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第3話:【絆】不器用な守護者
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石苔熱の一件以来、私の薬草店は以前にも増して町の人々で賑わうようになった。
彼らはもう私を「よそ者の薬師」ではなく「ミモザの町のエリアさん」として心からの信頼を寄せてくれる。子供たちはお菓子を持って遊びに来て女たちは井戸端会議のついでに薬草茶を飲んでいく。男たちは警備の合間に自慢の武勇伝を私に聞かせてくれた。
その輪の中心にはいつもギデオンがいた。
彼は警備隊長という役目以上にこの町の父親のような存在だった。子供たちの喧嘩を仲裁し老人たちの家の修繕を手伝い、そして私の店の薬草棚が空になると何も言わずに山で採ってきた新鮮な薬草でそれをいっぱいにしてくれる。
「ギデオンさんはお強いのですね」
ある日私は彼の腕にある古い大きな傷の手当てをしながら尋ねた。それは魔物との戦いで負ったものではない明らかに、対人用の剣による傷だった。
「……昔の話だ」
彼は気まずそうに視線を逸らした。
「王都の騎士団にいた頃、貴族の馬鹿げた決闘の代理にされたことがある。勝ったが相手の家門に睨まれこんな辺境に飛ばされた。それだけだ」
彼の過去に私は自分自身の姿を重ねていた。
理不尽な権力によってその価値を一方的に決めつけられ使い捨てにされる。彼もまた私と同じ傷ついた魂の持ち主なのかもしれない。
「……私の故郷ではこういう傷には火トカゲの油と月見草を混ぜた軟膏がよく効くと言われています」
私は棚の奥から特別な調合薬を取り出した。
「少し染みますが……」
「……好きにしろ」
私が彼の傷にそっと薬を塗り込む。その瞬間彼の屈強な体がぴくりと硬直したのが分かった。
「……痛みますか?」
「いや……」
彼は私の手当てからではなく私自身から目を逸らしているようだった。その耳がわずかに赤く染まっていることに私は気づいてしまった。
この強くて無骨で誰からも頼りにされている男が私というただの薬師の女に戸惑っている。その事実が私の胸を温かいような少しくすぐったいような不思議な気持ちで満たした。
その夜、店の扉を珍しい客が叩いた。
旅の商人だというその男は私の店が王都の薬よりも効く特別な薬を扱っているという噂を聞きつけてきたらしかった。
「これはこれは……素晴らしい品揃えだ。もしよろしければこの薬をいくつか王都の市場で取引させてはいただけませんか?必ずや高値がつきますぞ」
商人は私の作った薬を手に取りいやらしい目で値踏みをする。
それは私の生活を今よりもずっと豊かにしてくれる魅力的な申し出だった。
だが私は静かに首を横に振った。
「申し訳ありません。私の薬はこの町の人々のために作ったものです。お金儲けのために見知らぬ誰かに売るつもりはありません」
「なんと勿体ない……!」
商人は諦めきれない様子でなおも私に食い下がろうとした。
その時だった。
店の奥からぬっと巨大な影が現れた。ギデオンだった。彼はその日の警備を終えいつものように私の様子を見に来てくれたらしい。
彼は何も言わない。ただその鋭い目で商人をじろりと睨みつけただけだ。
それだけで十分だった。
商人は悲鳴のような声を上げて店から逃げ出していった。
「……お騒がせしました」
「いや……」
ギデオンはカウンターの上に一袋の香りの良い木の実を置いた。
「森で採れた。茶にすると体が温まる」
「いつもありがとうございます」
二人だけの静かな時間が流れる。
暖炉の炎が彼の日に焼けた険しい横顔を照らしていた。
私は勇気を出してずっと気になっていたことを尋ねてみた。
「ギデオンさんはどうしてそんなに私によくしてくださるのですか?」
私の問いに彼は少しだけ黙り込んだ。そして窓の外の闇に沈む森を見つめながらぽつりと言った。
「……お前を見ていると昔の自分を思い出す」
「え……?」
「俺も昔は誰かのために自分の身を削ることが正しいことだと信じていた。だがそれで俺は何を得た?結局捨てられただけだ」
彼は私に向き直った。その瞳は夜の森よりも深くそして真剣だった。
「エリア。お前はもっと自分のために生きていいんだ。お前がただ笑っていてくれるだけで救われる人間がここにいる」
それは不器用な愛の告白だった。
聖女としてではなく薬師としてでもなくただ私という一人の女に向けられた温かくて切実な想い。
私の胸の奥で凍てついていた最後の氷が音を立てて溶けていくのが分かった。
私は何も言えずただ頬を赤らめて俯くことしかできなかった。
彼らはもう私を「よそ者の薬師」ではなく「ミモザの町のエリアさん」として心からの信頼を寄せてくれる。子供たちはお菓子を持って遊びに来て女たちは井戸端会議のついでに薬草茶を飲んでいく。男たちは警備の合間に自慢の武勇伝を私に聞かせてくれた。
その輪の中心にはいつもギデオンがいた。
彼は警備隊長という役目以上にこの町の父親のような存在だった。子供たちの喧嘩を仲裁し老人たちの家の修繕を手伝い、そして私の店の薬草棚が空になると何も言わずに山で採ってきた新鮮な薬草でそれをいっぱいにしてくれる。
「ギデオンさんはお強いのですね」
ある日私は彼の腕にある古い大きな傷の手当てをしながら尋ねた。それは魔物との戦いで負ったものではない明らかに、対人用の剣による傷だった。
「……昔の話だ」
彼は気まずそうに視線を逸らした。
「王都の騎士団にいた頃、貴族の馬鹿げた決闘の代理にされたことがある。勝ったが相手の家門に睨まれこんな辺境に飛ばされた。それだけだ」
彼の過去に私は自分自身の姿を重ねていた。
理不尽な権力によってその価値を一方的に決めつけられ使い捨てにされる。彼もまた私と同じ傷ついた魂の持ち主なのかもしれない。
「……私の故郷ではこういう傷には火トカゲの油と月見草を混ぜた軟膏がよく効くと言われています」
私は棚の奥から特別な調合薬を取り出した。
「少し染みますが……」
「……好きにしろ」
私が彼の傷にそっと薬を塗り込む。その瞬間彼の屈強な体がぴくりと硬直したのが分かった。
「……痛みますか?」
「いや……」
彼は私の手当てからではなく私自身から目を逸らしているようだった。その耳がわずかに赤く染まっていることに私は気づいてしまった。
この強くて無骨で誰からも頼りにされている男が私というただの薬師の女に戸惑っている。その事実が私の胸を温かいような少しくすぐったいような不思議な気持ちで満たした。
その夜、店の扉を珍しい客が叩いた。
旅の商人だというその男は私の店が王都の薬よりも効く特別な薬を扱っているという噂を聞きつけてきたらしかった。
「これはこれは……素晴らしい品揃えだ。もしよろしければこの薬をいくつか王都の市場で取引させてはいただけませんか?必ずや高値がつきますぞ」
商人は私の作った薬を手に取りいやらしい目で値踏みをする。
それは私の生活を今よりもずっと豊かにしてくれる魅力的な申し出だった。
だが私は静かに首を横に振った。
「申し訳ありません。私の薬はこの町の人々のために作ったものです。お金儲けのために見知らぬ誰かに売るつもりはありません」
「なんと勿体ない……!」
商人は諦めきれない様子でなおも私に食い下がろうとした。
その時だった。
店の奥からぬっと巨大な影が現れた。ギデオンだった。彼はその日の警備を終えいつものように私の様子を見に来てくれたらしい。
彼は何も言わない。ただその鋭い目で商人をじろりと睨みつけただけだ。
それだけで十分だった。
商人は悲鳴のような声を上げて店から逃げ出していった。
「……お騒がせしました」
「いや……」
ギデオンはカウンターの上に一袋の香りの良い木の実を置いた。
「森で採れた。茶にすると体が温まる」
「いつもありがとうございます」
二人だけの静かな時間が流れる。
暖炉の炎が彼の日に焼けた険しい横顔を照らしていた。
私は勇気を出してずっと気になっていたことを尋ねてみた。
「ギデオンさんはどうしてそんなに私によくしてくださるのですか?」
私の問いに彼は少しだけ黙り込んだ。そして窓の外の闇に沈む森を見つめながらぽつりと言った。
「……お前を見ていると昔の自分を思い出す」
「え……?」
「俺も昔は誰かのために自分の身を削ることが正しいことだと信じていた。だがそれで俺は何を得た?結局捨てられただけだ」
彼は私に向き直った。その瞳は夜の森よりも深くそして真剣だった。
「エリア。お前はもっと自分のために生きていいんだ。お前がただ笑っていてくれるだけで救われる人間がここにいる」
それは不器用な愛の告白だった。
聖女としてではなく薬師としてでもなくただ私という一人の女に向けられた温かくて切実な想い。
私の胸の奥で凍てついていた最後の氷が音を立てて溶けていくのが分かった。
私は何も言えずただ頬を赤らめて俯くことしかできなかった。
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