1 / 15
第1話:断罪と再誕
しおりを挟む
鉛色の空が私の未来を映すように重く垂れ込める。冷たい石畳の上私は微動だにせず、ただその時を待っていた。群衆の怒号が耳朶を打つがもはや何の感情も湧かない。罵声と共に投げつけられる石や泥も乾いた皮膚の上を滑り落ちるだけ。私の心はとうに冷え切ってしまった。恐怖は幾度となく裏切られ絶望に突き落とされるうちにとうに摩耗し消え失せていた。
視線を上げた先には木製の処刑台。そのすぐ傍らに立つ憎き二つの影。私の妹リリアーナそしてかつての婚約者、この国の王太子。彼らは寄り添い勝利を確信したような薄ら寒い笑みを浮かべていた。リリアーナの可憐な顔に張り付いた天使のような笑顔。それは私を地の底へ突き落とすため周到に準備されたものだった。王太子の傲慢さと薄情さを隠そうともしない得意げな顔。この男に私は全てを捧げたというのか。
その偽善に満ちた笑顔を見た瞬間これまで押し込めていた最後の絶望と過去への激しい後悔が津波のように押し寄せた。ああなぜもっと早く気づけなかったのだろう。なぜあの甘い言葉に騙されあの瞳の奥の欺瞞を見抜けなかったのだろう。愚かだったあまりに愚かだった。
「もしやり直せるのなら――」
心の底からの掠れた願いが誰に届くともなく脳裏をよぎる。それは諦めにも似た純粋な最後の叫びだったのかもしれない。
その途端首元に身につけていた祖母から贈られた古いペンダントが熱を帯びたように微かに光を放った。幼い頃から肌身離さず身につけていた何の変哲もないはずの銀の飾り。その瞬間確かに温かい光が胸元から溢れ出したように感じられた。
次の瞬間ひやりとした冷たい感触が首筋を走る。鈍い金属の音と共にギロチンの刃が振り下ろされる衝撃。あまりにも現実離れした感覚に私の意識は途切れた。世界は深い闇に包まれる。
唐突な意識の覚醒。
重い瞼を開けるとそこは見慣れたしかし「あり得ない」場所だった。天蓋付きのベッド柔らかな絹のシーツ。壁には幼い頃私が描いた稚拙な絵が飾られている。全てがあまりにも現実味を帯びていた。
ここは……私の自室だ。
慌てて自らの身体に触れる。細くしかし若々しい手足。処刑台で冷え切っていたはずの体温が確かに脈打っている。夢ではないこれは現実だ。
身体を起こしぼんやりとした頭で壁のカレンダーの日付を確認する。
息が止まった。
そこには紛れもない見覚えのある日付が刻まれていた。私が処刑されたあの忌まわしい日から三年前。まだ全てが始まる前の平和だったはずの日々。
混乱した頭で必死に記憶を辿る。あの処刑台群衆の怒号。リリアーナと王太子の嘲笑。そして首元で熱を放った祖母のペンダントの光。
全てのピースがカチリと音を立ててはまった。
「……時間が巻き戻った……?」
信じがたいしかしこれ以外に説明のつかない現実が目の前に横たわっていた。祖母のペンダントが私の最後の願いに呼応し時間を遡らせたというのか。その力の由来など今はどうでもよかった。重要なのは私があの地獄のような未来からこの三年前の過去へと帰ってきたということだった。
過去に戻れた喜びと同時に押し寄せるあの処刑の記憶。冷たい刃が首筋を走る感触。裏切られた憎しみ。身体中の震えが止まらない。私はベッドから飛び降りふらつく足で書斎へと向かった。
震える手でペンと紙を取り出す。
「今度こそ運命を変えてみせる」
私の瞳に強い光が宿る。それは恐怖や後悔ではない。過去の過ちを繰り返さないという確固たる意志と未来への覚悟だった。
ペン先を走らせる。一度目の人生で起こった重要な出来事私を陥れた策略関わった人物の名前。記憶が鮮明なうちに全てを書き残さなければならない。**「未来の年表」**として箇条書きで必死に書き出し始める。
国王の病。リリアーナが手に入れるはずの魔道具。王太子の不正。社交界でのスキャンダル。
……そして私の処刑。
書き殴る文字に私の決意とこの限られた時間を最大限に活用しようとする焦燥が滲み出る。この未来の年表こそが私が二度目の人生で戦うための唯一の武器となるだろう。
私はもう「悪役令嬢」エレオノーラではない。過去の過ちを清算し自らの手で未来を切り開く新たなエレオノーラなのだ。この紙の上の文字は決して覆らない未来を指し示すものではない。それは私がこれから描き換えるべき新しい運命の設計図なのだから。
視線を上げた先には木製の処刑台。そのすぐ傍らに立つ憎き二つの影。私の妹リリアーナそしてかつての婚約者、この国の王太子。彼らは寄り添い勝利を確信したような薄ら寒い笑みを浮かべていた。リリアーナの可憐な顔に張り付いた天使のような笑顔。それは私を地の底へ突き落とすため周到に準備されたものだった。王太子の傲慢さと薄情さを隠そうともしない得意げな顔。この男に私は全てを捧げたというのか。
その偽善に満ちた笑顔を見た瞬間これまで押し込めていた最後の絶望と過去への激しい後悔が津波のように押し寄せた。ああなぜもっと早く気づけなかったのだろう。なぜあの甘い言葉に騙されあの瞳の奥の欺瞞を見抜けなかったのだろう。愚かだったあまりに愚かだった。
「もしやり直せるのなら――」
心の底からの掠れた願いが誰に届くともなく脳裏をよぎる。それは諦めにも似た純粋な最後の叫びだったのかもしれない。
その途端首元に身につけていた祖母から贈られた古いペンダントが熱を帯びたように微かに光を放った。幼い頃から肌身離さず身につけていた何の変哲もないはずの銀の飾り。その瞬間確かに温かい光が胸元から溢れ出したように感じられた。
次の瞬間ひやりとした冷たい感触が首筋を走る。鈍い金属の音と共にギロチンの刃が振り下ろされる衝撃。あまりにも現実離れした感覚に私の意識は途切れた。世界は深い闇に包まれる。
唐突な意識の覚醒。
重い瞼を開けるとそこは見慣れたしかし「あり得ない」場所だった。天蓋付きのベッド柔らかな絹のシーツ。壁には幼い頃私が描いた稚拙な絵が飾られている。全てがあまりにも現実味を帯びていた。
ここは……私の自室だ。
慌てて自らの身体に触れる。細くしかし若々しい手足。処刑台で冷え切っていたはずの体温が確かに脈打っている。夢ではないこれは現実だ。
身体を起こしぼんやりとした頭で壁のカレンダーの日付を確認する。
息が止まった。
そこには紛れもない見覚えのある日付が刻まれていた。私が処刑されたあの忌まわしい日から三年前。まだ全てが始まる前の平和だったはずの日々。
混乱した頭で必死に記憶を辿る。あの処刑台群衆の怒号。リリアーナと王太子の嘲笑。そして首元で熱を放った祖母のペンダントの光。
全てのピースがカチリと音を立ててはまった。
「……時間が巻き戻った……?」
信じがたいしかしこれ以外に説明のつかない現実が目の前に横たわっていた。祖母のペンダントが私の最後の願いに呼応し時間を遡らせたというのか。その力の由来など今はどうでもよかった。重要なのは私があの地獄のような未来からこの三年前の過去へと帰ってきたということだった。
過去に戻れた喜びと同時に押し寄せるあの処刑の記憶。冷たい刃が首筋を走る感触。裏切られた憎しみ。身体中の震えが止まらない。私はベッドから飛び降りふらつく足で書斎へと向かった。
震える手でペンと紙を取り出す。
「今度こそ運命を変えてみせる」
私の瞳に強い光が宿る。それは恐怖や後悔ではない。過去の過ちを繰り返さないという確固たる意志と未来への覚悟だった。
ペン先を走らせる。一度目の人生で起こった重要な出来事私を陥れた策略関わった人物の名前。記憶が鮮明なうちに全てを書き残さなければならない。**「未来の年表」**として箇条書きで必死に書き出し始める。
国王の病。リリアーナが手に入れるはずの魔道具。王太子の不正。社交界でのスキャンダル。
……そして私の処刑。
書き殴る文字に私の決意とこの限られた時間を最大限に活用しようとする焦燥が滲み出る。この未来の年表こそが私が二度目の人生で戦うための唯一の武器となるだろう。
私はもう「悪役令嬢」エレオノーラではない。過去の過ちを清算し自らの手で未来を切り開く新たなエレオノーラなのだ。この紙の上の文字は決して覆らない未来を指し示すものではない。それは私がこれから描き換えるべき新しい運命の設計図なのだから。
29
あなたにおすすめの小説
皇帝陛下の寵愛は、身に余りすぎて重すぎる
若松だんご
恋愛
――喜べ、エナ! お前にも縁談が来たぞ!
数年前の戦で父を、病で母を亡くしたエナ。
跡継ぎである幼い弟と二人、後見人(と言う名の乗っ取り)の叔父によりずっと塔に幽閉されていたエナ。
両親の不在、後見人の暴虐。弟を守らねばと、一生懸命だったあまりに、婚期を逃していたエナに、叔父が(お金目当ての)縁談を持ちかけてくるけれど。
――すまないが、その縁談は無効にさせてもらう!
エナを救ってくれたのは、幼馴染のリアハルト皇子……ではなく、今は皇帝となったリアハルト陛下。
彼は先帝の第一皇子だったけれど、父帝とその愛妾により、都から放逐され、エナの父のもとに身を寄せ、エナとともに育った人物。
――結婚の約束、しただろう?
昔と違って、堂々と王者らしい風格を備えたリアハルト。驚くエナに妻になってくれと結婚を申し込むけれど。
(わたし、いつの間に、結婚の約束なんてしてたのっ!?)
記憶がない。記憶にない。
姉弟のように育ったけど。彼との別れに彼の無事を願ってハンカチを渡したけれど! それだけしかしてない!
都会の洗練された娘でもない。ずっと幽閉されてきた身。
若くもない、リアハルトより三つも年上。婚期を逃した身。
後ろ盾となる両親もいない。幼い弟を守らなきゃいけない身。
(そんなわたしが? リアハルト陛下の妻? 皇后?)
ずっとエナを慕っていたというリアハルト。弟の後見人にもなってくれるというリアハルト。
エナの父は、彼が即位するため起こした戦争で亡くなっている。
だから。
この求婚は、その罪滅ぼし? 昔世話になった者への恩返し?
弟の後見になってくれるのはうれしいけれど。なんの取り柄もないわたしに求婚する理由はなに?
ずっと好きだった彼女を手に入れたかったリアハルトと、彼の熱愛に、ありがたいけれど戸惑いしかないエナの物語。
ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!
クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。
ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。
しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。
ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。
そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。
国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。
樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。
最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である
megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。
【完結】辺境伯令嬢は国境で騎士領主になりたいのに!
葉桜鹿乃
恋愛
辺境伯令嬢バーバレラ・ドミニクは日夜剣と政治、国境の守りに必要な交渉術や社交性、地理といった勉強に励んでいた。いずれ、辺境伯となった時、騎士として最前線に立ち国を守る、そんな夢を持っていた。
社交界には興味はなく、王都に行ったこともない。
一人娘なのもあって、いつかは誰か婿をとって家督は自分が継ぐと言って譲らず、父親に成人した17の時に誓約書まで書かせていた。
そして20歳の初夏に差し掛かる頃、王都と領地を往来する両親が青い顔で帰ってきた。
何事かと話を聞いたら、バーバレラが生まれる前に父親は「互いの子が20歳まで独身なら結婚させよう」と、親友の前公爵と約束を交わして、酒の勢いで証書まで書いて母印を押していたらしい?!
その上王都では、バーバレラの凄まじい悪評(あだ名は『怪物姫』)がいつの間にか広がっていて……?!
お相手は1つ年上の、文武両道・眉目秀麗・社交性にだけは難あり毒舌無愛想という現公爵セルゲウス・ユージーンで……このままだとバーバレラは公爵夫人になる事に!
そして、セルゲウスはバーバレラを何故かとても溺愛したがっていた?!
そのタイミングを見計らっていたように、隣の領地のお婿さん候補だった、伯爵家次男坊まで求愛をしに寄ってきた!が、その次男坊、バーバレラの前でだけは高圧的なモラハラ男……?!
波瀾万丈のコメディタッチなすれ違い婚姻譚!ハッピーエンドは保証します!
※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。
※小説家になろう様でも別名義で掲載予定です。
※1日1話更新、できるだけ2話更新を目指しますが力尽きていた時はすみません。長いお話では無いので待っていてください。
ある日、悪役令嬢の私の前にヒロインが落ちてきました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【どうやら私はこの世界では悪役令嬢と呼ばれる存在だったらしい】
以前から自分を取り巻く環境に違和感を覚えていた私はどうしても馴染めることが出来ずにいた。周囲とのぎこちない生活、婚約者として紹介された相手からは逃げ回り、友達もいない学園生活を送っていた私の前に、ある日自称ヒロインを名乗る人物が上から落ちてきて、私のことを悪役令嬢呼ばわりしてきた――。
※短めで終わる予定です
※他サイトでも投稿中
旦那様は、転生後は王子様でした
編端みどり
恋愛
近所でも有名なおしどり夫婦だった私達は、死ぬ時まで一緒でした。生まれ変わっても一緒になろうなんて言ったけど、今世は貴族ですって。しかも、タチの悪い両親に王子の婚約者になれと言われました。なれなかったら替え玉と交換して捨てるって言われましたわ。
まだ12歳ですから、捨てられると生きていけません。泣く泣くお茶会に行ったら、王子様は元夫でした。
時折チートな行動をして暴走する元夫を嗜めながら、自身もチートな事に気が付かない公爵令嬢のドタバタした日常は、周りを巻き込んで大事になっていき……。
え?! わたくし破滅するの?!
しばらく不定期更新です。時間できたら毎日更新しますのでよろしくお願いします。
転生『悪役』公爵令嬢はやり直し人生で楽隠居を目指す
RINFAM
ファンタジー
なんの罰ゲームだ、これ!!!!
あああああ!!!
本当ならあと数年で年金ライフが送れたはずなのに!!
そのために国民年金の他に利率のいい個人年金も掛け、さらに少ない給料の中からちまちまと老後の生活費を貯めてきたと言うのに!!!!
一銭も貰えないまま人生終わるだなんて、あんまりです神様仏様あああ!!
かくなる上はこのやり直し転生人生で、前世以上に楽して暮らせる隠居生活を手に入れなければ。
年金受給前に死んでしまった『心は常に18歳』な享年62歳の初老女『成瀬裕子』はある日突然死しファンタジー世界で公爵令嬢に転生!!しかし、数年後に待っていた年金生活を夢見ていた彼女は、やり直し人生で再び若いままでの楽隠居生活を目指すことに。
4コマ漫画版もあります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる