ねると、藤堂がふっと笑う。
「最近、俺が嫌がるのわかってて、みんなして飲ますんだよ。飲ませるなって言ってるのに」
そのあきらめまじりの口調に、優一の考えがあるところにたどり着く。
もしかして、ひょっとして、そういうことか?
女性たちが、王子である藤堂ではなく、瀬川を目的に群がっていたのも、佐塚や山口が必死になって優一から瀬川を引き剥がそうとしたのも、もしかしたら……
「なあ、違ってたらその、悪いんだけど……」
「違ってない」
戸惑いながら口にした優一に、間髪入れず藤堂が返す。
やっぱりそうか、と、優一がくっと顎をひっこめるのを見て、藤堂が不敵にニヤリと笑う。
「手を出すなよ?」
俺のだからな、と言いながら、眠る瀬川の髪に鼻先をすり寄せる藤堂を見て、次に出る言葉を失った。
男じゃないか、とか、本気なのか、と言ってしまいそうなものなのに、それは頭に思い浮かんだ瞬間から消え去る。
それぐらい、二人でいるのが自然に見えた。
そして、優一にも見えているそれは、当然彼らと付き合いの長いはずの第一営業部のメンバーにも見えているはずで、だからおそらく、誰も彼もがこの二人を当たり前のように受け入れているのだろう。
「びっくりするぐらい、かわいい人だよな」
「だろ?」
色々ドギマギさせられたことを思い出して苦笑していると、「あの」と遠慮がちに声をかけられた。
大人しそうな女子が、声をかけてよかっただろうかという迷いを顔にちらつかせながら、藤堂と優一を見比べている。
「藤堂さん、女子はデザート頼んだんだけど、これ、瀬川主任にも」
女性が、先程瀬川に上着を被せていた「侍女」であることを思い出して眺めていると、侍女は小さな器とスプーンを藤堂の目の前に差し出す。
何?と聞くと、侍女は杏仁プリンだと答えた。
器の中の白いプリンに赤いクコの実がひとつ乗っているだけのシンプルさだが、実に美味そうだ。
それを見た藤堂が「あー」と肩をすくめて苦笑した。
「小松さん、瀬川さんのこと狙ってる?好物だって、良く知ってるね」
「狙ってませんよ、恐れ多い。眠り姫FCの常識ですよ。瀬川主任の好物は、苺のデザートと杏仁豆腐って」
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「これは、起こして食べさせないと、後でばれた時が怖いな」
「ここのお店の杏仁プリン、手作りでおいしいんです。おススメですよ」
小松、と呼ばれた侍女が器を優一たちの目の前に置いて去っていくと、藤堂が瀬川の体を軽く揺すって、「冬夜さん、起きて」と囁いた。
甘ったるいその様子が見ていられず、優一は思わず目をそらす。
眠い目をゴシゴシこすりながら、藤堂の腕の中からむっくりと瀬川が起き上がる。
「なあに」
寝ぼけて舌ったらずな様子がかわいすぎて、一度はそらしたはずの優一の視線が、意識せず元の位置に戻っていった。
「杏仁プリンだって。食べるでしょ?」
「……食べる」
起きてはみたものの、藤堂の膝から移動する気はないようだ。
足の間にすっぽりとおさまったままプリンの器とスプーンを受け取り、無言で口に入れ始める。
目が半分閉じていて、この状態で食べてちゃんと覚えていられるのか心配になる。
優一がそう言うと、「これが、覚えてるんだよ。甘い物に目がないからな」と藤堂が笑った。
はぐはぐと音がしそうな程一生懸命プリンを口に運ぶ瀬川を、なんとなく藤堂と二人で見守っていると、瀬川が最後の一口、とすくい上げたプリンが、スプーンの先からポロリと零れた。
「あっ!」
藤堂の大きな手が、すかさず零れたプリンをキャッチする。
長い人差し指と中指の間に渡るように、形が崩れて液状になったプリンが乗っていた。
瀬川が、名残おしそうにそれをじっと見つめている。
藤堂がおしぼりを手繰り寄せてそれを拭い取ろうとした時、瀬川ががしっと藤堂の手を掴み、大きな手のひらに顔を寄せた。
「あ、こら!」
ちゅる、と音がして、指の間に横たわっていた白いものが、瀬川の唇に吸い込まれる。
さらに瀬川は舌を出して、ペロペロと藤堂の指の間を舐めた。
「くすぐったいって!もう、行儀悪いな!」
藤堂が笑いながら自分の手を取り戻そうとするが、瀬川はがっしりと掴んで離さない。
ひとしきり指を舐めたあと、ペロリと自分の唇を舐めて、瀬川は満足した様子で再び藤堂の懐に潜り込んで行く。
「意地汚いよ、冬夜さん!もう、俺の手ベタベタ……」
嘆きながらおしぼりで手を拭く藤堂から、優一は慌てて視線を逸らす。
見るとはなしに見てしまった光景が、脳裏で鮮やかに再生される。
真っ赤な舌が……藤堂の指の間を……チロチロと……
ズキン、と、覚えのある甘い痛みが、優一の股間を直撃する。
やばい……勃った!
というか、あんなエロいものを見せられて、勃たない男はいないだろう。
しかし、マズイ。時と場所を選んでくれない自分の分身に、優一は唸りながら、恨みがましい視線を向ける。
「おい……」
藤堂の低い声が響く。
「……っ!はい!」
「もしかして、勃ったか?」
「……ハイ……すみません」
面目ない、としょげかえる優一に、藤堂が仕方ない、というようにため息をつく。
「こっちも悪かった。ねぼけてるととんでもないことするんだ、この人」
なんか萎えること考えろ、と言われて、優一はその通りにしようと二人から顔を背けた。
この二人絶対にセックスしてるだろ、とか、瀬川はどんな風に藤堂に抱かれるんだろうとか、そんな事は決して考えてはいけない。
いけないのだが、いけないと思えば思う程、隣の二人をおかずにリアルにあれこれを考えてしまう。
「おい、さっきより大きくなってないか?」
「う……ダメかも。一回抜いて来る……」
どうしてもおさまらない分身に、仕方なく優一は立ち上がり、さりげなさを装いながらトイレへと旅立つ。
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付き人のように、小松が瀬川のものらしき鞄を持って、側に立っている。
「藤堂さぁーん、タクシー来ましたけど、先に乗って帰りますかぁ?」
おそらく部内で一番小柄だろうと思われる、子リスのように愛くるしい女子が、駆け寄ってきて藤堂の袖をひっぱる。
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瀬川、山口、藤堂、メガネくん、鎌田に子リスちゃん。
第二グループの顔面偏差値、異常に高くないか?
藤堂と並ぶと一層小さく見える彼女の後ろ頭を凝視しながらそう考えていると、子リスちゃんがくるりと振り向いて優一を見た。
「あのぅ、お二人は、声が似てますよねぇ」
首が痛くなりそうなほど上を見ながら、子リスちゃんが優一と藤堂を交互に見比べる。
「へ?!」
「俺たちが?」
二人して驚いた顔を向けると、「はいぃ」と子リスちゃんがにっこり笑う。
「微妙に違いますけどぉ、でも目隠しして聞いたら、どっちかわかんないと思いますぅ。瀬川主任も、それで井上さんと藤堂さんを間違えたんじゃないかと……」
身体の大きさも似てますし、と子リスが笑う。
確かに、体格は優一の方が一回り大きいが、座った時のサイズ感はさほど変わらない。
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「似てるか?」
「さあ。自分ではなんとも……」
自分の声を客観的に聞くことはあまりないのでわからないが、藤堂の声を聞き、これが他人が聞く自分の声なのかと思うとなんとなく嬉しい。
藤堂は、低く響くバリトンボイスの持ち主だ。
つまりは、優一は美声だと言われていると思っていい。
「みのり、藤堂くんどうするって?」
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「部長課長と女子組を先に返してやって。俺と瀬川さんは後でいいから」と藤堂が答えると、子リスちゃんは店の出口へと走り去っていった。
「みのり、なんだって?」
子リスちゃんが油を売っていた理由が気になったらしい鎌田が、藤堂を見上げる。
「俺と井上の声が似てるって」
「ああ、似てる似てる。電話だったら、多分どっちがかけてきたかわからないと思う」
鎌田もうんうんと頷き同意するので、やはり藤堂と自分の声は似ているのだろう。
ついつい、頬がにんまりと緩む。
「伊藤も似たようなこと言ってた。冬夜さんに、絶対まちがえるなって言っておかないと……」
「瀬川主任ならまず間違えないわよ。藤堂くんに呼ばれた瞬間に飛びついていったじゃない。酔ってたってちゃんと聞き分けてるわよ」
「どうだかなぁ。今度実験してみよう。ドアの向こうから呼んで、井上と俺の区別がつくかどうか」
藤堂が真剣に吟味する様子を見せると、鎌田があきれ顔でため息をつく。
「やめなさいよ、そういうの。ほっぺ膨らませて怒って、口きいてくれなくなるわよ」
その、かわいらしいだろう顔を想像した優一がにやけるのと、藤堂が「想像するな」としかめっ面を見せたのはほぼ同時だった。
本社第一営業部のプリンスとその名を轟かせている男が、ただ一人、上司で、男で、けれど超絶美人な瀬川に対して見せる独占欲が、優一にはとてもまぶしくうつる。
いいな、と純粋にうらやましく思えた。
別に恋人を探しに異動してきたわけではないが、日々に潤いがあった方が仕事にやりがいも出るので、出来ることなら優一だって恋人が欲しい。
そう、たとえば……
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「いるわけねー!!!」
何故そこで瀬川を思い浮かべた!?と、衝動的に店の柱に額を打ち付けると、側にいた小松や鎌田がぎょっとしてこちらを向いた。
「ゴ、ゴメン、なんでもない」
ちょっと酔ったみたいだ、と言い訳すると、鎌田が心配そうに額を見上げてくる。
優一の心の中でどんな葛藤があったのかを分かってしまったのだろう藤堂が、「瀬川さんにあてられただけだろ」と笑い、小松と鎌田が、納得がいったというように「ああ、そうね、うん」とかわいそうなものを見る目で優一を見た。
「あのね、井上くん。こんなかわいいのは、そうそう手に入らないからね」
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「そうですね。こんなにかわいい人は、なかなかいないですから」
小松が、現実はそんなに甘くないから、と諭すようにうんうんと頷いた。
そんな二人の様子に、後ろで藤堂が笑いを噛み殺しながら横を向いている。
「でも、なんで男共はみんな瀬川さんにやられちゃうんだろうね?」「バン〇ラン少佐は美少年キラーだけど、瀬川主任は青年、中年キラーですよね」と意味不明な話をしながら、鎌田と小松があきれ顔で前を歩く。
どうやらその話から推察すると、瀬川にあてられてしまうのは、第一営業部の男たちの宿命というものらしい。
自分だけでなくてよかった、と、優一は胸を撫で下ろす。
歓迎会というのは、意外と馬鹿に出来ない。
酒がお互いの距離を縮めてくれるし、普段会社にいるだけではわからない人間関係や、人となりを教えてくれる。
うまくやっていけそうだな、と思っていると、鎌田がそんな優一の顔を見上げ、「井上くんには、第一営業部の水が合ってると思うよ。うまくやっていけそうじゃない?」と綺麗な顔でにんまりと笑った。
「瀬川さんにやられるっていう通過儀礼も済んだしな」と藤堂がさらりと余計な事を言う。
「おまえはやられたのかよ」
何事にも動じなさそうなイケメン顔を睨みながら言うと、ずり落ちてきた瀬川を抱きなおしながら、藤堂が笑った。
「瀬川さんの方が俺より後だったんだよ。でも、来た瞬間にやられたな」
「その挙句に、手に入れちゃったしね」と鎌田と小松が笑う。
藤堂までもが瀬川に落とされたことを認めたことに驚き、けれど、そういう潔い所は嫌いじゃない、と思う。
「おもしろい部だな。楽しくなりそう」と優一がつぶやくと、藤堂が「そうか」と笑い、鎌田と小松も「でしょでしょ?」とニヤニヤ笑いを隠しもせず、優一の背中を二人でパンパンと叩いた。
「明日からも、よろしくな!」
と気合を入れて鎌田と小松の背中をバシンと叩き返すと、女性二人は激しくよろめいたあと、優一をキッと睨みつけた。
「明日!土曜日だし!力、強すぎ!!!」
「その立派な体の使い方をよく考えろ!」と女性二人に説教をされ、優一は大きな体を小さく縮めて、海の底に沈むほど深く反省して「ごめんなさい」を繰り返した。
時折瀬川のかわいい寝顔を盗み見ながら、だったことぐらいは、許して欲しい。
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完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。
漁師の仕事は多岐にわたる。
例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。
陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
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