ポンコツ女神が受注した『プロジェクト:魔王討伐』は炎上確定!? プロジェクトマネージャーの俺がデスマーチ現場を立て直して絶対FIREしてやる

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第1章:炎上プロジェクトと問題児(エリート)たち

第10話:プロジェクト計画書と三つの顔

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王国の騎士が慌ただしく退室した後、半壊した会議室には、重く、気まずい沈黙が流れていた。
強制的に始動させられた「ゴブリン討伐」という彼らの最初の共同プロジェクト。しかし、当事者であるパーティメンバーたちの間に、チームとしての一体感など、欠片も存在しなかった。
ルリエルは、ふんと鼻を鳴らし、腕を組んでそっぽを向く。先ほどのシーナとの口論で、彼女のプライドはひどく傷つけられたようだった。
当のシーナは、そんなルリエルを冷ややかな目で見ながら、テーブルの破片を指でつまみ、弄んでいる。その表情には、「だから言わんこっちゃない」という皮肉な感情が浮かんでいた。
そしてゴードンは、いつも通り、部屋の隅で石像のように沈黙を保っている。彼がこの状況をどう捉えているのか、その表情から読み取ることは、誰にもできなかった。

(…だめだ。このままでは、全滅する)

佐藤健司は、この崩壊寸前のチームを前に、PMとして冷静にリスクを分析していた。
コミュニケーション不全。相互不信。そして、共通の目標に対するモチベーションの欠如。これらは、プロジェクトを失敗に導く典型的な危険因子(リスクファクター)だ。このまま何の準備もなく明日ゴブリンの森へ向かえば、その結果は火を見るより明らかだろう。
ケンジは静かに立ち上がった。
その凛とした気配に、三人の視線が自然と彼へと集まる。

「皆さん。明日のゴブリン討伐についてですが」
ケンジは、落ち着いた、しかし有無を言わせぬ強い口調で切り出した。
「このまま、各自がバラバラの認識で現場へ向かうのは、プロジェクトの失敗、すなわち、我々の全滅のリスクを著しく高める行為です。私はそれを、マネージャーとして容認することはできません」
彼の言葉に、シーナが「…で?」と、面倒くさそうに相槌を打つ。
ケンジは、その挑発的な視線をまっすぐに受け止めた。
「プロジェクトの成功のためには、あらゆる事態を想定した、緻密な計画が不可欠です。今夜、私がその計画書を作成します」

ケンジの宣言に、部屋の空気が再び凍り付いた。
最初に噴き出したのはシーナだった。
「はっ…! 計画書? たかがゴブリン相手に、あんた、本気で言ってるのかい? 寝言は寝てから言うもんだよ、ボス」
彼女は、「ボス」という言葉に、明確な嘲笑の色を込めた。
ルリエルもまた、信じられないといった顔で大げさにため息をつく。
「計画なんて時間の無駄ですわ。この私が森の入り口から大規模な殲滅魔法を放てば、それで済む話ですもの。ゴブリンごときに、策を弄する必要などありません」
二人の、あまりにも冒険者らしい、そして、あまりにも行き当たりばったりな意見。
しかし、ケンジはもはや動じなかった。前世で、彼はこんな「ステークホルダー」たちを、嫌というほど見てきたのだから。

彼は二人の言葉を無視すると、沈黙を保つゴードンへと視線を移した。ゴードンは何も言わなかった。ただ、その石のような瞳で、じっとケンジを見つめ返してくるだけだった。
ケンジは、それを消極的な「同意」と解釈することにした。
「計画書は、明朝のブリーフィングで共有します。皆さんは今夜、明日の任務に備え、十分な休息をとってください。…これは、業務命令です」
彼はそう一方的に告げると、書記官から融通してもらった真新しい羊皮紙の束とインク壺を抱え、一人、自室へと向かうために会議室の扉へと歩き出した。
残された三人は、ただ呆然と、その背中を見送るだけだった。
彼らの目には、ケンジの姿が、理解不能な、そしてひどく滑稽な裸の王様のように映っていた。

ケンジが自室に戻った時、窓の外はすでに深い闇に包まれていた。彼は、テーブルの上の蝋燭に火を灯すと、ため息一つつくことなく、すぐさま作業に取り掛かった。
ここからが、プロジェクトマネージャーとしての、彼の本当の戦場だった。

ケンジは、まず、書記官から譲り受けた羊皮紙をテーブル一面に広げた。そして、王都の地図と、騎士団から提供されたウィスパーウッド周辺の、極めて大雑把な見取り図を並べる。情報が、あまりにも少ない。だが、PMは、与えられたリソースの中で最善の結果を出さなければならない。
「…よし」
彼は短く呟くと、羽ペンをインクに浸した。カリカリ、と羊皮紙を引っ掻くペン先の音だけが、静かな部屋に響き渡る。
彼の頭脳は、前世で幾多のデスマーチを乗り越えてきた、歴戦のPMとしてのそれに完全に切り替わっていた。

まず、彼が取り掛かったのは、時間単位の行動計画(ガントチャート)の作成だった。彼は、シーナが持っていたナイフを定規代わりに借り(もちろん、後で丁重に礼を言うつもりだ)、羊皮紙に正確な時間軸の罫線を引いていく。
『06:00 起床および朝食』
『07:00 王都出発』
『09:00 ウィスパーウッド入り口に到着(移動バッファ15分を含む)』
『09:15 フェーズ1:森林内部の偵察開始』
『11:00 ゴブリンの巣、発見(想定)』
『12:00 昼食および、最終ブリーフィング』
『13:00 フェーズ2:強襲作戦、開始』
その計画は、まるで秒針を刻む時計のように緻密で、一切の無駄がなかった。まるで、ゴブリンたちがこのスケジュール通りに行動するのが確定事項であるかのように。

次に、彼は別の羊皮紙を取り出した。そこに書き出したのは、考えうるすべての危険を記したリスク一覧表(リスクマトリクス)だった。
『リスクID:R-001。リスク内容:天候不良による視界悪化および、行軍速度の低下』
『発生確率:中。影響度:大。対策:ルリエル殿の照明魔法および、身体強化魔法によるバックアップを要請』
『リスクID:R-002。リスク内容:ゴブリンの想定以上の増援、あるいは、上位種の存在』
『発生確率:中。影響度:致命的。対策:交戦を即時中断し、規定ルートでの速やかな撤退を最優先。帰還後、計画の見直しと、追加リソースをクライアントに要求』
『リスクID:R-003。リスク内容:チームメンバーの、計画に対する非協力的な態度、あるいは、指示の無視』
『発生確率:高。影響度:致命的。対策:PMによる、粘り強い説得と、論理的根拠に基づく丁寧な説明。コミュニケーションの頻度を上げ、相互理解に努める』
彼は、このプロジェクトにおける最大のリスクが、ゴブリンではなく、仲間たち自身であることを、冷静に、そして正確に分析していた。

そして、最後に。彼は、この計画書の心臓部ともいえる、各メンバーの役割と責任を明確化した体制図(RACIチャート)の作成に取り掛かった。
テーブル状のマス目を作り、縦軸に考えうるすべてのタスクを、横軸にパーティメンバーの名前を書き込んでいく。
『タスク名:前線維持』『担当:ゴードン(実行責任者 R)、ケンジ(承認責任者 A)』
『タスク名:後方からの範囲攻撃』『担当:ルリエル(実行責任者 R)、ケンジ(承認責任者 A)』
『タスク名:敵陣の索敵および、罠の解除』『担当:シーナ(実行責任者 R)、ケンジ(承認責任者 A)』
『タスク名:戦利品の回収』『担当:シーナ(実行責任者 R)、ゴードン(協業担当 C)、ケンジ(報告先 I)』
『タスク名:撤退判断』『担当:ケンジ(実行責任者 R)、全員(承認責任者 A)』

カリカリ、カリカリ…。
羽ペンを走らせる音は止まらない。
ケンジの目はらんらんと輝いていた。そうだ、これだ。この感覚だ。
混沌として、曖昧で、誰もが感情的に動こうとする無秩序な状況。そこに「計画」という名の絶対的な秩序と論理の光を差し込む。すべてのリスクを洗い出し、すべての役割を定義し、すべてのプロセスを可視化する。そうすることで、プロジェクトは、初めて成功への道を歩き出すのだ。
仲間たちは、理解してくれないかもしれない。馬鹿にされるかもしれない。
だが、それでいい。彼らを守り、生きて帰らせ、そして、この無茶なプロジェクトを成功させる。それが、自分に与えられた唯一の役割なのだから。
これは、俺の戦い方だ。

夜が白み始める頃。
ケンジは、ついにペンを置いた。
彼の目の前には、数枚の羊皮紙にわたって記述された、完璧な「ゴブリン討伐プロジェクト計画書」が、その全貌を現していた。
彼はその成果物を満足げに見つめ、静かに呟いた。
「…これで、勝てる」
その表情は、徹夜明けの疲労の中にも、確かな自信と、そして、プロジェクトの成功を確信するマネージャーとしての喜びに満ち溢れていた。
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