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第4話:【対決】過去からの懇願
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ギデオンの不器用な告白から季節は夏へと移り変わっていた。
私と彼の関係はすぐに恋人という形になったわけではない。だが言葉にしなくても互いが互いを大切に想っていることは誰の目にも明らかだった。彼が警備の合間に私の店に立ち寄り私が淹れた薬草茶を飲む。そんなささやかで穏やかな時間が私たちの日常になっていた。
私はもう王都での日々を思い出すことはほとんどなかった。聖女エリアーナとしての私はあの崖崩れで確かに死んだのだ。
そんな穏やかなある日、一人の旅商人が血相を変えてミモザの町に転がり込んできた。
「……王都が王都が大変なことになっている!」
男の話によれば王都では「灰腐病」と呼ばれる原因不明の疫病が猛威を振っているらしかった。感染すると体が灰色に変色し石のように硬くなって死に至るという。
「新しい聖女様リリアン様が毎日光の奇跡で人々を癒そうとなさっている。だが病の勢いは止まらず聖女様ご自身も日に日に衰弱なされていると……」
その話を聞いた瞬間、私の胸は冷たい何かに締め付けられるようだった。
リリアン。確か私が聖女だった頃私を姉のように慕ってくれていた心優しい少女の名前だ。彼女が私と同じ道をあの自己犠牲の道を歩まされている。大神官は何も変わっていない。
町の誰もが王都の惨状に暗い顔をしていた。
その不安な空気を切り裂くように馬蹄の音が近づいてきた。それも一台や二台ではない。町の入り口に現れたのは王家の紋章を掲げた豪奢な馬車とそれを護衛する完全武装の騎士団の一団だった。
ミモザの町にはあまりにも不釣り合いな光景。
町の人々が何事かと遠巻きに見守っている。ギデオンはいち早く事態を察知し私の店の前に屈強な警備隊員たちと共に立ちはだかっていた。
馬車から降りてきたのはやつれ果て威厳のかけらも失った一人の老人。
……大神官だった。
彼は群衆の中から薬草店の前に立つ私を見つけるとその目に信じられないものを見るかのような光を宿した。そして次の瞬間彼は見栄もプライドも何もかも捨てて私の元へと駆け寄ってきた。
「……聖女様……エリアーナ様……!おお生きて生きておられたのか……!」
彼は泥だらけの道にその身を投げ出すと私に向かって土下座をした。
「おお神よ……!我らをお見捨てにはならなかった……!」
その叫びに町の人々が息をのむ。ギデオンが私を庇うように一歩前に出た。
「この方はエリアだ。この町の薬師だ。人違いではないか」
「黙れ辺境の兵士が!」
大神官は顔を上げると懇願の目で私を見つめた。
「エリアーナ様!どうかお力をお貸しください!王都は灰腐病で滅びかけております!後任のリリアン様も奇跡を使い果たし倒れられました!国をいえこの大陸を救えるのはあなた様の『奇跡』をおいて他にないのです!」
彼の言葉は私の心を過去へと引き戻そうとする呪いのようだった。
国のために命を削れ。自己を犠牲にしろ。それこそがお前の価値なのだと。
私の足が震える。あの無力でただ言いなりになることしかできなかった聖女エリアーナに戻ってしまいそうになる。
その時、私の震える手を大きな温かい手がそっと握りしめた。
ギデオンだった。
彼は何も言わない。ただその真剣な目で私を見つめている。「お前が決めろ」とその目が語っていた。
私は彼の手の温かさに勇気をもらった。
私はもう一人ではない。
私はゆっくりと大神官の前に進み出た。そして聖女エリアーナとしてではなく薬師エリアとして、はっきりと告げた。
「大神官様。私はもう『奇跡』は使いません」
「な、なんと……!国を見捨てるというのですか!」
「いいえ」
私は懐から一枚の羊皮紙を取り出した。それは私が旅商人の話を聞いてから徹夜で書き上げたものだった。
「国を救うのは誰か一人の犠牲ではありません。そこに記したのは灰腐病の特効薬の処方箋です。私がこの辺境の地で学んだ薬学の知識のすべてがそこにあります」
大神官は信じられないという顔でその羊皮紙を受け取った。
「馬鹿な……薬草などで神の御業たる疫病が癒えるはずが……」
「病は神の御業ではありません。癒すのは奇跡ではなく知識です。その薬を作るには王都中の薬師や錬金術師すべての人々の協力が必要となるでしょう。ですがそれこそが本当の意味での『救済』だと私は信じています」
私の言葉に大神官は言葉を失いただその処方箋を見つめていた。
彼は奇跡という名の絶対的な力を求めてここに来た。
だが私が差し出したのは地道な知識と協力という名の全く新しい答えだった。
彼の価値観がそしてこの国の在り方そのものが今この瞬間根底から覆されようとしていた。
私と彼の関係はすぐに恋人という形になったわけではない。だが言葉にしなくても互いが互いを大切に想っていることは誰の目にも明らかだった。彼が警備の合間に私の店に立ち寄り私が淹れた薬草茶を飲む。そんなささやかで穏やかな時間が私たちの日常になっていた。
私はもう王都での日々を思い出すことはほとんどなかった。聖女エリアーナとしての私はあの崖崩れで確かに死んだのだ。
そんな穏やかなある日、一人の旅商人が血相を変えてミモザの町に転がり込んできた。
「……王都が王都が大変なことになっている!」
男の話によれば王都では「灰腐病」と呼ばれる原因不明の疫病が猛威を振っているらしかった。感染すると体が灰色に変色し石のように硬くなって死に至るという。
「新しい聖女様リリアン様が毎日光の奇跡で人々を癒そうとなさっている。だが病の勢いは止まらず聖女様ご自身も日に日に衰弱なされていると……」
その話を聞いた瞬間、私の胸は冷たい何かに締め付けられるようだった。
リリアン。確か私が聖女だった頃私を姉のように慕ってくれていた心優しい少女の名前だ。彼女が私と同じ道をあの自己犠牲の道を歩まされている。大神官は何も変わっていない。
町の誰もが王都の惨状に暗い顔をしていた。
その不安な空気を切り裂くように馬蹄の音が近づいてきた。それも一台や二台ではない。町の入り口に現れたのは王家の紋章を掲げた豪奢な馬車とそれを護衛する完全武装の騎士団の一団だった。
ミモザの町にはあまりにも不釣り合いな光景。
町の人々が何事かと遠巻きに見守っている。ギデオンはいち早く事態を察知し私の店の前に屈強な警備隊員たちと共に立ちはだかっていた。
馬車から降りてきたのはやつれ果て威厳のかけらも失った一人の老人。
……大神官だった。
彼は群衆の中から薬草店の前に立つ私を見つけるとその目に信じられないものを見るかのような光を宿した。そして次の瞬間彼は見栄もプライドも何もかも捨てて私の元へと駆け寄ってきた。
「……聖女様……エリアーナ様……!おお生きて生きておられたのか……!」
彼は泥だらけの道にその身を投げ出すと私に向かって土下座をした。
「おお神よ……!我らをお見捨てにはならなかった……!」
その叫びに町の人々が息をのむ。ギデオンが私を庇うように一歩前に出た。
「この方はエリアだ。この町の薬師だ。人違いではないか」
「黙れ辺境の兵士が!」
大神官は顔を上げると懇願の目で私を見つめた。
「エリアーナ様!どうかお力をお貸しください!王都は灰腐病で滅びかけております!後任のリリアン様も奇跡を使い果たし倒れられました!国をいえこの大陸を救えるのはあなた様の『奇跡』をおいて他にないのです!」
彼の言葉は私の心を過去へと引き戻そうとする呪いのようだった。
国のために命を削れ。自己を犠牲にしろ。それこそがお前の価値なのだと。
私の足が震える。あの無力でただ言いなりになることしかできなかった聖女エリアーナに戻ってしまいそうになる。
その時、私の震える手を大きな温かい手がそっと握りしめた。
ギデオンだった。
彼は何も言わない。ただその真剣な目で私を見つめている。「お前が決めろ」とその目が語っていた。
私は彼の手の温かさに勇気をもらった。
私はもう一人ではない。
私はゆっくりと大神官の前に進み出た。そして聖女エリアーナとしてではなく薬師エリアとして、はっきりと告げた。
「大神官様。私はもう『奇跡』は使いません」
「な、なんと……!国を見捨てるというのですか!」
「いいえ」
私は懐から一枚の羊皮紙を取り出した。それは私が旅商人の話を聞いてから徹夜で書き上げたものだった。
「国を救うのは誰か一人の犠牲ではありません。そこに記したのは灰腐病の特効薬の処方箋です。私がこの辺境の地で学んだ薬学の知識のすべてがそこにあります」
大神官は信じられないという顔でその羊皮紙を受け取った。
「馬鹿な……薬草などで神の御業たる疫病が癒えるはずが……」
「病は神の御業ではありません。癒すのは奇跡ではなく知識です。その薬を作るには王都中の薬師や錬金術師すべての人々の協力が必要となるでしょう。ですがそれこそが本当の意味での『救済』だと私は信じています」
私の言葉に大神官は言葉を失いただその処方箋を見つめていた。
彼は奇跡という名の絶対的な力を求めてここに来た。
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彼の価値観がそしてこの国の在り方そのものが今この瞬間根底から覆されようとしていた。
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