二度目の人生は氷の騎士様と歩む

YY

文字の大きさ
3 / 15

第3話:最初の「予言」と揺らぐ信頼

しおりを挟む
エレオノーラはダリウスに告げた「予言」が実現する日まで気が気でなかった。その重圧はまるで胸の奥を冷たい手で締め上げられるよう。もしダリウスが予言を信じなければ未来を変えるチャンスは永遠に失われる。手の震えが止まらない。昨夜からほとんど眠れていないせいで目蓋の裏は熱を持っていた。

約束の茶会の日。エレオノーラは王城東側の温室から最も離れた庭園の片隅で結果を待つ。不安と緊張で心臓が破裂しそうだった。もし予言が外れたら? 彼が信じなかったら? その後のことは想像することすらできない。もしこの一度きりの賭けに失敗すれば、再びあの処刑台に立つことになるだろう。彼女の未来視は完璧ではない可能性を示唆していた。「……見えたはずの光景が、少しずつ滲んでいく……私のせい?」以前なら確かに知っていたはずの“結末”が今はどこか曖昧になっている。ただ祈るように時が過ぎるのを待った。

午後の茶会の時間が過ぎようやく静寂が破られた。

間もなく王城東側の温室から女性たちの甲高い悲鳴が響き渡る。その音はガラスが割れる乾いた音と混じり合いエレオノーラの耳に飛び込んできた。直後けたたましい音が城内に響き渡った。騎士団の緊急招集を告げるラッパの音だ。

「っ……!」

エレオノーラの身体に電流が走ったような衝撃が走った。予言が始まった。

その頃ダリウスはまさにその温室の中にいた。茶会の最中突然の騒ぎに人々がざわめく。彼の視線の先に一人の貴族が何かを落とした瞬間隣の男が慌てて手を伸ばす――が、第三騎士隊のロルフ副隊長がそれよりも早く拾い上げた。ロルフの手には数枚の薄い紙束が握られている。

「これは……」

ロルフが目を見開き驚愕の声を上げる。彼が拾い上げた文書は明らかに密輸に関する不正な取引を示唆する内容だった。その瞬間ダリウスの脳裏に謁見の間でエレオノーラが語った言葉が雷鳴のように響き渡る。

「明後日の午後。王城東側の温室。茶会の最中。ある貴族が文書を“落とす”。それが密輸の疑いを呼ぶ――」
「それを拾うのは第三騎士隊のロルフ副隊長――彼はあなたの部下のはず」

エレオノーラの予言の具体的な内容が完璧に一致した。ダリウスは激しい衝撃を受ける。自身の「理性」が目の前の信じがたい現実によって激しく揺さぶられた。これは偶然か? いや、これだけの一致が偶然であるはずがない。だがもしこれが罠だったとしたら――。彼は即座に事態を掌握し冷静な指揮で温室の混乱を収拾した。エレオノーラが事前に提供した貴族の氏名や関わりのある商人の情報が決定的な手掛かりとなりダリウスは事件を迅速に解決に導く。彼の脳裏にはエレオノーラが語った「未来」の言葉が何度も何度も反芻されていた。

事件解決後ダリウスは即座にエレオノーラを自身の執務室に呼び出した。机の上には今回の事件で押収された不正文書が積み重ねられている。彼の表情は普段の氷のような冷静さの中に微かな動揺と困惑の影を宿していた。

「なぜ君はそのような事を知っていた?」

ダリウスは隠すことなく直接的に問い詰めた。彼の視線はエレオノーラの瞳を深く見つめている。それは答えを求める騎士の視線だった。

エレオノーラは慎重に言葉を選ぶ。彼を信じて言葉を選んだ。拒絶されればすべてが終わる――でも今ここで動かなければ未来はまた“あの処刑台”へと繋がってしまう。

「私は一度この目で未来を見たからです」

彼女はそれだけを告げた。そして自身の破滅が近いことそれが宮廷内の深い陰謀によるものであることを仄めかすに留めた。あくまで彼の知的好奇心と公正な判断力を刺激するように。

ダリウスはエレオノーラの言葉を受け止めしばし沈黙した。彼の脳裏には最近感じていた宮廷の小さな異変がよぎっていた。王太子の側近である貴族が普段は顔を合わせないはずの怪しげな商人との接触を頻繁に行っていたこと。それはまだ確証のないただの不穏な気配に過ぎなかった。しかしエレオノーラの予言と今回の事件そしてこの小さな異変が彼の頭の中で一つの線となりつつあった。

「あの貴族が商人と接触していたのはたしか前夜会の直後……その時点で文書の入手が可能だったとしたら――」

ダリウスはエレオノーラの言葉と自身の見聞を論理的に繋ぎ合わせようとしていた。彼の厳格な理性と公正であろうとする揺るぎない信念が目の前の非常識な事実と自身の経験との間で激しくせめぎ合っていた。

エレオノーラの言葉の真実性。それがもたらした事件解決の功績。そしてダリウス自身が感じ取っていた宮廷の不穏な空気。これらの全てが彼の「公正」という信条を強く揺さぶる。彼はエレオノーラが過去の「悪役令嬢」とは異なる計り知れない何かを秘めていると感じ始めていた。彼女は単なる嘘つきの女ではない。

エレオノーラはダリウスの内心の葛藤と彼が証拠に基づいて動く人物であることを理解していた。だからこそ今が決定的な一歩を踏み出す時だと判断した。彼女はさらに踏み込んで協力を持ちかける。

「私を陥れようとする者たちはあなたにとっても看過できない存在となるでしょう。秘密裏に私の協力者になっていただきたい」

ダリウスはエレオノーラから目を逸らすことなく深い沈黙を保った。その沈黙は彼が熟考している証だった。そしてやがてその口から低くしかし確かな言葉が発せられた。

「君の敵の名を知る必要がある」

公正を貫く心が彼女の言葉に答えを求めた。二人の運命的な契約の扉が今静かにそして重々しく開かれようとしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

皇帝陛下の寵愛は、身に余りすぎて重すぎる

若松だんご
恋愛
――喜べ、エナ! お前にも縁談が来たぞ! 数年前の戦で父を、病で母を亡くしたエナ。 跡継ぎである幼い弟と二人、後見人(と言う名の乗っ取り)の叔父によりずっと塔に幽閉されていたエナ。 両親の不在、後見人の暴虐。弟を守らねばと、一生懸命だったあまりに、婚期を逃していたエナに、叔父が(お金目当ての)縁談を持ちかけてくるけれど。 ――すまないが、その縁談は無効にさせてもらう! エナを救ってくれたのは、幼馴染のリアハルト皇子……ではなく、今は皇帝となったリアハルト陛下。 彼は先帝の第一皇子だったけれど、父帝とその愛妾により、都から放逐され、エナの父のもとに身を寄せ、エナとともに育った人物。 ――結婚の約束、しただろう? 昔と違って、堂々と王者らしい風格を備えたリアハルト。驚くエナに妻になってくれと結婚を申し込むけれど。 (わたし、いつの間に、結婚の約束なんてしてたのっ!?) 記憶がない。記憶にない。 姉弟のように育ったけど。彼との別れに彼の無事を願ってハンカチを渡したけれど! それだけしかしてない! 都会の洗練された娘でもない。ずっと幽閉されてきた身。 若くもない、リアハルトより三つも年上。婚期を逃した身。 後ろ盾となる両親もいない。幼い弟を守らなきゃいけない身。 (そんなわたしが? リアハルト陛下の妻? 皇后?) ずっとエナを慕っていたというリアハルト。弟の後見人にもなってくれるというリアハルト。 エナの父は、彼が即位するため起こした戦争で亡くなっている。 だから。 この求婚は、その罪滅ぼし? 昔世話になった者への恩返し? 弟の後見になってくれるのはうれしいけれど。なんの取り柄もないわたしに求婚する理由はなに? ずっと好きだった彼女を手に入れたかったリアハルトと、彼の熱愛に、ありがたいけれど戸惑いしかないエナの物語。

ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!

クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。 ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。 しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。 ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。 そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。 国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。 樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。

令嬢失格な私なので

あんど もあ
ファンタジー
貴族の令息令嬢が学ぶ王都学園。 そこのカースト最下位と思われている寮生の中でも、最も令嬢らしからぬディアナ。 しかしその正体は……。

最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である

megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。

【完結】辺境伯令嬢は国境で騎士領主になりたいのに!

葉桜鹿乃
恋愛
辺境伯令嬢バーバレラ・ドミニクは日夜剣と政治、国境の守りに必要な交渉術や社交性、地理といった勉強に励んでいた。いずれ、辺境伯となった時、騎士として最前線に立ち国を守る、そんな夢を持っていた。 社交界には興味はなく、王都に行ったこともない。 一人娘なのもあって、いつかは誰か婿をとって家督は自分が継ぐと言って譲らず、父親に成人した17の時に誓約書まで書かせていた。 そして20歳の初夏に差し掛かる頃、王都と領地を往来する両親が青い顔で帰ってきた。 何事かと話を聞いたら、バーバレラが生まれる前に父親は「互いの子が20歳まで独身なら結婚させよう」と、親友の前公爵と約束を交わして、酒の勢いで証書まで書いて母印を押していたらしい?! その上王都では、バーバレラの凄まじい悪評(あだ名は『怪物姫』)がいつの間にか広がっていて……?! お相手は1つ年上の、文武両道・眉目秀麗・社交性にだけは難あり毒舌無愛想という現公爵セルゲウス・ユージーンで……このままだとバーバレラは公爵夫人になる事に! そして、セルゲウスはバーバレラを何故かとても溺愛したがっていた?! そのタイミングを見計らっていたように、隣の領地のお婿さん候補だった、伯爵家次男坊まで求愛をしに寄ってきた!が、その次男坊、バーバレラの前でだけは高圧的なモラハラ男……?! 波瀾万丈のコメディタッチなすれ違い婚姻譚!ハッピーエンドは保証します! ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも別名義で掲載予定です。 ※1日1話更新、できるだけ2話更新を目指しますが力尽きていた時はすみません。長いお話では無いので待っていてください。

ある日、悪役令嬢の私の前にヒロインが落ちてきました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【どうやら私はこの世界では悪役令嬢と呼ばれる存在だったらしい】 以前から自分を取り巻く環境に違和感を覚えていた私はどうしても馴染めることが出来ずにいた。周囲とのぎこちない生活、婚約者として紹介された相手からは逃げ回り、友達もいない学園生活を送っていた私の前に、ある日自称ヒロインを名乗る人物が上から落ちてきて、私のことを悪役令嬢呼ばわりしてきた――。 ※短めで終わる予定です ※他サイトでも投稿中

旦那様は、転生後は王子様でした

編端みどり
恋愛
近所でも有名なおしどり夫婦だった私達は、死ぬ時まで一緒でした。生まれ変わっても一緒になろうなんて言ったけど、今世は貴族ですって。しかも、タチの悪い両親に王子の婚約者になれと言われました。なれなかったら替え玉と交換して捨てるって言われましたわ。 まだ12歳ですから、捨てられると生きていけません。泣く泣くお茶会に行ったら、王子様は元夫でした。 時折チートな行動をして暴走する元夫を嗜めながら、自身もチートな事に気が付かない公爵令嬢のドタバタした日常は、周りを巻き込んで大事になっていき……。 え?! わたくし破滅するの?! しばらく不定期更新です。時間できたら毎日更新しますのでよろしくお願いします。

転生『悪役』公爵令嬢はやり直し人生で楽隠居を目指す

RINFAM
ファンタジー
 なんの罰ゲームだ、これ!!!!  あああああ!!! 本当ならあと数年で年金ライフが送れたはずなのに!!  そのために国民年金の他に利率のいい個人年金も掛け、さらに少ない給料の中からちまちまと老後の生活費を貯めてきたと言うのに!!!!  一銭も貰えないまま人生終わるだなんて、あんまりです神様仏様あああ!!  かくなる上はこのやり直し転生人生で、前世以上に楽して暮らせる隠居生活を手に入れなければ。 年金受給前に死んでしまった『心は常に18歳』な享年62歳の初老女『成瀬裕子』はある日突然死しファンタジー世界で公爵令嬢に転生!!しかし、数年後に待っていた年金生活を夢見ていた彼女は、やり直し人生で再び若いままでの楽隠居生活を目指すことに。 4コマ漫画版もあります。

処理中です...