偽りの聖女と秘密を知る騎士団長

YY

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第1話:【序章】聖女、誕生の嘘

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私の名前はアリア。王都の下町で働くごく普通の娘だ。
食堂“日向亭”で給仕として住み込みの日々。特別な力なんてないし両親の顔も知らない。
「アリア、今日はあんたに頼みたいことがあるんだよ」
その日おばちゃんが神妙な面持ちで渡してきたのはずっしりと重い特別な焼き菓子の包みだった。
「大神殿の聖誕祭に納める大切なお菓子さ。あんたの真面目さを見込んで任せたからね」
「はい分かりました!」

ずっしりと重い菓子の包みを胸に抱き私は意気揚々と大神殿へと向かった。
大神殿は祭り騒ぎの熱気に包まれていたが人々の顔にはどこか拭いきれない不安の色が浮かんでいる。ここ数年、王国は原因不明の凶作と疫病の流行に悩まされていた。「救世の聖女はいつ現れるのか」。そんな閉塞感が国全体を覆っていた。

大神官が広場に設けられた説教壇の上から声を張り上げている。
「民よ信じなさい!神は我らを見捨ててはおられぬ!いずれ奇跡は訪れる!」
その言葉はどこか空虚に響いた。

広場の片隅には警備のために王国騎士団が整列している。その最前列に立つ氷のように冷たい瞳を持つ男。カイ・レナード騎士団長。彼の鋭い観察眼が一瞬だけ私を捉えたような気がして私は慌てて身を隠した。

どうにか厨房にお菓子を届け終えた時だった。
キャアッという子供の悲鳴。
見ると広場の隅、立ち入りが禁じられている古い鐘楼の近くで一人の少年が転んで泣いていた。ボールを追いかけて誤って侵入してしまったらしい。
そして私は見てしまった。
少年の真上の鐘楼の壁。その壁に設置された巨大なガーゴイルの石像がぐらりと大きく傾くのを。

私の体は考えるより先に動いていた。
私は全力で地面を蹴り泣きじゃくる少年の体を文字通り突き飛ばす。
少年の体が危険な場所から転がり出るのと私がその場所に倒れ込むのはほぼ同時だった。

ガーゴイルの影が空を覆った。
逃げられない。声も出ない。
(ああ――これが最後か)
そのとき。

空気が震えた。耳をつんざく重低音が空を裂き広場中の人々が一斉に顔を上げた。
ゴォォォォン……!
百年眠っていたはずの聖なる鐘がまるで意思を持つかのように大地を揺らした。
落下してきたガーゴイルはその鐘に横から弾き飛ばされるように軌道を変え私のほんの数センチ横の石畳に激突し粉々に砕け散った。

何が起きたのか分からなかった。
私が呆然と座り込んでいると大神官が駆け寄ってきた。
彼は私の手を掴むとそれを天に高々と掲げた。
「見よ!民よ!奇跡だ!聖女がお生まれになった!」
広場は熱狂の渦に包まれた。違う、あれはただの偶然だ。そう叫ぼうとしたが私の声は誰にも届かなかった。

その夜。
神殿の一室で私は大神官とカイ騎士団長と向き合っていた。
カイ団長は表情一つ変えず淡々と事実だけを述べた。
「……一連の現象はすべて偶然が重なった不幸な事故です。奇跡ではありません」

完璧な報告。それを聞いた大神官はしかし不気味なほど穏やかに微笑んでいた。
「カイ団長。神は……我らを試されているのだ」
その声はどこかうわずり穏やかな笑みとは裏腹に目の奥で何かが壊れていた。
「民は希望を渇望している。そして神はこの乙女という形で我らに道を示された。この娘を聖女とすることでしか国を救う手立てはない。君なら分かるはずだ」

「……事実を捻じ曲げて民を騙すと?」
「それを秩序と呼ぶのだよ」
大神官は立ち上がるとカイ団長の肩にそっと手を置いた。
「カイ・レ-ナード騎士団長に命ずる。これより聖女アリアの専属護衛騎士となれ。彼女が『本物の聖女』であり続けるようあらゆる障害を排除せよ。もしこの嘘が外部に漏れた時はその責はすべて君にあると思え」

「……それでも俺はこの茶番に加担しろと?」
一瞬、彼の指先がかすかに震えた。それが激しい怒りを抑え込む唯一の兆候だった。
皮肉屋の仮面の裏で彼が何を抱えているのか私にはまだ知る由もなかった。

大神官が満足げに部屋を出ていく。
後に残されたのは偽りの聖女に仕立て上げられた私と、その嘘の見張り役に任命された騎士団長。
二人きりだった。

「……さて聖女様」
彼は深いため息と共に言った。
「あなたの崇高なるお勤めが始まる。笑って、祈って、嘘を貫く。簡単なお仕事だろ?」
彼の声にはあからさまな侮蔑と皮肉が滲んでいた。
「……これからどうすれば……」
震える私の声に彼はただ冷たく言い放った。
「決まっているだろう。我々はこれから王国中を騙すのだ。そして生き残る。……たとえどんな手を使ってもな」

たった今私は偽りの聖女になった。
そしてこの男と——共犯者になった。
……でもまだ、信じたくなかった。
この嘘が本当に誰かを救えるなんて。
けれどあの時――あの鐘の音が鳴った時、私は確かに思ったのだ。
「もしかしたら」と。
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