二度目の人生は氷の騎士様と歩む

YY

文字の大きさ
9 / 15

第9話:ダリウスの決断

しおりを挟む
エレオノーラの未来視が曖昧になり始めたことに焦燥しつつもダリウスは自身の情報網を駆使しリリアーナと王太子が企む「反逆罪の偽装」の具体的な動きを探っていた。彼の騎士団は宮廷の隅々そして王都の裏路地にまで目を光らせ不審な接触や密会の情報を集めていた。報告は彼らが隣国のスパイとの偽の密会を演出しエレオノーラが反逆者であるかのような証拠を巧妙に捏造していることを示していた。その手口は非常に緻密で偽造された文書の精巧さ偽の目撃者の証言の整合性そして密会場所の選定に至るまでもしダリウスがエレオノーラの予言と彼女から直接聞いた告白を知らなければ容易に信じてしまうほどだった。

宮廷内の不穏な空気は日増しに濃くなっていた。貴族たちの間ではエレオノーラ公爵令嬢に関する根も葉もない噂が囁かれ始めその視線には再び警戒と好奇の色が混じり合う。ダリウスはいつ王太子たちが決定的な動きに出るかと常に警戒を怠らなかった。彼の胸中にはエレオノーラを守り抜くという固い決意とこの腐敗した宮廷の闇を暴くという使命感が燃え盛っていた。しかしその時がこれほど唐突に訪れるとは彼自身も予想していなかった。

その日の朝議はいつもと変わらぬ厳粛な雰囲気で始まった。国王が玉座に座し重臣たちがそれぞれの席に着く。報告が滞りなく進む中突如として王太子が顔色を変え壇上へと躍り出た。その手には厳重に封をされた一通の文書が握られている。

「父上! 陛下に緊急のご報告がございます!」

王太子の剣幕に会議室に居合わせた全員が息をのんだ。国王の顔にわずかな動揺が走る。王太子はその文書を国王に差し出すと声高に告げた。

「エレオノーラ・ド・ラ・ヴァルワール公爵令嬢は隣国と密通し我が王国を裏切ろうとしております! これがその確たる証拠でございます!」

王太子の言葉は会議室に雷鳴のように響き渡った。貴族たちの間にざわめきが広がる。ダリウスは全身が凍り付くような感覚に襲われた。ついにこの時が来たのだ。彼の視線は王太子の手元そしてその背後に立つリリアーナへと向けられた。リリアーナは普段の可憐な笑顔の裏に勝利を確信したような薄ら寒い笑みを浮かべている。

国王は王太子が提示した証拠を震える手で受け取るとその内容に目を通した。国王の顔色がみるみるうちに蒼白になっていく。王太子の剣幕と提示された証拠のあまりの巧妙さに国王は疑う余地を見つけられなかったのだろう。

「……ダリウス騎士団長!」

国王の声が会議室に響き渡る。その声は怒りよりも深い失望と苦悩に満ちていた。

「エレオノーラ・ド・ラ・ヴァルワールを反逆罪の容疑者としてただちに拘束せよ!」

その勅命が下された瞬間会議室に居合わせた全員が息をのんだ。ダリウスの顔色は一瞬にして蒼白になる。長年法と王への忠誠を絶対としてきた彼にとってこの勅命は自身の存在意義そのものを問うものだった。彼の騎士としての誇りそして彼が守り続けてきた王国の秩序が今試されようとしていた。

勅命を受けたダリウスは自身の執務室に戻ると重い扉を閉め一人深く葛藤した。部屋の中はまるで氷の牢獄のように冷え切っている。机には国王からの勅命書がまるで鉛のように重く置かれていた。その文字が彼の心を締め付ける。

彼の脳裏には公正を貫いてきた騎士としての過去が走馬灯のように去来した。どんな時も私情を挟まず法に従い王に忠誠を誓ってきた。それが彼の「正義」だった。しかしその「正義」が今エレオノーラという存在によって根底から揺さぶられている。

エレオノーラとの秘密の契約。彼女の目に宿る未来を知る者の真実の光景。彼女が涙ながらに語った過去の傲慢さとそれでも変わろうともがく苦悩。そして彼女が告げたリリアーナと王太子によるあまりにも悪辣な陰謀の全貌。

「法を破ればそれは騎士団長の職を捨て自らの信念を裏切る行為となる……」

彼は自身の拳を強く握り締めた。騎士としての誇り長年築き上げてきた信頼そして何よりも彼が守るべき秩序。全てを失う覚悟が必要だった。

「しかし……エレオノーラを拘束すればそれは俺が信じた『真実』を裏切ることになる。彼女を破滅へと追いやることに繋がる……」

彼の心の中で「法」と「信頼」という二つの強固な柱が激しく衝突し軋む音を立てていた。どちらを選んでも彼は何かを失う。どちらを選んでも彼の「正義」は傷つく。

「俺の正義とは一体何だ? 法を守ることか? それとも真実を守ることか?」

彼は自身の正義とは何か本当に守るべきものは何かを自問自答し苦悩に満ちた時間を過ごした。冷たい汗が彼の額を伝う。王への忠誠か。それとも目の前の信じると決めた一人の女性の命か。彼の騎士としての人生でこれほどまでに重い選択を迫られたことはなかった。

苦悩の末ダリウスは机を拳で強く叩いた。その音は彼の心の中で何かが決壊しそして再構築された音のようだった。彼の目にはもはや迷いはなかった。そこに宿るのは凍てつくような冷徹さではなく研ぎ澄まされた刃のような確固たる決意だった。

彼は自身の騎士団長としての地位そして命を賭してでもエレオノーラを信じ真の正義を貫くことを決意する。彼の「正義」はもはや絶対的な法にのみ縛られるものではなかった。それは彼自身が「真実」だと信じたものそして「守るべき存在」であるエレオノーラによってより深く人間的な意味合いを持つものへと再定義されたのだ。

ダリウスは勅命書を脇に置き立ち上がった。彼の表情はまるで氷の彫刻のように無表情だがその瞳の奥には燃えるような情熱が宿っていた。彼はエレオノーラの元へ向かうため冷徹な表情で執務室を後にする。彼の足音は静かな夜の宮廷に確固たる決意を響かせていた。夜明けは近い。この短い時間で彼は全てを終わらせる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

皇帝陛下の寵愛は、身に余りすぎて重すぎる

若松だんご
恋愛
――喜べ、エナ! お前にも縁談が来たぞ! 数年前の戦で父を、病で母を亡くしたエナ。 跡継ぎである幼い弟と二人、後見人(と言う名の乗っ取り)の叔父によりずっと塔に幽閉されていたエナ。 両親の不在、後見人の暴虐。弟を守らねばと、一生懸命だったあまりに、婚期を逃していたエナに、叔父が(お金目当ての)縁談を持ちかけてくるけれど。 ――すまないが、その縁談は無効にさせてもらう! エナを救ってくれたのは、幼馴染のリアハルト皇子……ではなく、今は皇帝となったリアハルト陛下。 彼は先帝の第一皇子だったけれど、父帝とその愛妾により、都から放逐され、エナの父のもとに身を寄せ、エナとともに育った人物。 ――結婚の約束、しただろう? 昔と違って、堂々と王者らしい風格を備えたリアハルト。驚くエナに妻になってくれと結婚を申し込むけれど。 (わたし、いつの間に、結婚の約束なんてしてたのっ!?) 記憶がない。記憶にない。 姉弟のように育ったけど。彼との別れに彼の無事を願ってハンカチを渡したけれど! それだけしかしてない! 都会の洗練された娘でもない。ずっと幽閉されてきた身。 若くもない、リアハルトより三つも年上。婚期を逃した身。 後ろ盾となる両親もいない。幼い弟を守らなきゃいけない身。 (そんなわたしが? リアハルト陛下の妻? 皇后?) ずっとエナを慕っていたというリアハルト。弟の後見人にもなってくれるというリアハルト。 エナの父は、彼が即位するため起こした戦争で亡くなっている。 だから。 この求婚は、その罪滅ぼし? 昔世話になった者への恩返し? 弟の後見になってくれるのはうれしいけれど。なんの取り柄もないわたしに求婚する理由はなに? ずっと好きだった彼女を手に入れたかったリアハルトと、彼の熱愛に、ありがたいけれど戸惑いしかないエナの物語。

ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!

クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。 ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。 しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。 ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。 そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。 国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。 樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。

令嬢失格な私なので

あんど もあ
ファンタジー
貴族の令息令嬢が学ぶ王都学園。 そこのカースト最下位と思われている寮生の中でも、最も令嬢らしからぬディアナ。 しかしその正体は……。

最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である

megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。

【完結】辺境伯令嬢は国境で騎士領主になりたいのに!

葉桜鹿乃
恋愛
辺境伯令嬢バーバレラ・ドミニクは日夜剣と政治、国境の守りに必要な交渉術や社交性、地理といった勉強に励んでいた。いずれ、辺境伯となった時、騎士として最前線に立ち国を守る、そんな夢を持っていた。 社交界には興味はなく、王都に行ったこともない。 一人娘なのもあって、いつかは誰か婿をとって家督は自分が継ぐと言って譲らず、父親に成人した17の時に誓約書まで書かせていた。 そして20歳の初夏に差し掛かる頃、王都と領地を往来する両親が青い顔で帰ってきた。 何事かと話を聞いたら、バーバレラが生まれる前に父親は「互いの子が20歳まで独身なら結婚させよう」と、親友の前公爵と約束を交わして、酒の勢いで証書まで書いて母印を押していたらしい?! その上王都では、バーバレラの凄まじい悪評(あだ名は『怪物姫』)がいつの間にか広がっていて……?! お相手は1つ年上の、文武両道・眉目秀麗・社交性にだけは難あり毒舌無愛想という現公爵セルゲウス・ユージーンで……このままだとバーバレラは公爵夫人になる事に! そして、セルゲウスはバーバレラを何故かとても溺愛したがっていた?! そのタイミングを見計らっていたように、隣の領地のお婿さん候補だった、伯爵家次男坊まで求愛をしに寄ってきた!が、その次男坊、バーバレラの前でだけは高圧的なモラハラ男……?! 波瀾万丈のコメディタッチなすれ違い婚姻譚!ハッピーエンドは保証します! ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも別名義で掲載予定です。 ※1日1話更新、できるだけ2話更新を目指しますが力尽きていた時はすみません。長いお話では無いので待っていてください。

ある日、悪役令嬢の私の前にヒロインが落ちてきました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【どうやら私はこの世界では悪役令嬢と呼ばれる存在だったらしい】 以前から自分を取り巻く環境に違和感を覚えていた私はどうしても馴染めることが出来ずにいた。周囲とのぎこちない生活、婚約者として紹介された相手からは逃げ回り、友達もいない学園生活を送っていた私の前に、ある日自称ヒロインを名乗る人物が上から落ちてきて、私のことを悪役令嬢呼ばわりしてきた――。 ※短めで終わる予定です ※他サイトでも投稿中

旦那様は、転生後は王子様でした

編端みどり
恋愛
近所でも有名なおしどり夫婦だった私達は、死ぬ時まで一緒でした。生まれ変わっても一緒になろうなんて言ったけど、今世は貴族ですって。しかも、タチの悪い両親に王子の婚約者になれと言われました。なれなかったら替え玉と交換して捨てるって言われましたわ。 まだ12歳ですから、捨てられると生きていけません。泣く泣くお茶会に行ったら、王子様は元夫でした。 時折チートな行動をして暴走する元夫を嗜めながら、自身もチートな事に気が付かない公爵令嬢のドタバタした日常は、周りを巻き込んで大事になっていき……。 え?! わたくし破滅するの?! しばらく不定期更新です。時間できたら毎日更新しますのでよろしくお願いします。

転生『悪役』公爵令嬢はやり直し人生で楽隠居を目指す

RINFAM
ファンタジー
 なんの罰ゲームだ、これ!!!!  あああああ!!! 本当ならあと数年で年金ライフが送れたはずなのに!!  そのために国民年金の他に利率のいい個人年金も掛け、さらに少ない給料の中からちまちまと老後の生活費を貯めてきたと言うのに!!!!  一銭も貰えないまま人生終わるだなんて、あんまりです神様仏様あああ!!  かくなる上はこのやり直し転生人生で、前世以上に楽して暮らせる隠居生活を手に入れなければ。 年金受給前に死んでしまった『心は常に18歳』な享年62歳の初老女『成瀬裕子』はある日突然死しファンタジー世界で公爵令嬢に転生!!しかし、数年後に待っていた年金生活を夢見ていた彼女は、やり直し人生で再び若いままでの楽隠居生活を目指すことに。 4コマ漫画版もあります。

処理中です...