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ネコとオセロと学校と

24匹目 『こんなところに居られるか、俺は家に帰らせてもらう! 帰らせてくれよ頼むから!』

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……どうしてくれよう、この空気。

テンション高く『タァ!』『ホォ!』『ヤァ!』とシャドーボクシング的なポーズを取る草場(せいきのアホ)と、対象的に、下を向いてだんまりの藤夜に挟まれた俺は、そう考える。当然だ、いきなり“ラブコメライダー”を名乗るバカヤロウに突撃されて、困惑しないものはいない。或いは怒りか。

どちらにせよ、その時点で話が長引く、ややこしくなる事は明白でありーーイコール、俺の帰りが遅くなる。

そんなのは勘弁だ。そそくさと逃げ出そうとした俺を、藤夜が服の裾をガッと掴んで静止した。


「なんで止めるんですか藤夜さん別に帰っても良いでしょう! こんな状況で!」

「貴方、こんな状況にわたしを放置するつもりなのこの悪逆非道!!」

「初対面の相手にんな事言われる覚えは無いですよ!」

「まぁまぁ貴殿ら、喧嘩は止めるでござるよww」「あんたのせいでしょ!お前のせいだろ!」「おっふwww」


ああもう、なんでこんな状況になってんだよ! 早く帰りたいんだが!!

心からの叫びだが、それは心から飛び出る事はなく。

代わりに、今を打破するべく会話を打ち出した藤夜が、今だけ物凄く光り輝いて見えた。あなたが天使か藤夜さま。


「……それで! 貴方ーー草場、だっけ? なんでここに居るのよ」

もっともな疑問。それに草場はしばし、謎のタメを挟みーーそして、言った。


「そりゃー当然……『藤夜たんと犬飼氏のラブコメを成立させる為』でござるよww」

……ああ、うん。

まあ、正直な話その答えは予測済みだ。普段から無駄な存在感を発揮して居る草場の発言は、妙に印象に残る。

そこから導き出される、こいつの性質ーーそれが、“生粋のラブコメ好き”というものである。

2次元の世界では勿論、3次元リアルであっても、時折何かしらシチュエーションになった際には、ラブコメ探偵やらラブコメ戦士やら名乗って協力者としてラブコメ展開に持ち込もうとする。それが、草場という人間だ。

本来なら相当に疎まれていてもおかしくない存在だが、不思議と受け入れられて居る。理由としては、元来の性格の明るさ、卓球とは言えど全国大会にまで出場する程の単純な“凄さ”ーーそして何よりも、こいつに協力された奴らは何故かカップルとして成立することが多いという事。それも、まさにラブラブに。


ちなみに、傍目には他ならぬ草場自身がもっともラブコメらしい状況に置かれて居る気がする。太ってはいるが醜悪という程ではなく、何より明るく優しく、誰に対しても平等に接するアニオタらしからぬコミュ力。
そのせいか、数人女子、主に卓球部員からは少なからず好意を寄せられているっぽい。事本人においてはそれに気づく風を見せないが。


まあ、それはどうだって良いのだ。問題はーー

「デュフフw 今回はあの【雪銀の美少女(アフロディテ)】と【八方美人の陽帝(アポロン)】のカップリング! これを逃せば次にこれほどのシチュを拝める機会は【可憐なる猫夜姫(バステト)】に【剣呑たる陽優(ラー)】がくっつく時ぐらい! 正直後者は我が卒業するまでにくっつくか分からないくらいにはじれったいですし、事実上今回が最上最高のチャンスなのでござる!!」

「……あ、あふ? アフロ? あぽ……え、しゅ、取材でもするの……? ううう」

如何にも中学二年生くさい二つ名でクラスの誰かを呼ぶ草場だが、多分絶対、そういう界隈に明るくないのだろう。眼に何重もの楕円を浮かばせて困窮する藤夜は不憫だと思う。さっきの横文字が二つ名だと分かってしまう俺が憎い。

んで、だ。今の発言を聞く限り、『アポロン』とやらが犬飼、『アフロディテ』が藤夜なのだろう。

そうなるとーーここが、草場の最大の欠点にして、これまで数多のカップルを成立させてきた“悪癖”ーー『やたらと他人の恋愛事情に顔を突っ込む』
これに、案の定藤夜が巻き込まれる事になる。どんな嗅覚をしているのか、ラブコメある所我がありのこいつから逃げられる気もしないしな。

で、だ。草場のとてつもなくめんどくさいテンションに、藤夜が巻き込まれるのだ。そう、他ならぬ“藤夜”が。そこに、“藤夜のみ”という制約はかけられていない。


ーーさて、ここで問題です。今さっき俺は、藤夜に対してなんて約束したでしょ~か!


……その答えが、“居残る”だ。はい、絶賛後悔真っ只中です。


「……ヒィ!」

「ーーちょぉぉっっと咲森さぁぁん? ど~こ~へ~い~こ~う~と~い~う~の~か~ね~?」

「イヤダァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!」


再度逃げ出そうとした俺を、ホラーな表情で捉えた藤夜を見て。我関せずと笑った草場をーー後でぶん殴ると、そう心に誓った。
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