二度目の人生は氷の騎士様と歩む

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第11話:絶体絶命の夜

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ダリウスの「俺が、あんたを“守る”」という言葉はエレオノーラの凍り付いた心を溶かすようだった。絶望の淵から引き上げられた安堵が全身を包み込み彼の腕の中で微かに震える。しかし感動に浸る間もなく彼らの目の前には「夜明け」という厳然たるタイムリミットが迫っていた。残された時間はわずか数時間。この短い間に真犯人を暴きエレオノーラの冤罪を晴らさなければ全てが終わる。

ダリウスはエレオノーラの肩をそっと抱き寄せるとその瞳に宿る決意を読み取った。彼はすぐさま行動を開始する。私邸の影に潜ませていた騎士団の中でも特に信頼できる部下数名を呼び出し極秘の捜査を指示した。彼らは宮廷の裏路地や怪しげな取引が行われそうな場所そして王太子とリリアーナの過去の動きに関する追加情報を集めるよう命じられた。ダリウス自身はエレオノーラと共に偽装された反逆罪の証拠の背後にある真実を暴くための手掛かりを探し始める。

エレオノーラは必死に未来の記憶を辿る。しかしまるで霧がかかったように曖昧で明確な情報は何も得られない。かつては鮮明だったはずの細部が今はぼやけている。特に自身の処刑に至る直前の記憶はまるで誰かに引き裂かれたかのように欠落していた。彼女の顔には焦燥の色が浮かぶ。頼みの綱である未来視がこの最も重要な局面で機能しない。その事実はエレオノーラを深い不安の淵へと突き落とした。

「……なぜこの時に限って……」

彼女の脳裏に一度目の人生で未来視に依存し自らの判断を誤った過去が蘇る。あの時も見えているはずの未来に驕り周囲の忠告を顧みなかった。今未来が見えないことは罰なのか。だが彼女は顔を上げた。私が信じるのは過去じゃない。今この瞬間の自分の意思よ。

エレオノーラとダリウスはまずは王太子が国王に提示した「偽の密会記録」や「偽造された文書」の痕跡を追うことから始めた。彼らはリリアーナと王太子が過去にどのような手口でエレオノーラを陥れようとしたか王太子が何を警戒しどのように証拠を隠蔽しようとするかといったエレオノーラの過去の経験と心理的な洞察を基に捜査の方向性を定めていく。

「リリアーナは常に完璧な偽装を好みました。特に筆跡や印章の偽造には特定の職人を使っていたはずです。彼らは王都の北東地区にある表向きは骨董品を扱う工房の裏で秘密の仕事を引き受けていました」

エレオノーラの言葉にダリウスは頷く。彼はそれを元に騎士団の情報網や自身の冷静沈着な推理力で具体的な捜査対象を絞り込んでいった。彼らは宮廷の裏路地にある普段は人目につかない小さな工房や怪しげな取引が行われそうな薄暗い酒場を秘密裏に探り偽証に使われたと推測される物品の足取りを追う。限られた時間の中二人の間に交わされる言葉は最小限だったがその一つ一つに互いへの信頼と切迫した状況への集中が込められていた。

ダリウスはエレオノーラが示す情報に耳を傾けながら彼女の顔色を注意深く見ていた。未来視が機能しないことへの不安が彼女の表情に影を落としているのがわかる。彼は時折彼女の肩にそっと手を置いたり危険な場所では先に進むよう促したりした。

「俺は正義のために動いてるんじゃない。あんた一人を救うためにやってる。……だから俺の背中を信じてくれ」

彼の声には一切の迷いも偽りもなかった。それは彼の騎士としての地位や名誉を賭けたエレオノーラへの個人的な誓いだった。エレオノーラは彼の言葉に深く頷いた。未来が見えなくても……ダリウスと一緒なら進める。

捜査は困難を極めた。リリアーナたちの仕掛けた罠は一度目の人生よりも巧妙で証拠は綿密に隠蔽されていた。彼らは偽造された文書のインクの成分を分析したり紙の透かし模様の不自然さを調べたりと細部にまで目を凝らす。エレオノーラの未来視が通用しないため彼女は自身の直感とダリウスとの綿密な連携だけを頼りにするしかなかった。

暗い路地裏での聞き込み。時には王宮の地下に広がる秘密の通路を通って普段は使われていない廃教会や古びた貴族邸の隠し部屋への潜入も試みた。エレオノーラがこれまでの人生で経験したことのない危険な状況に直面するたびにダリウスは寸分違わず彼女を守り危険から遠ざける。彼の剣が闇の中で光を放ちエレオノーラを守る盾となる。彼女は彼の背中にこれまで感じたことのないほどの頼もしさを感じていた。

ふとした瞬間に二人の視線が交錯する。それは薄暗い通路の角を曲がる時だったり息を潜めて物陰に隠れる時だったりした。その一瞬の沈黙の中に言葉にはできない互いを深く意識するような静かな感情の萌芽が感じられた。それは絶体絶命の状況下で芽生えた特別な絆だった。恐怖と焦燥に満ちた夜の中で互いの存在だけが唯一の確かな光だった。ダリウスの無言の気遣いがエレオノーラの凍り付いた心を温めていく。

夜は深まり東の空に夜明けの兆しがわずかに現れ始める。残された時間は刻一刻と少なくなっていた。焦りが再びエレオノーラを襲う。このままではまた……。

その時ダリウスが廃教会の一室でわずかな違和感を察知した。それは壁にかけられた古びたタペストリーの裏に隠された小さな金庫だった。タペストリーを剥がすと金庫の扉には複雑な細工が施されている。ダリウスはその細工の奥に偽装された細工のネジがあることを見抜いた。彼の鋭い観察力と騎士としての道具を扱う技術が光る。

金庫を開けると中には一つの細工された香炉が収められていた。ダリウスは香炉を手に取り暗闇の中で傾ける。すると香炉の底に夜光インクで描かれた紋章が微かにしかし確かに浮かび上がった。それは王太子の側近が所有していたとされるある秘密結社の紋章と酷似していた。さらにその香炉の内部からは偽造された文書の作成に使われたであろう特殊な紙の切れ端が見つかった。エレオノーラはその香炉の匂いを嗅ぎはっと息を呑んだ。

「この香り……このインクの匂いどこかで……」

彼女の脳裏に一度目の人生で処刑前夜に牢で感じた微かな匂いが蘇った。あの時牢の窓から誰かが何かを燃やしたような奇妙な香りが漂ってきたのだ。その匂いがこの香炉から発せられているインクの匂いと完全に一致した。

「処刑前夜に牢で感じた微かな匂いだわ……! これが、あの時の……」

エレオノーラの記憶とダリウスの推理がここで完全に結びついた。彼らはリリアーナたちが偽装工作に使ったまさにその道具を発見したのだ。しかしこれだけではまだ真犯人を断罪するには不十分であり彼らはさらなる核心へと迫る必要があった。夜明けはもう目の前だ。

ダリウスは香炉を手にエレオノーラの顔を見つめる。その瞳にはまだ諦めの色はなかった。二人は最後の望みを胸に夜明けの光が差し込む王城へと再び足を踏み出すのだった。王城の門が彼らを待ち構えている。そしてその門の前にはリリアーナの側近であるあの男の影が静かに立ちはだかっていた――。
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